第三章 プレゼントの想い出
クリスマスライブの出演も決まり、美郷高校軽音楽部は、一年生も二年生もそのライブに向けて、練習にも気合いが入っていた。
企画立案から出演まですることになったレナとしては、ライブの成功のためには、トリを務める自分達のバンドが盛り上げるしかないと考えており、いつも以上に気合いが入っていた。
授業が終わると、すぐに部室に行ったが、既にマコトが椅子に座って、アンプにつなげていないギターを弾いていた。
「何だあ、マコトだけか」
「悪かったな、俺だけで」
「ふふふふ、ハル君は掃除当番だけど、ナオちゃんとカズホも?」
「ああ、今日の昼に、カズホがそう言っていた」
「そうか。でも、マコト。部室に来るの、早すぎない? 授業をサボっているんじゃないでしょうね?」
「してねえよ! まあ、チャイムとともにダッシュはしているけどな」
「ふふふふ。あっ、そうだ」
レナは鞄の中をまさぐると、ビニール袋に入ったステッカーを取り出して、マコトに差し出した。
「はい。マコトにプレゼント」
「えっ、俺に?」
「他のメンバーみんなの分もあるけどね」
「何だよ」
マコトは、自分だけへのプレゼントだと思っていたようだ。
マコトが受け取ったステッカーを見ると、クリスマスリースの背景に、ギターを持ったサンタクロースがポーズを取っている図柄だった。
「今度のクリスマスライブの宣伝用ステッカーよ」
「へえ~、気合い入ってるな」
「うん。自分が言い出したから、絶対、成功させたいって思ってて」
「成功するさ! なんせ俺達、ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンドが出演するんだからな!」
「すごい自信ね。でも、私も同じ思いは持ってる。……盛り上げようね、マコト」
「おお、任せとけ!」
マコトに微笑みを見せてから、レナは、部室の奥に行き、そこに置いていた自分のギターをケースから出し、パイプ椅子に座って、チューニングを始めた。
その間、マコトは、ステッカーを自分が使っているギターアンプの側面に貼り付けていた。
「レナからプレゼントもらったのは、二回目だな」
ステッカーを見つめながら言ったマコトに、椅子に座ったまま、レナが答えた。
「えっ? 私、マコトに何かプレゼントしたっけ? 誰かさんと間違えてるんじゃないの?」
「間違えるような女はいねえよ」
「そう……なんだ」
「小学校の三年か四年生の時、クラスでやったクリスマス会でプレゼント交換があって、俺にレナが持って来たプレゼントが当たったんだよ」
「ぷっ……ふふふふふ、そんな前のこと、憶えてるの?」
「ああ、……レナからもらった最初のプレゼントだったからな」
「……私、何を持って来てたんだっけ?」
「憶えてないのか?」
「全然」
「これだよ」
マコトは、ギターアンプの側に置いていた、空のソフトギターケースのネック部分の先端を指差した。
「えっ? …………あっ」
「思い出したか?」
「うん」
「俺のお守りだ」
「お守り?」
「ああ、ギターが上手くなりますようにって、ずっと願を掛けてたんだよ」
「じゃあ、少しは御利益があったみたいね」
「大有りさ」
ギターソフトケースのジッパーには、ミニチュアのギターが付いたストラップが付いていた。
「よく憶えていたわね。記憶力が悪いマコトなのに」
「一言余計なんだよ!」
「ねえ、マコト」
立ち上がって、ギターをスタンドに置くと、レナはマコトに近づいた。
「んっ?」
「マコトはさ、好きになった女の子はいないの?」
「いるに決まってるだろ」
「そうなの」
「ああ、ただし、一人だけだ」
「……その女の子が、他の男の子が好きだって言ったら?」
「自分の前から消え失せろって言われるまで待ってるさ。実際、今まで待ってたんだからな」
「気は短いのに?」
「ああ、そうだな。何でだろうな?」
そこに丁度、ナオが部室に入って来た。
「こんにちは!」
「あっ、ナオちゃん! カズホは一緒じゃないの?」
「掃除当番の上に今日は日直だから」
「そっか。……ナオちゃん、ちょっと」
レナは、ナオの手を取って、部室から出ると、廊下の窓にもたれかかるようにして立った。
「何、レナちゃん?」
「ちょっと訊きたいことがあるんだけどさ」
「うん」
「ナオちゃんは、いつからカズホのことが好きになったの?」
「えっ?」
「私の家で、お互いに悩み事を告白し合った時、ナオちゃんは、自分でははっきりと認識してなかったみたいだけど、カズホのことが好きだったでしょ?」
「う、うん」
「でも、今、思い出してみて、いつ頃から、カズホのことが好きになったと思う?」
「う~ん、…………初めてドールで会った時から、何となく気になる存在にはなったけど、…………その後も、ドールで会うたびに、どんどんと心の中にカズホが占める割合が大きくなってきて、…………いつからカズホのことが好きになったかなんて、よく分からない」
「そうか」
「ごめんね。ちゃんと答えることができなくて」
「ああ、私が勝手に訊いたことだから、……こっちこそ、ごめんね。変なこと訊いて」
「ううん。……でも、どうして?」
「……人を好きになるって、どういう感じなのかなって思ってね」
「えっ? ……レナちゃん、ひょっとして?」
「うん? 何? ひょっとしてって?」
「えっ、え~と、……な、何でもない」
「ナオちゃん」
レナは、とびきりの笑顔でナオに近づくと、ナオの脇の下に両手を入れて、くすぐり始めた。
「ちょ、ちょっと! レ、レナちゃん! くすぐったい!」
「ナオちゃんらしくないぞぉ! 何を言い掛けたのか、白状しろ!」
「あはははは……。ゆ、許して~」
レナは、すぐに手を戻した。
ナオがレナを見ると、目を伏せ目がちにして、何かを考えているようだった。
「レナちゃん?」
「自分でも自分の気持ちがよく分からなくてさ。捜すことも見張ることもする必要がないくらいに、ずっと近くにいたから、全然見てなかったのかもって」
「……」
「私って、実は、人の気持ちなんて思いやらない酷い女なのかもね」
「そんなことない! レナちゃんは、人としても女性としても、私が、いつもなりたいって思ってるくらい素敵な人なの! ただ、きっと、……近くにいすぎたんだよ」
「……だと良いけど」




