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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.5 Live! & Love!
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第二章 リハ・ビンタ!(4)

「良いよ」

 マスターの顔は、飽くまでにこやかだった。

「三分間くらい時間をください」

 マスターが無言で頷くのを確認したマコトは、メンバー全員に声を掛けた。

「みんな、俺の所に集まってくれ!」

 全員がマコトの側に集まった。

「緊張するなって言う方が無理だとは思うが、俺を含めて、みんな、演奏が中途半端だぞ!」

 誰も反論しなかった。と言うか、できなかった。ナオが感じていたことは、メンバー全員が同じように感じていたのだ。

「そうだな。ちょっと肩の力を抜こうぜ」

 カズホはそう言ったが、抜こうと思ってもすぐに抜けるものではないことも分かっていた。

「自分では分かっているつもりなんだけど、知らず知らずのうちに変なところに力が入っているのよ」

 レナも正直に認めた。

「みんなで深呼吸でもするか?」

「いや、……レナ!」

 カズホの提案を聞いてなかったように、マコトがレナを呼んだ。

「何?」

 いきなり、名前を呼ばれたレナが、驚いた顔をして、マコトを見た。

「俺に思いっ切りビンタをしてくれ!」

「えっ!」

「良いから、早く!」

「こ、ここで?」

「そうだよ!」

「…………分かった」

 レナの逡巡も一瞬であった。

「遠慮するな。ぶっ倒れるくらい、思いっ切り叩け!」

「うん」

 マコトは、ギターを置くと、足を踏ん張って、レナの真正面に立った。

 レナも少し足を開いて、マコトに向かい合って、しっかりと立つと、マコトの左頬を容赦なく平手で叩いた。

 パチーンという良い音がステージに響いた。

「へっ、……へへへ。何かすっきりしたぜ。ありがとうよ、レナ」

 左頬をさすりながらも、マコトは嬉しそうだった。

「俺も頼む」

 そんなマコトの顔を見て、カズホもベースを置くと、レナに近づき、左頬を差し出した。

「ふふふ。良い意味で、何か吹っ切れそう」

 そう言うと、レナは、躊躇せず、カズホの左頬も叩いた。

「僕も!」

 ハルの頬も良い音で鳴った。

「わ、私も!」

 男性陣のすっきりとした顔を見たナオも、たまらず、レナに頼んだ。

「ナオちゃんも?」

「う、うん」

 ナオも左頬をレナに向けた。

「分かった」

 心持ちセーブしていると分かったが、ナオの頬も良い音で鳴った。ナオ自身の記憶では、今まで親にも叩かれたことがなく、初めてのビンタだったはずだ。

「ナオちゃん。最後に、ナオちゃんが私の頬を叩いてくれる」

「えっ!」

「お願い」

 レナの目は真剣だった。

「わ、分かった」

「ナオちゃん、いつもの優しさは封印して、思いっ切りね。私が納得できなければ、何度でも叩いてもらうから」

「う、うん」

 レナのことだから、その言葉のとおり、自分が納得できなければ、必ず、叩き直させるはずだと思ったナオは、人を叩くことも初めてだったが、一旦、目を閉じて意識を集中して、踏ん切りを付けると、思い切り、レナの左頬を叩いた。

 二・三回、素早く瞬きをした後、レナは、嬉しそうな顔をして、ステージの天井を見上げた。

「ふーっ! マコトのお陰で吹っ切れた!」

 まさか、ザッパのマスターやスタッフが見ている前で、全員がビンタをし合うとは思いも寄らなかったが、そんな思いも寄らなかったことをいきなりやったことで、ナオも、心の奥底にあったオドオドと何かに怯えているような感情が消えてしまっていることを感じていた。

 ナオが、客席に目をやると、マスターは腕組みをして、にやにやと笑いながら、ステージを見ていた。

「見苦しいところ見せてしまって、どうもすみませんでした。それじゃあ、もう一回、演奏します」

 マコトがギターを持ちながら言ったが、マスターは右手の平を見せるように上げた。

「いや、もう良いよ」

「えっ?」

「君達が良いバンドだってことは分かったから」

 マスターは立ち上がり、ステージにゆっくりと近づきながら話した。

「まあ、ショーコ君の紹介だし、カズホもいるバンドだと言うことで、きっと、良いバンドなんだろうと思っていたし、期待はしていた。実際、テクニック的には全く問題は無いね。でも、さっきの演奏は酷かったね。打ち込みの音楽を聴いているようだったよ」

「……」

「間違えちゃいけないとか、良いところを見せようとか思って、全然、きつきつで余裕がない演奏になってしまってたね。でも、最初は、みんな、そうなんだよ。そこから、どうやって、普段の自分達を取り戻して演奏できるかが、ライブに強いバンドかどうかの分かれ目なんだ。演奏しているうちに取り戻してくるバンドがほとんどだと思うけど、まさか、ビンタで取り戻すバンドがあったとはね。それだけで、もう面白いよ。ぜひ、君達のライブを見てみたいね」

「そ、それじゃあ」

「ああ、後は本番で聴かせてくれ」

 メンバーが顔を見合わせて、喜びの声を上げようとしたが、先に客席の後ろから歓喜の叫びが聞こえてきた。

「うひょー! やったね! みんな、よろしく頼むぜぇー!」

 ショーコが、喜びを爆発させるように、飛び跳ねていた。

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