第四章 恋人と家族を天秤に掛ける悪戯(2)
その夜。
ナオはカズホに電話を掛けた。
メールではいつもやり取りをしていたが、電話は掛けるのは久しぶりであった。
「カズホ。……まだ、寝てなかった?」
「ああ、ナオに借りてるCDを聴いていたよ」
そのCDは、ナオの父親のお勧めのものだった。
「ああ、……どう?」
「最初は、あれって感じだったんだけど、聴いているうちに、何か中毒みたいになってきてさ。やっぱり、ナオのお父さんの耳は確かだなって感心をしたよ」
「そうなんだ」
くすりとナオは笑ったが、自分でも暗い笑いだなと気がついた。当然、カズホも気がつかない訳がなかった。
「ナオ。何かあったのか? 元気がないみたいだけど……」
「う、うん。実は……」
自分の家のことを、カズホに話して、何か解決できるものではないし、それを聞かされるカズホはどう思うだろうと、ナオは考えたが、自分の生活が激変するかもしれないことは、ちゃんとカズホに伝えるべきだと思い至った。
「実はね、お父さんがまた転勤になっちゃって」
「えっ! 福岡から戻って来たばかりじゃないか?」
「う、うん。そうなんだけど……」
「どこになったんだ?」
「サウジアラビア」
「サ、サウジアラビア!」
「うん」
「ナ、ナオはどうするんだ?」
「私は行かない。だって、カズホと別れたくないもん。レナちゃんとも、軽音楽部のみんなとも、ミエコちゃんやハルカちゃんとも……別れたくない」
ナオの目から自然に涙が流れた。
「でも、そうすると、お父さん一人だけ行くということなのか?」
「お母さんと沙耶は一緒に行くと思う。だから、私だけ日本に、ここに残る」
「……ナオは本当にそれで良いのか?」
「えっ?」
「いや、……せっかく家族と、本当に一緒に暮らすことができるようになったのにさ」
「家族と友達を天秤に掛けるようなことは嫌だけど、……私は、友達を選ぶ。カズホを選ぶ」
「……ナオ」
「……いざとなったら、ショーコちゃんにも相談して居候させてもらうこともできるし、……あっ、最近は、ちゃんと料理もできるようになったから、ここで、一人で暮らすことだってできるよ」
「……そうか。俺の所に来ても良いぞ」
「えっ! そ、それって……」
「あっ、いや、そ、そんな深い意味は無くて……」
思いも寄らず慌てたカズホが可愛く思えたナオは、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、ふふふふ」
「な、何だよ。笑うことはないだろう」
「ふふふ、ごめんなさい。でも、……ありがとう」
「あ、ああ」
「うん」
「……しかし、サウジアラビアにも会社があるなんて、ナオのお父さんの会社って大きな会社なんだな?」
「私もよく分からないけど、商社だから外国の会社とも色々と取引があるんだって」
「ふ~ん。何て言う会社なんだ?」
「五十嵐商事って言ってた」
「えっ!」
「どうしたの、カズホ?」
「い、いや、何でもない」
「変なカズホ」
「うるさいな」
「ふふふふ。……やっぱり、カズホとこうやって話しているだけで楽しいし、嬉しいし、心が落ち着いてくる。……私は、絶対、日本に残るから」
「ああ。……ナオ」
「はい」
「この話、マコト達や先生には話さないでおこう」
「えっ、どうして?」
「まだ、正式に決まった訳じゃないんだろう?」
「そうみたいだけど……」
「そんな話は無くなるかもしれないじゃないか」
「……う、うん。無くなれば良いけど」
「だろ! もうちょっと待っていようぜ」
ナオは、カズホの言っている意味がよく分からなかった。
しかし、このことは、バンドのみんなにあらかじめ相談すべきことではなく、父親の転勤が正式に決まって、ナオ自身の去就が決まってから話せば足りることだと思った。
一方で、学校にはあらかじめ知らせておいた方が良いような気がしたが、カズホの言葉を信じることにした。
「うん、分かった。……それじゃあ、もう寝るね。……カズホ」
「うん?」
「話を聞いてくれてありがとう」
「こうやって眠る前にナオの声が聞けて、俺も嬉しかったよ」
「じゃあ、明日から、お休みコールもしようか?」
「そうだな。でも、眠れなくなりそうな気がするな」
「そうかも。……じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」




