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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.4 真夏の夜の呪文
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第三章 謝恩ライブ!

 合宿の最終日。

 午前中の練習も終わり、いよいよ最後のメニューとなった。

 最後は、この合宿の成果を、お世話になった人達に感謝を込めて披露するという、恒例の謝恩ミニライブだった。

 練習場所のホールには、青年会館の管理人、宿泊施設の職員、近所の青年団や住民ら十数人がパイプ椅子に座って、まず、一年生バンド「パンプキンパイ」の演奏に聞き入っていた。

 曲は、初めてのオリジナル曲で、カズホやマコトのアドバイスもあり、かなり完成度が上がっていた。

 「パンプキンパイ」の演奏が終わると、「ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド」のメンバーがセッティングを始めた。セッティングが終了するとマコトがマイクを握り、一年生達もマコト達の後ろに並んで立った。

「それじゃ、最後に感謝を込めて、二年生バンドが演奏をさせていただきます。その前に、今年も大変お世話になりました。ありがとうございました」

 マコトに合わせて、軽音楽部全員が深々と頭を下げた。顔を上げたマコトが言葉を続けた。

「今年は、台風まで来て歓迎してくれたんですけど、お陰様で事故もなく、ある意味、良い経験もさせていただきました。できれば来年も来たいと思っています」

「おう、また来い!」

 観客の中から声が掛かった。

「ありがとうございます。それじゃ、僕達の演奏を聴いてください」

 「ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド」の演奏が始まった。曲はブルース調のオリジナル曲で、今までの二年生バンドの曲調とはガラリと変えた渋い感じの曲だった。ドラムのちょっと跳ねるリズムに四ビート調のベース、オーバードライブを効かせたエレキギター、ピアノ風の音にしたキーボードの伴奏をバックに、ちょっと大きめの白いワイシャツをラフに着て、ダメージ加工のジーンズを履いたレナは、テレキャスタータイプのギターを持って、まるでアメリカの田舎のライブハウスで歌うブルースシンガーのように情感たっぷりに声を響かせていた。一年生達もその周りで手拍子を打って体を揺らしていた。

 高校生バンドの演奏だろうと、たかくくっていた観客達は度肝を抜かれたようだった。みんなが立ち上がって、リズムに腰を揺らせながら手拍子を叩き始めた。

 最初の間奏部分では、ナオがピアノ風の音色でソロを取った。次のソロはマコトのギター。マコトはソロを弾きながら、一人、部屋の片隅で椅子に座り、ニコニコしながら、リズムに足を踏みならしていた榊原の近くまで行き、何かしら話し掛けた。

 すると、榊原はやおら立ち上がり、レナが歌うのに使っていたマイクスタンドに近づくと、スタンドからマイクをはずし、ズボンのポケットから取り出したブルースハープと一緒に掴み、自らの口に当てた。その絶妙のタイミングでマコトのソロが終わると、ミスター催眠術師の口元からは、土臭い香りとともに、「泣いている」としか言わざるを得ない音が、まるで布が濡れるような感覚で染み出てきていた。

 「ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド」のブルースもどきの音楽が、一気にブルースそのものになったという感じで、メンバー全員が頭を揺らし腰を振って、一つの大きな「ノリ」を生み出し、その「ノリ」の中で、榊原のブルースハープが緊迫感を生じさせながら、より大きな「ノリ」を作り出していた。

 ホール全体がダンスホールかライブハウスのようになった。一年生バンドのメンバーも観客達も一緒になって榊原の周りに集まり、心地良い音楽の波の中に身を委ねようとしているようだった。

 曲が終了すると、青年団の団長からアンコールが掛かった。


 謝恩ライブは異様な盛り上がりを見せて、帰りのバスの発車時間ギリギリまで演奏が続いた。

 バスに乗り込む時も、観客として来ていた住民達は、手を振ってお別れをしてくれた。

 宿泊施設前の停留所を出発したバスは、キラキラ光る海面に照らされながら駅に向かって走っていた。

 カズホとナオは二人掛けの椅子に座って、窓から通り過ぎる海を見ていた。

「カズホ」

 窓側に座っていたナオがカズホの方を向いた。

「んっ?」

「合宿、すごく楽しかったね」

「そうだな。去年よりは相当面白かったな」

「来年も来られるかな?」

「ああ、来られるさ。きっと」

「今のメンバーで?」

「もちろん」

 ふと、ナオが目を前の座席に向けると、榊原が一人座って船を漕いでいた。

 ナオは小さな声でカズホに話した。

「榊原先生もやっぱり音楽が好きだったんだね」

「ああ。でも、それだけじゃなくて、ずっと軽音楽部の活動を支えてくれているんだよ」

「えっ?」

「俺も先輩から聞いた話だけど、三十年くらい前に、学校でバンドをやりたいって言う生徒達の声を後押しして、軽音楽部発足について、学校と掛け合ってくれたらしいんだ」

「そうなんだ」

「ああ。その後も、部室の備品のアンプ類とか、講堂のPAシステムなんかも、榊原先生が学校に要求して整備してくれたようなんだ。だから、榊原先生がいなかったら、美郷高校には軽音楽部は無かったかもしれないし、あったとしても、こんなに盛んに活動できていなかったかもしれないな」

「でも、普段は全然、練習にも来ないのに」

「各学年ごとにバンドを組むという軽音楽部の不文律も榊原先生が考えたものらしいんだ。バンドは上下関係で縛られるもんじゃないって。そんな先生だから、練習にも顔を出さないんじゃないのかな」

「そうか」

 ナオは、しばらく榊原の白髪頭の後頭部を見つめた後、カズホの方に向いた。

「ねえ、カズホ」

「んっ?」

「私、美郷高校に転校して来て本当に良かった。カズホと出会えたし、レナちゃんやマコト君、そして軽音楽部のみんなと出会えたから……。でも、そんな軽音楽部を作ってくれたのが、榊原先生だったんだね」

「そうだな。………そうだ。その大恩人でもある榊原大明神にお祈りをしておくか」

「そうだね」

 カズホとナオは、前の席に向かって手を合わせ頭を垂れた。

「佐々木。水嶋」

 突然、名前を呼ばれたカズホとナオが驚いて、顔を上げると、榊原が振り向いて、いつもどおりニコニコ笑いながら二人を見つめていた。

「私は、まだ成仏していないぞ」

「あっ、いえ、そういう訳ではなくて」

 さすがのカズホも驚いたようで、しどろもどろになっていた。もちろんナオも慌ててしまって何も言えずにオロオロしていた。

「はははは。……私も軽音楽部部員の生徒を何人も見てきたが、金髪カップルの部員を見たのは初めてじゃ。だが、……よく似合っているな、二人とも。それと、……みんな、良い演奏だった。今の二年生バンドは面白い。うん、面白い」

 それだけ言うと、榊原は前に向き直って椅子に深く座り直した。しばらくすると首が垂れ下がり、微かに寝息も聞こえてきた。

「榊原先生」

 ナオが小声で呼び掛けたが、反応は無かった。

 ナオはカズホの方を向いてささやいた。

「榊原先生も、ドールのマスターのように、カズホと出会えるようにしてくれた恩人なんだよね。私、みんなに『ありがとう』って言いたい」

「そうだな」

 ナオとカズホは改めて、揃って榊原に向かって会釈をした。

 真夏の海の煌めきは、バスの行く手を眩しく照らしていた。

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