第二章 リハ・ビンタ!(3)
二年生バンドの面々は、池袋まで電車で向かった。
マコト、カズホ、そしてレナは、自分のギターやベースを、そして、ナオも、その身長の半分ほどの長さがあるキーボードを、リュック仕様のソフトケースに入れ、縦にして背負っていた。ハルも自前のスネアドラムケースを肩に掛けていた。
ザッパは、池袋駅に程近い雑居ビルの地下一階にあった。
通りからそのまま地下に降りる階段の先に、様々なステッカーが貼られたり、落書きがされた黒いドアがあった。
そのドアを引いて中に入ると、客席に続く防音扉が真正面にあり、右奥には楽屋につながっているドアがある狭い部屋に、背もたれのないソファが並んで置かれていて、そこに座っていたショーコと、ショーコのバンドのギタリストであるヒロコが立ち上がり近寄って来た。
「ショーコさん、ヒロコさん、お久しぶりっす!」
マコトが挨拶をすると、残りのメンバーも揃って軽く頭を下げた。
「ちーす! いや~、このメンバーが揃っているのは初めて見たけど、オーラが半端ないねえ」
ショーコが眩しそうに二年生バンドのメンバーを見渡した。
「こっちも対バンが決まらないと、ライブができないかもしれないからさ。とにかく、早く決めたかったのさ」
「だから、早速、今日、呼ばれた訳ですね」
「そう言うこと。マスターに聴いてもらわなくちゃいけないしね」
ザッパに初めて出演するバンドは、事前にマスターの前で演奏をしなければならないということになっていた。最低限の演奏技術はもちろんであるが、音楽に対する姿勢と言うか、どれだけ音楽が好きなのかを確認するという事前審査の意味合いがあった。ただ、友人達を呼んで騒ぎたいだけとか、パフォーマンスに走るようなバンドは、出演を拒否されることがあった。
「こっちに来て」
ショーコが防音扉を押し広げると、大音量のロックサウンドが流れ出て来た。生音ではなくBGMのようだった。
「マスター! アタイ達の対バン、連れて来たよ!」
まだ観客がおらず、薄暗い店内には、木製の丸テーブルと椅子がいくつか置かれており、そのステージに最も近いテーブルに座っていた、大柄でやや肥満体の男性が立ち上がり、体を揺らしながら、ナオ達に近寄って来た。
「やあ、カズホ。久しぶりだね」
黒い髪を総髪のように後ろで結んで、黒々とした口髭と顎髭を蓄えているが、やや垂れ気味で細い眼が人の良さそうな雰囲気を漂わせているザッパのマスターが、にこにこと笑いながら、カズホに声を掛けた。
「ご無沙汰してます」
以前、他のバンドのライブに飛び入り参加したことがあるカズホは、マスターとは顔見知りだった。
「うちのバンドのリーダーです」
カズホはそう言って、マコトを紹介した。
「こんにちは、武田真って言います」
「……前に、うちに出てくれたことがあったっけ?」
「えっ、……ひょっとして、憶えていただいているんですか?」
「いや、さすがに憶えてはいないけど、きょろきょろと物珍しそうにしてないから、そう思っただけなんだけどね」
「実は、中学の時に、ジョイントで出させていただいたことがあります。でも、その時は、ちょっと、ほろ苦い経験をさせていただきました」
「ははははは。そうかい。それじゃあ、今回はリベンジと言う訳かな?」
「はい」
その後、マスターはメンバー全員をゆっくりと見渡した。熊のような愛嬌のある笑顔を浮かべていたが、その目は、品定めをしているようで、笑っていないことが分かった。
「今日は、楽器を持って来ているようだね。それじゃあ、とりあえず、演奏を聴かせてもらおうか」
「はい」
マスターがスタッフと思われる若い男性に頷くと、男性は客席の後ろにあるPAブースに座った。すぐにBGMが止み、ステージの照明が点いた。
「よし! 行くぞ!」
マコトの気合いに促されて、メンバーは五十センチほど高くなっているステージに上がり、セッティングを始めた。
ライブハウスでの演奏経験のないナオは、だんだんと緊張してきているのが分かった。
みんなも、セッティングをしている間、無言のままであった。
「それじゃあ、ドラムさんから音くれますか?」
PAスタッフがハルに声を掛けたが、何の反応もなかった。
ナオがハルを見てみると、照明に見とれて、ぼーっとしているようだった。
「ハル!」
マコトが声を掛けると、はっと我に戻ったように、ハルがバスドラムを鳴らし始めた。緊張しているのは、ナオだけではなかったようだ。
PAチェック中も、マスターは、最前列の席に座り、腕組みをしながらステージを眺めていた。
全員のPAチェックが終わった。
「それじゃ、『クロッシング・ザ・ハート』をやろうか?」
マコトがみんなの方を振り向きながら言った。
「クロッシング・ザ・ハート」は、レナが詞を書き、カズホが曲を付けた、最も新しいアップテンポのオリジナル曲だった。
「よしっ! ハル!」
スティックのカウントの後、軽快なテンポの曲が、ザッパのホールに響いた。
ナオは、曲の出だしの時、一瞬、頭の中が真っ白になってしまったが、間違えずに入ることができたのは、日頃の練習の成果であろう。
しかし、自分の演奏もそうだが、バンドの音にどことなく、ぎこちなさを感じていた。いつも部室で練習している時の演奏ではないことは、はっきりと分かった。メンバー全員がそれなりの技術を持っており、間違えずに演奏をすることはできていたが、音符を拾っていっているだけという気がした。
レナのボーカルも綺麗に響いていたが、いつもの艶やかさや力強さが無いような気がした。
「ストップ!」
マコトがメンバーの方を向き、手を振って、演奏を中断させると、前に向き直り、マスターに言った。
「すみません! もう一回、最初からやって良いですか?」