第二章 リハ・ビンタ!(1)
体育祭の代休で休みだった月曜日の翌日。
朝、ナオは、ベッドの中から、「おはよう。起きてた?」とメールをカズホに送信していた。
すぐに「おはよう。起きてたよ」と返信があった。
合宿の時には、朝、顔を洗って少し身支度をすると、すぐにカズホの顔を見られたのに、家に戻ると、登校時間までカズホの顔が見られないことが待ちきれなくなったナオが、合宿後に「おはよう」メールをするようになっていた。
朝の短い時間にメールする時間は限られていたから、毎日、同じ文面をやり取りするだけだったが、二人にとって、それだけですぐ近くに相手がいるような気持ちになって、いつの間にか習慣となっていた。
ベッドから抜け出し、身支度をして、リビングダイニングに行くと、キッチンでは母親が朝食の準備をしていた。
「おはよう」
「おはよう」
母親とも自然に笑顔で挨拶が出来るようになったナオは、自分のエプロンを掛けて、母親の隣で、自分の弁当の準備をし始めた。仕事が忙しい父親は外食が多く、妹も給食があったから、弁当を持って行っていたのは、ナオだけだった。
夏休みの間に、母親の食事の支度を出来るだけ手伝うようにしていたナオは、福岡にいた時の記憶を蘇らせて、みるみると料理の腕を上達させていった。それもこれも、カズホに自分の作った料理やお弁当を食べてもらいたかったからだ。
「お母さん、今日はけっこう、うまくできたと思うんだけど、どうかな?」
ナオは焼きたての卵焼きを一切れ、小皿に乗せて、母親に差し出した。
「どれどれ、……うん。美味しい! 私の卵焼きよりずっと美味しいんじゃない」
「本当?」
「カズホ君に食べてもらっても、絶対『美味しい』って、言ってくれるわよ」
「そ、そうかな?」
「もう、そろそろ、カズホ君を我が家に招待しても良いんじゃない? 奈緒子ちゃんの手料理をご馳走してあげるために」
「そ、それはちょっと、まだ恥ずかしいかも。それに、お父さんが許してくれるかどうか?」
「そうね。難関はそこね」
「何だ? 受験の話か?」
パジャマ姿の父親が新聞紙を持ってリビングに入って来た。
ナオと母親は思わず顔を見合わせて笑った。
いつもの待ち合わせ場所で落ち合ったナオとカズホは、今日も一緒に登校していた。
「いよいよ学園祭だな」
「うん。楽しみだね」
「発表会の時みたいに盛り上げようぜ」
「そうだね」
「それと、バンドの関係で、ちょっと良い知らせもあるんだ」
「えっ、何?」
「部室で、みんなと一緒に話すよ」
「え~、知りたい! 知りたいよ!」
「駄目だよ。ナオは俺の大切な彼女だけど、バンドのメンバーとしては、みんな同じだからな」
「分かった。楽しみにしてるね」
「ああ」
自分が特別扱いされなかったことが、逆に嬉しかったナオだった。
「それはそうと、うちのクラスの出し物は何になるんだろうね?」
「そう言えば、まだ決まってなかったな」
「うん。ミエコちゃんがうちのクラスの学園祭実行委員なんだけど、今日のホームルームで決めるらしいよ」
「そうなのか?」
「ねえ、カズホ。去年のカズホのクラスは何をしたの?」
「バザーみたいなことをして、集まったお金を福祉施設に寄付したような気がするけど」
「気がする?」
「正直な話、軽音楽部の活動に専念したい気があって、クラスの出し物については、言われたことをやるって程度だったからなあ」
「あっ、そうか。でも、せっかく、クラスのみんなでやるんだし、今年は、ミエコちゃんのためにも協力はしてあげたいの」
「もちろん、できることはするつもりだよ」
「お願いします」
体育祭が終わった都立美郷高校では、一か月後に開催される学園祭に向けて、準備が始まっていた。生徒会役員からなる実行委員会が立ち上がり、それぞれのクラスでは、クラスの実行委員が中心となって、クラスごとの出し物も次々と決定されていった。
ナオとカズホのクラスは、ミエコが発案した、輪投げ屋、射的屋、型抜き屋、スーパーボールすくい屋の四つの屋台を教室の中に再現して、遊んでもらおうという「遊べる夜店大集合!」と名付けられた企画を実施することになった。
文化系クラブの生徒は、学園祭当日は各クラブの出し物に専念してもらうため、事前準備の係になり、カズホは屋台の製作を、ナオは輪投げの景品に使う手作りアクセサリーの製作を担当することになった。




