第一章 レナ・プレゼンツ・イブナイトライブ!
枯れ葉が舞い散る十一月の曇り空。
都立美郷高校軽音楽部の二年生バンドのメンバー達は、今日も、部室で、練習前のミーティングを行っていた。
もっとも、毎日打合せをしなければならない議題があるはずもなく、ミーティングに名を借りた、おしゃべりタイムであった。
しかし、今日は、レナから重大な提案が告げられていた。
「クリスマスライブ?」
レナを除く二年生バンドのメンバーが、いつもの癖で頬杖をして座っているレナを一斉に見た。
「ええ、うちで企画したジョイントライブなんだけどさ」
「そんな話、聞いてないな?」
立花楽器店でバイトをしているカズホも知らない話だったようだ。
「ふふっ、実は、明日から告知するんだけど、あらかじめ、みんなにもお知らせしようと思ってさ」
「特権乱用かよ!」
さすがのマコトも呆れ顔だった。
「じゃあ、聞かない?」
「いや、聞く」
相変わらず、レナの掌で踊らされている感のあるマコトであった。
「十二月二十四日のクリスマスイブに、新宿にある『キャラバンビート』というライブハウスを借り切ってやる予定なの」
「クリスマスイブか」
「あれっ、もう予定が入ってるの?」
「まだ、入ってないですよぉ」
レナがカズホに訊いた質問に、ナオが照れながら答えた。
「入れるつもりだったんだ」
「あっ! ……そ、その、……ね、ねえ、カズホ」
「俺に振るなよ。まだ、一か月も先のことなんか予定してないって」
レナの突っ込みに、あたふたするナオに、カズホも苦笑するしかなかった。
「マコトとハル君は大丈夫?」
「残念ながら、予定表は真っ白だ」
「僕も」
「そうだと思った」
「何だよ、その突っ込みは!」
マコトの怒りの眼差しを無視して、レナがみんなを見渡しながら話を続けた。
「六バンドのジョイントで、一バンド転換時間を除いて三十分の演奏時間よ。スタートは午後五時から」
「三十分なら、明日でも出られるな」
既に、ライブハウス「ザッパ」で、一時間程度のライブを経験している二年生バンドは、三十分の持ち時間をこなすだけの演奏曲は十分持ち合わせていた。
「ただし、クリスマス縛りがあるの。つまり、衣装でも良いし、演奏曲のうち一曲だけでも良いから、何かクリスマスに関係することをしようって企画なの」
「今ある曲をクリスマスヴァージョンにアレンジし直すとかすれば面白そうだな」
カズホの頭の中では、既にアレンジイメージが浮かんでいるようだった。
「それより、全員がサンタの衣装で出るか? レナとナオっちは、男性ファンの期待に応えて、ミニスカサンタになるなんてどうよ?」
「変態! スケベ! でべそ!」
マコトのセクハラ発言に、間髪入れずレナの突っ込み三連発が炸裂する。
「だから、俺は、でべそじゃねえ!」
「まあ、マコトのおへそがでべそか、そうじゃないかは置いといて、ライブ、どうする?」
「置いとくな! でも、ライブは出るぞ!」
「おへそと同じね」
「だから出てねえ!」
言いたい放題の毒舌レナと、突っ込み役のマコトとの夫婦漫才も年季の入ったものだった。
「俺も出たいな」
「僕も」
「もちろん、私も! だって、クリスマスもみんなと一緒にいられるなんて嬉しいです」
カズホ、ハル、そしてナオも賛同した。
「みんなと?」
「カズホを含めたみんなです」
「ふふふふ、本当に正直者だね、ナオちゃんは」
姿勢を正して座り直したレナは、みんなを見渡しながら言った。
「それじゃあ、出演するということで申し込んでおくわよ?」
メンバー全員が頷いた。
その丁度のタイミングで、部室のドアがノックされた。
「どうぞ!」
マコトが声を掛けると、ミカと山崎が入って来た。
「失礼します」
「どうしたんだ?」
「レナ先輩にお返事をしに来ました」
「レナに?」
みんなが一斉にレナに注目したが、当のレナは、みんなからの視線をまったく無視するかのように、少し首を傾げながら、ミカ達に訊いた。
「出る?」
「はい! ぜひ、出演させてください!」
「了解。私達も出るから、一緒に盛り上げようね」
「はい!」
ミカの嬉しそうな返事を聞いたレナが、みんなを見渡しながら言った。
「一年生バンドのみんなも誘ってたのよ。クリスマスライブ」
「おいおい、六バンドのうち二バンドも、うちの軽音楽部で占めちゃって良いのか?」
さすがのマコトも心配になったようだ。
「抽選で不正をしている訳じゃなくて、先着順だから大丈夫よ」
「何か説得力があるような無いような……」
「実はさ、このイベントを考えたのは、私なんだ」
「えっ、そうなのか?」
「うん。ザッパでのライブがあまりにも気持ち良くってさ。また、ライブしたいって思って、親にこの企画を持っていったら、とんとん拍子に話が進んじゃって」
音楽家の両親の間に生まれた一人っ子で、家でも楽器に囲まれているレナは、マコトやカズホよりも音楽に対する思い入れが強かった。ライブの誘惑に勝てなかったのだろう。
「自分でプロデュースして自分で出るのか? レナならではだな」
「でしょ! 年末に向けて、また新しい目標ができれば、練習にも張りができるしね」
「よ~し! こうなったら、今年最後のライブを悔いの無いようにやろうじゃないか!」
マコトにも気合いが充満してきたようだ。
「でも、軽音楽部全員でクリスマスに集まれる訳でしょ! 夏の合宿みたいに絶対面白くなる気がします!」
カズホとのクリスマスデートを夢見ていたが、そのカズホもいる大好きなバンドメンバー全員と一緒に、クリスマスイブを過ごせることが嬉しくてたまらないナオだった。




