第一章 合宿(6)
その日の夜。
ナオ、レナ、ミカの女性陣は、電灯が消された部屋で、川の字に敷かれた布団に入っていた。
真ん中に寝ていたレナが、右に寝ていたナオの方に首だけを向けて、小さな声で話し掛けてきた。左隣で寝ていたミカは小さな寝息を立てていた。
「ナオちゃん。起きてる?」
「うん。起きてるよ」
ナオも顔をレナの方に向けながら静かに答えた。
「今日、……楽しかったね」
「うん」
「これもナオちゃんのお陰だよ」
「えっ?」
「ナオちゃんがいてくれなかったら、私、まだ軽音楽部に復帰していなかったと思う。今頃、自分の部屋でぐじゅぐじゅしていたよ。きっと」
「……レナちゃん」
「カズホに対する気持ちもちゃんと整理できたから……」
「うん。……何となく……分かる」
「……ねえ、ナオちゃん。私の自慢話、聴いてくれる?」
「えっ? ……うん。良いよ」
「ふふふ。私ね、小学校四、五年生になった辺りから結構、男の子から告白されてきてね」
「私だって、男なら絶対、レナちゃんに告白するよ」
「はははは。ありがと。……でも、私、告白してくる男の子で、好きだって思える人は誰もいなくて、誰一人としてつき合ったことはなかった。そんな私が初めて自分から好きだと思ったのがカズホだったの」
「……」
「でも、カズホは振り向いてくれなかった。それまでずっと男の子を振ってきた報いだったのかもね」
「そ、そんなことはないと思うけど……」
「私も昔のナオちゃんと同じで、男の子を本当に好きになるってことがどういうことなのかを、まだ知らないのかもしれないなあ」
「…………レナちゃんは新しい恋は探さないの? それとも、もう見つかっているとか?」
「ふふふ。どうかな」
「レナちゃんの近くには、ずっと男の子がいたじゃない」
「マコトのこと? ……そうだね。……でも、マコトは、私にとって、昔から仲の良い幼馴染みで、何でも言い合える友達で、最高のバンド仲間で、……でも、それ以上の存在なのかどうかは、まだ分からないな」
「私から言えば、それって十分素敵な関係だと思うけどなあ」
「ふふふ。そうかな」
レナは顔を上向けにして、しばらく天井を見つめていたが、布団から右手を出して口に当てて可愛く欠伸をした。
「そろそろ眠くなっちゃった。もう寝ようか」
「うん、そうだね。おやすみなさい」
「おやすみ。大好きなナオちゃん」
「えっ」
「ふふふふ」
レナはミカの方に体を向けて布団を被り直した。
次の日の朝。
施設の食堂で朝食を食べた一行は、男子の部屋である和室の大広間に集まっていた。
「どうやら台風が急に進路を変えて、こっちに近づいて来ているらしい」
みんなの前に立って話しているマコトの背後の窓から見える空には、雲が厚くたれ込めていた。
「でも、せっかく来たんだから海水浴くらいはしたいよな。そこで今日は午前と午後の予定を入れ替えて、午前中に海水浴をして、午後からみっちり練習をすることにした」
「貸しホールの変更は大丈夫なのか?」
カズホが心配して訊いた。
「抜かりは無いぜ。朝一で変更済みだ。それじゃあ、三十分後に海水浴場に集合だ!」
海水浴場は宿泊施設から歩いて五分くらいの所にあった。
海水浴場の入り口付近に更衣室があり、先に着替えを済ませた男性陣が海に出ていると、まもなく女性陣がやって来た。
レナは黒、ミカは赤いビキニを着ており、ともにナイスバディで、男性陣の目を釘付けにしていた。もともとショートカットのミカはそのままの髪型だったが、レナは長い黒髪を後頭部に三つ編みでシニヨンにしてまとめていた。
「おい、レナ。しばらく見ない間に、また成長したんじゃないか?」
幼馴染みらしいマコトのコメントに、レナが両手で胸を抱きながらジト目でマコトを睨み付けた。
「目付きがいやらしい~」
「な、何を言っているんだよ。レナの水着姿を見るのは中学校以来だったから、素直な感想を述べただけだよ。これでも誉めているんだぜ」
「一応、お礼を言っておくわ。ありがと」
「でも、マコトはレナさんを昔から知っているんだよね」
ハルが羨ましそうにマコトに訊いた。
「ああ、胸の無い頃からな」
「前言のお礼は撤回。やっぱり、いやらしい」
「なんで~。想い出話をしただけじゃないか」
レナとミカの後ろには、青いワンピースの水着に同色のパレオを巻き、セミロングの金髪を短いポニーテールにしたナオが恥ずかしげに立っていた。
「どうしたんだ、ナオ? 借りてきた猫みたいに」
カズホがナオに近づきながら話し掛けた。
「だって、レナちゃんもミカちゃんもナイスバディだし、良いなあって思って……」
確かにナオのスタイルは、レナとミカと比べて寂しいものがあった。
「カズホもボーンキュッボーンが良いよね?」
「まあ、そうだな」
「やっぱり……」
「でも、最初からナオにはボーンキュッボーンは期待していないからさ」
「ちょっと! それはどういう意味ですか?」
「徒歩き大会でナオをおんぶした時、すごく軽かったからさ」
「あ、あの時、そんなことを考えていたんですか? 幻滅です!」
「はははは。でも、女は胸が全てじゃないだろ」
「それって、慰めの言葉?」
「それに、その水着、ナオにはすごく似合ってて、可愛いぜ」
「ほ、本当? へへへ」
「お前って、本当に単純だな」
「もう、また私で遊んでる~」
一同は思い思いの遊びを砂浜で過ごした。
マコトやレナ、ミカとハルは一年生男子達とビーチバレーに興じていた。
ナオは、約束通り、カズホに泳ぎを教えてもらっていた。カズホに両手を引っ張ってもらいながらバタ足の練習をしていた。
ゆっくりと後ろに歩いていたカズホだったが、何かに足を取られたのか、バランスを崩して、ナオの両手を持ったまま、後ろ向けに海の中に倒れてしまった。
ナオもいきなり両手を引っ張られて海の中に沈んでしまって慌ててしまった。カズホの胸くらいの深さで溺れるようなことはなかった場所だが、泳げないナオはちょっとパニくってしまった。
カズホが体勢を立て直して、ナオを助け出すと、ナオは咳き込みながらカズホの腕の中にいた。
「すまん。大丈夫か、ナオ?」
「だ、大丈夫。コホコホ」
咳が収まると、ナオはカズホの裸の胸に抱かれていることが分かって、顔を真っ赤にしながら、慌ててカズホから離れた。
七年間、男の子との関わりを絶ってきたナオには、まだまだ越えられない壁があった。もちろん、カズホとナオの関係から言えば、それは時間が解決してくれるはずであった。




