第四章 切れない音符たち(1)
「おはようございまーす!」
「おはよー!」
ザッパの楽屋に入った二年生バンドを、ショーコのバンドである「ホットブリザード」のメンバーが出迎えた。大学の同級生で結成したガールズバンドで、ハードロック系のオリジナルとコピーを演奏していた。
「あれっ、今日は土曜日だと言うのに、みんな、制服なのかい?」
ショーコが不思議そうな顔をして訊いた。
「今日のステージ衣装は、これなんすよ」
マコトが言ったとおり、メンバー全員が、学校の制服を着てステージに立つ予定にしていた。
衣装を揃える時間的余裕もそれほどなかったことや、高校生バンドということを見た目でもはっきりとさせた上で、その先入観の中で、どこまで観客を惹きつけることができるかを確かめたかったのだ。ザッパは、そのマスターの選別眼を信じて、良質の音楽を聴きたいという固定ファンがいて、フリーで聴きに来る観客が多かったので、その観客をターゲットに自分達の力を試してみたかったのだ。
ホットブリザードがリハをしている間、メンバーも全員、客席でそれを見ていた。
ステージで熱唱するショーコを見るのはナオも初めてだったが、いつもどおりの溢れるパワフルさであった。
その後、二年生バンドのリハが始まった。いつもの二年生バンドだった。ナオもいつもどおり楽しんで演奏している自分に気がついた。
自分達のリハが終わった後、楽屋に入った。
楽屋は、ステージの袖側と、入り口とホールとの間にある小さな前室側の、両方にドアがついている六畳ほどの大きさの部屋で、壁に向かって鏡台が三つ設置され、部屋の中央には、四人掛けのテーブルが二卓置かれていた。二年生バンドのメンバーは、そのうちの一つのテーブルにまとまって座り、最終的なミーティングをした。
「みんな、大丈夫か? ちょっと、やばいという奴がいたら、俺がビンタをしてやるぜ」
「マコトは手加減ということを知らないから、ビンタしないで。顔に跡が残っちゃう」
「俺だって、未だかつて女性は叩いたことはないからな」
「だから叩いてみたいの? やだ、バンド内DVじゃない!」
「おい! 人を変な趣味を持っている変態の人でなしみたいに言うな!」
レナとマコトの掛け合いも、部室にいる時と同じ、リラックスした雰囲気を運んで来てくれた。
「前回、ステージでビンタされた時のことを思い出だけで、平常心になる気がするよ」
「私もです。あのシーンを思い出すたびに、すごく恥ずかしくなってきて、あんな恥ずかしいことを人前で、もう、やってるんだから、ステージなんか怖くないって思えてきます」
レナと同じく、ナオの正直な気持ちであった。
「ザッパにフリーで来てくれているお客さんは、本当に音楽が好きで来ている人達なんだ。俺達だって半端なく音楽が好きだからな。きっと、俺達の音楽にも何かを感じてくれるはずだよ」
カズホも前向きな思考に切り替わっていた。
「おう、そうだな。少々、間違っても良し! 忘れても良し! だけど、勢いだけは失わずに、思いっ切りやろうぜ!」
マコトのハッパに、メンバー全員が力強く頷いた。
開演時間が近づいてきた。
舞台の袖で待機していたナオが客席を見てみると、テーブルと椅子が片付けられ、オールスタンディングの客席は、ほぼ満席の入りのようだった。
客席と舞台の照明が落とされると、マコトがスタッフにあらかじめ渡しておいたオープニングテーマ曲が流れ出した。
「よし! みんな! 思いっ切り楽しむぜ!」
円陣を組んで、マコトが伸ばした手にみんなが手を重ねた。
「いくぞ!」
全員が勢いよく手を振り下ろすと、ステージに出て行った。
ナオも、今は緊張感よりも、ワクワクするような快感にも似た感情が昂ぶっているのが分かった。
マコトがメンバーをゆっくりと見渡した。みんなと順番に目を合わせただけで、既に全員の準備ができていることが確認できたようだ。
マコトがギターリフを奏で始めると、ステージの照明が灯った。
一曲目は、レナもギターを弾きながら歌うミディアムテンポのオリジナル曲で、歪んだギターサウンドが重なった、ヘビーなロックサウンドがホールに轟いた。
ナオは、部室よりも遙かに良い音響と、幻想的な光の点滅に酔っている自分に気がついた。それは自分だけではなかった。メンバー全員が良い意味で興奮状態にあった。普段演奏している時でも十分感じていた気持ち良さが、何十倍にも大きく、そして濃縮されていた。
最前列に陣取っていた学校の友人達も、既に発表会で二年生バンドの演奏を聴いていたが、更にまとまり洗練されたサウンドに、義理で盛り上がっているようではなく、心の底から楽しんでいるようだった。
その他の観客も、まずは、レナやナオ、カズホの眩しいばかりの容姿に目が奪われたようだが、ザッパの常連客は、そのことで、耳のレベルを下げるようなことはしなかった。
しかし、最初こそは、高校生バンドということで、若干は割り引いて聴いていたようだったが、バックのテクニックも、レナのボーカルも、そしてバンドとしてのまとまりも申し分ない二年生バンドの演奏に、次第に体を揺らし始めた。
MCは、主にマコトが行っていたが、マコトのギャグを交えた話は、ステージと客席との距離を一層近くしていた。
バラード曲では、レナのボーカルが際立った。その容姿からは想像できない歌唱力や表現力に観客も唸った。
そして後半に向けて、アップテンポの曲を立て続けに演奏し始めると、手拍子を打ちながら飛び跳ねる観客達の大きな波が客席に現れた。ステージと客席が完全に一つになって揺れた。
ラストの曲が終わると、メンバーがステージを降りる隙も与えずに、アンコールが掛かった。ステージの袖に待機していたショーコを見ると、腕を頭の上に回して大きな丸を作っていた。PAブースの近くに座っていたマスターも大きく頷いていた。
「ありがとうございます! 最高に嬉しいっす!」
マコトが叫ぶと、大きな拍手と歓声が起きた。
「それじゃあ、もう一曲、いきまーす!」




