第三章 初めての喧嘩(1)
学園祭ライブに加え、ライブハウスへの初出演という目標ができ、二年生バンドのモチベーションは否応が無く高まっていた。良い意味で、練習にも緊張感が生じていた。
そして、次の土曜日にはザッパのライブがあるという週の月曜日のお昼休み。
ナオは、今日もミエコとハルカと一緒にお弁当を食べていた。
「ミエコちゃん、学園祭の準備はどうなの?」
「うん。ナオちゃんやハルカが担当してくれた輪投げの景品作りとか、屋台作りは目処が立ったんだけど、他の夜店の景品作りがちょっと遅れててさ」
「そうなの?」
「今日の放課後、私も手伝おうと思ってるのよ」
「ミエコ、私も手伝うよ」
言いたい放題の間柄のミエコとハルカであったが、お互いが困っている時には、すぐに助け船を出す間柄でもあった。
「私も手伝う」
ナオも思わず申し出た。
「でも、ナオちゃん、軽音楽部の練習があるんじゃないの?」
「一日くらい私が出なくても大丈夫だと思う。ミエコちゃんが困っているのに知らん顔なんてできないよ」
「ありがとう、ナオちゃん! でも、佐々木君にちゃんと話しておいてね」
「うん」
カズホなら話せば分かってくれると、ナオは思っていた。
放課後。
ナオはカズホだけではなく、メンバーのみんなにも練習を欠席することを自分の口で伝えようと思い、カズホと一緒に部室に向かっていた。
新館校舎から旧館校舎に行く渡り廊下に通り掛かった時、ナオは歩きながら、カズホに話し掛けた。
「ねえ、カズホ。今日の練習、私、お休みしたいんだけど」
「えっ、どうして? 体調でも悪いのか?」
「ううん。クラスの出し物の準備がすごく遅れていて、そのお手伝いをしたいの」
「自分の担当は、もう終わったって言ってたじゃないか」
「うん。でも、他の係の分がすごく遅れていて、今日、ミエコちゃん達も残って作業をするって言うから、私も一緒にしたいの」
カズホが立ち止まると、ナオもカズホの方を向いた。
カズホに嫌われることを恐れて、いつもカズホの顔色をうかがっていたナオは、カズホが不機嫌になったことがすぐに分かった。
「おい。ライブまで後一週間もないんだぞ。学園祭まではそれからまだ一週間あるだろ。ライブが終わってからじゃ駄目なのか?」
「ミエコちゃんと今日のお昼に計画を見直していたら、どうしても今日中にしておかなければ間に合わないって分かったの」
「それは服部がちゃんと管理してなかったからだろ。ナオのせいじゃないじゃないか!」
ミエコの悪口を言われたように感じたナオは、知らず知らずのうちに声が大きくなっていた。
「ミエコちゃんのせいとかそう言う話じゃなくて、クラスで協力してするって決めたことじゃない!」
「自分達が協力できることはちゃんとしたじゃないか。俺もナオも。作業が遅れているのであれば、それを担当する奴らが責任を持ってすべきじゃないのか?」
「その人達も一生懸命やってるよ。でも、できなかったら、クラスのみんなが助けてあげないといけないでしょ!」
「俺達も今、大変な時だって分かっているだろう?」
「分かっているけど、私が今日一日くらいいなくても練習はできるでしょ!」
「ナオがいないとバンドの音にならないんだよ! 誰か一人でも欠けると、それは、ペパーミント・キャンディ・ポップ・クラブ・バンドじゃないんだよ!」
「じゃあ、カズホは、もし、私が体調が悪くても、休まないで練習に来いって言うの?」
「それとこれとは話が違うだろ!」
「違わないよ! どんなことがあろうとも、バンドのことを優先して考えろって言うことじゃない! 私は、バンドも大好きだけど、ミエコちゃんも大好きなの。友達が困っているのに、バンドがあるからって言って、助けないってことはできないの!」
「ナオじゃなきゃ駄目って言うのなら分かるけど、ナオが行かなきゃいけないってことじゃないだろ!」
「……」
「こっちは、ナオじゃなきゃいけないんだ! ナオがいないと始まらないんだ!」
「……」
「自分のバンドでザッパに出ることは、俺もずっと憧れていたことなんだ。絶対に、今度のライブは成功させたいんだ。だから、できる限りのことはしたいんだよ!」
「……」
「だから、こっちを優先させてくれよ。ザッパのライブが終わったら、俺も協力するから。今日は一緒に練習をしようぜ」
「……嫌だ」
「えっ?」
「カズホの言いたいことも分かるけど、私は、ミエコちゃん達のお手伝いをする!」
「いや、分かってない! 俺にとっては、何事にも代え難い大事なことなんだ!」
「……私、部室に行って、レナちゃんとかにも、ちゃんと伝えるから。今日はお休みさせてくださいって」
「……その必要はない。俺が言っておくよ。ナオは体調が悪いってな」
「えっ、どうして?」
「そんな理由で休んだりしたら、今、せっかく盛り上がっているみんなのモチベーションを下げてしまうだろう!」
「私、そんなに悪いことをしようとしているの?」
「少なくとも、バンドにとってはな!」
ナオは、カズホの言っていることが理解できなかった。カズホと付き合い始めてから、ずっとカズホのことを知りたい、カズホの考えていることを理解したいと思い続けてきたが、今は、分かろうとする気持ちにもならなかった。
「分かった。……それじゃ、私は教室に戻ります」
「勝手にしろ!」
カズホは、吐き捨てるように言うと、そのまま背中を向けて旧館に歩き出した。
どうして分かってくれないのかと、ナオの中での不満が爆発した。
「カズホの馬鹿!」
自分でも予想だにしていなかった言葉が、カズホの背中に向けて飛び出た。
「何!」
振り向いたカズホに、アカンベーをすると、ナオは、カズホに背を向け、走って教室に戻った。




