第四章 切れない音符たち(4)
入れ違いに、レナ達が楽屋に入って来ると、すぐにハルが口を開いた。
「どうして断ったんだよ? 僕のことは気にしなくて良いよ。こんなチャンスをみすみす逃すことはないだろう?」
ナオは、マコトが不機嫌な顔つきになったことが分かった。
「ハル! お前を軽音楽部に誘った時に、俺は、お前に言ったはずだ。この高校にいる間、この軽音楽部で活動する間、同じ感動を味わえる仲間を捜しているんだってな。そして、お前がそうだったんだよ」
カズホも続けてハルに言った。
「俺も前から言っていることだけど、バンドっていうのはテクニックだけでつながっているんじゃないんだ。人間が集まっているんだから、一緒にいて気持ちが良い奴と音を出すことが出来るのが嬉しいんだよ」
「そんなに言ってくれることは、すごく嬉しいよ。でも、僕のせいでって考えると」
「馬鹿野郎!」
マコトが大きな声を出した。
「ハル! お前は俺達に、何か取り返しがつかないようなことをしたのかよ?」
「それは……」
「ハル君」
立ちすくんでいるハルに、レナが笑顔で語り掛けた。
「私ね、ハル君のドラムが大好きなんだよ」
「レナさん……」
「私って、けっこう、アドリブで、ためて歌っちゃうこともあるけど、一番ボトムのドラムがしっかりとキープしてくれているから、色々と遊べちゃうんだよ」
カズホもレナに続けた。
「変にドタドタ、おかずを入れてくる奴よりはずっとやりやすいよ。お前のドラムは、本当に安心して、みんなが音を重ねることができるんだ」
そしてマコトも。
「ハル! レナやカズホが言っていることは、本当の気持ちなんだ。けっして、お前に義理立てたり、お前が可哀想だなんて思って言っているんじゃないんだ。俺も本気でお前と一緒にやりたいんだ」
「……ハル君。私も、……ハル君と一緒にバンドをやりたいです」
ナオは既に涙でボロボロだった。
「……みんな」
「俺たちはまだ高校二年生なんだ。軽音楽部として、みんなと色んなことしたいしな」
「合宿もまた行きたいわね」
「ああ。別に今、プロになる必要なんてねえよ。これからもチャンスはあるって思ってる。このチャンスを逃して後が無かったとしたら、それは俺達の実力とか魅力がなかったからだ」
ハルが眼鏡を外して左腕で顔を拭った。
「……ありがとう。みんな」
「おっと! そのお礼の言葉も不要だぜ! 俺達がお願いして、ハルにドラムをしてもらっているんだからな」
「本当だな。何で、ハルとナオが一年の時から一緒じゃなかったんだと悔やんでいるところさ」
「激しく同意するよ。二人が一年の時から近くにいてくれたら、私もこんなに回り道しなくても良かったのにさ」
カズホの正直な気持ちにレナが賛同した。
「だって、私は、一年の時には福岡にいたし」
「いや! 親を説得してでも、東京に戻って来なかったナオっちが一番悪いな」
真面目に反論したナオにマコトが突っ込む。
「え~、私が一番悪いんですかぁ?」
「そうそう。ナオちゃんが全部悪い」
レナも笑いながらナオを軽く抱きしめた。
「ナオ。みんなに謝った方が良いんじゃないか?」
「カズホまで~」
自分を弄ることで、この話を強制終了させようとするみんなの意図が分かったナオは、心が温かくなってきて、みんなと一緒に泣き笑った。
ステージの大歓声が楽屋にも届いてきた。
「ショーコさん、盛り上げているみたいだな」
マコトが楽屋のステージの袖側のドアを開くと、ステージの熱気が楽屋にも飛び込んで来たように感じられた。
「もう一曲! もう一曲! もう一曲!」
どうやら、ホットブリザードのアンコール曲の演奏が終わったが、更にアンコールが掛かっていたようだ。
二年生バンドもメンバーも、その熱気に惹きつけられるように、ステージの袖まで出て来た。
「みんな、ありがとうよ! 嬉しいぜ! でも、アタイの声はもうボロボロだよ!」
確かに、ショーコも声はかすれてしまっていた。
「それに、もう持ち歌も無くなっちまったんだ。それよりさあ、みんなあ!」
ショーコが、一旦、ステージの袖を見てから、客席を見渡しながら叫んだ。
「アタイ達のバンドより、さっき出てた、ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド! もう一回見たいだろ? 聴きたいだろ?」
一際大きな歓声が客席から響いた。
「そうだろ、そうだろ! めっちゃ可愛いボーカルと、キュートなキーボードと、イケメンのベースと、野獣のギターと、真っ直ぐなドラムの五人組! アタイも見たいぜー!」
「誰が野獣だっ?」
ステージの袖からマコトが叫んだ。
ショーコは笑って、ステージの袖を見ながら手招きをした。
「ほらほら、みんなが待ってるぜ! 最高の五人組だよ!」
ショーコが、手拍子をテンポ良く鳴らし始めると、それに併せて客席でも手拍子が打ち鳴らされた。
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」
ショーコが手拍子に合わせて拳を振り上げ、更に観客を煽る。観客達は、頭上で手を叩きながら飛び跳ねていた。会場が揺れていた。
「しゃーねえ、行くか!」
マコトがみんなの顔を見渡しながら言った。全員が力強く頷いた。
五人は手を繋いでステージに上がった。
「後は頼んだぜ! ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド!」
ショーコがメンバーを引き連れてステージの袖に下がると、『ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド』の五人に、更に大きな拍手が起きた。
「今の俺達は、この五人で一つなんだ!」
満場の拍手の中でマコトが呟いた。それはそれほど大きな声ではなかったが、メンバー全員にしっかりと伝わった。




