第二章 二人だけの夜(1)
その日の午後。
昨日と同じように貸しホールで練習をしている間に雨が降ってきた。午後五時に宿泊施設に帰った一行がテレビのニュースを見ると、大型で強い台風はこの地域を直撃するようなコースを取って向かって来ていた。ただ、その移動スピードはかなり速くなってきており、今夜をやりすごせば、明日には台風は通り過ぎているはずであった。
夕食のカレーを済ませた一行は和室の大部屋に戻って、テレビを見たり、トランプなどで時間をつぶした。
しかし、そうしているうちにも次第に風雨が激しくなってきて、窓ガラスに激しく雨が叩き付けられるようになってきて、ヒューヒューと電線が風を切る音もハッキリと聞こえてきた。
午後八時を回る頃には、建物が揺れているような感覚に襲われるほどの強い風と激しい雨になっていた。
宿泊施設は、海と山に挟まれた場所に建っていた。海側からは波が防波堤を越えて、その内側を走る道路にまで届いている様子が見て取れた。一方、山側からは強風で樹木が震える音が聞こえてきていた。
そのうち、施設の夜間管理人が、一行のいる和室の大広間にやって来て、宿泊施設に避難勧告が出されたことを告げた。
「ここは後ろの山が崩れてくるおそれがあるので、車で十分くらいのところにある公民館に避難してください」
この日、施設に宿泊していたのは美郷高校軽音楽部の一行だけであった。
一行は、キャンプ施設にある車二台に分乗して避難することにした。一つは普通乗用車でキャンプ施設の夜間管理人が運転すると、後、乗れるのは四人。もう一つは軽自動車で榊原が運転すると、後、乗れるのは三人。一度に避難できるのは生徒九人中七人ということになり、残る二人は折り返し迎えに来てもらうまで、ここに残ることとなる。
「この緊急事態だから、少々の定員オーバーは仕方無いんじゃないか」
マコトが提案したが、生真面目な榊原がそれを許さなかった。
「危険がすぐそこまで差し迫っているとは、まだ言えないし、定員オーバーでこの暴風雨の中を運転する方が危ない」
顧問教諭として生徒達の安全について責任を負っているとしても、普段の雰囲気からは想像できないくらい、きっぱりと意見を言う榊原であった。
「先生の言うとおりです。第一便で乗れるだけ乗って脱出して、早く第二便を出発させる方が良いでしょう」
夜間管理人も榊原の意見に同意した。
「そうすると、誰か二人が残ることになるな」
マコトが不安げな顔つきのみんなを見渡しながら宣言した。
「よし、部長の俺が残る!」
いざという時には、男を見せるマコトだった。
「それじゃ、俺も残るよ。マコトと二人だけでいるのは不本意だけどな」
「うるせえ。でも、カズホが残ってくれたら心強い」
「カズホが残るんだったら、私も残ります!」
ナオも思わず言った。
「いや、ナオっちは先に避難しといた方が良い」
「そうだよ。ナオ」
「でも、カズホを残して避難することは嫌です!」
「ナオ、我が儘を言うなよ」
「我が儘なんかじゃないです! カズホが心配なんです!」
「しょうがないわね。ナオちゃんのことだから言い出したら聞かないだろうし。それじゃ、私がマコトと残るからカズホとナオちゃんは先に避難して」
レナの提案はマコトが承知しなかった。
「いや、レナも先に避難しろ」
「マコト。私にだって言わせてよ。マコトが残るんだったら私も残るってね」
「えっ、……レナ?」
「だって、マコトの無茶ぶりを止めることができるのは、私しかいないからね」
「……本当にお前は、本気なのか冗談なのか分かんねえな」
そこにハルまで参戦してきた
「同じ二年生の男子で僕だけ先に避難することはできないよ」
「ハル。お前は一緒に残ってくれるっていう女の子はいないんだから先に逃げろ」
マコトが言ったことは、よく考えると変な理屈だった。
「でも……」
「ハル先輩が残るんだったら、私が残ります!」
言い出したのは、ミカだった。
「一年生だからって、先に逃げる権利がある訳じゃありません」
「いや、権利とかいう問題じゃなくて」
マコトの言葉を遮るようにミカが続けた。
「マコト先輩は部長なんですから、みんなをまとめて、いろいろと指示を出していただかなければならないんじゃないですか!」
「村上の言うことも一理あるな。マコト、やっぱり、お前は先発隊を率いて先に避難しろ」
今度は、カズホがミカの援軍に回った。
「そ、それであれば、僕たちも……」
一年生の山崎までもが言い出したので、収拾がつかなくなってきた。
「あ、あの、そんなに譲り合っているうちにも時間はどんどん経っていますけど……」
夜間管理人が心配になって、腕時計を見ながら急かした。
「ああ、もう切りがねえ。こうなったら恨みっこなしで、俺とカズホとハルの二年生男子三人がくじ引きをして決めるぞ! 俺が引いたら、俺とレナ、カズホが引いたら、カズホとナオっち、ハルが引いたら、ハルとミカが残る。どうだ?」
「異存は無いぜ」
「僕も」
マコトの提案にカズホとハルが同意した。女の子三人も頷いた。
「山崎!」
「はい」
「肝試し大会の時に使った紙縒がまだ残っていただろう。あれを使おう」
山崎が合宿用品を入れた箱から紙縒を取り出した。
「お前が引かせろ」
山崎は、紙縒を三本右手に握って、マコト、カズホ、ハルの三人に示した。
マコトがカズホとハルを見ながら言った。
「赤が残ることにする。一斉に選ぶぞ」
三人が一斉に紙縒を掴んで引いた。
カズホの引いた紙縒の先に赤い色が付いていた。
「ナオ、済まない。当たっちまった」
「ううん。大丈夫」
「マコト。決まったからには、早く避難をして、俺達も早く迎えに来てくれ」
「分かった。よし、みんな、ぐずぐずするな!」
決まってからの行動は、マコトが的確な指示を出し、迅速に行われた。
「じゃあな、カズホ。すぐ迎えに来るから」
「ああ。片道十分だろう。往復でも二十分ちょっとだ」
夜間管理人が運転する普通乗用車には、マコト、レナ、ハル、ミカが乗り、榊原が運転する軽自動車には、山崎、松本、山下が乗った。二台は暴風雨の中、走り去って行った。




