第一章 合宿(5)
バーベキューの後片付けをした後、一行は近くの砂浜まで歩いて行き、一年生男子部員が買い込んできた花火を全員で楽しんだ。
最初に打ち上げ花火を十発ほど打ち上げた後、みんな思い思いの場所にしゃがんで、手持ち花火を楽しんだ。
ナオはカズホと一緒にしゃがんで、線香花火の弾ける火花に見入っていた。
ふと、視線を感じてカズホの方を見ると、ナオを見つめていたカズホと目が合った。
「どうしたの?」
「……別に」
カズホはちょっと照れたように微笑んだ。
「変なカズホ」
「ナオにそう言われたら、もうお仕舞いだな」
「私は変じゃありませんから」
「はははは」
二人は微笑み合って、再び花火に目線を戻した。花火の明かりだけが二人を照らしていた。
「綺麗だね」
花火を見つめながら、ナオは呟いた。
「そうだな。……でも、ナオの方がずっと」
「えっ?」
「いや、……何でも無い」
二人を照らしていた線香花火が消えると、カズホが新しい線香花火を袋から出し、その一つをナオに手渡しながら言った。
「ナオ。どっちが長く燃えているか、競争するか?」
「うん、良いよ。よーし! 負けないぞ~」
二人は一緒に線香花火に火を着けた。
しばらく互角の状態だったが、ナオの方が一足早く、大きな火玉がぶら下がっている状態になった。
続いてカズホの方も大きな火玉がぶら下がっている状態になったが、ナオの火玉は今にも落ちそうだった。
「あ~、落ちないで~」
ナオが無意識にそう言った時、カズホが持っていた花火をナオの花火に近づけて、火玉同士をくっつけてしまった。
「えっ」
一つになった火玉はすぐに落ちた。
「ナオの火玉にぶつけて、先にナオの方を落としてやろうかと思ったけど、相打ちになっちゃったな」
そんなことをしなくても明らかにナオの火玉が先に落ちそうだった。
「相打ちじゃなくて、カズホの負けだよ」
「えっ、俺が負けなのか?」
「そうだよ。反則負け」
「分かったよ。潔く負けを認めるよ」
「うん、素直でよろしい。うふふふ」
「はははは」
ナオが周りを見渡してみると、あちこちで線香花火の火花が弾けていた。
よく見ると、マコトとレナが海に向かって並んで座って、線香花火をしていた。二人は見つめ合ったり話をしているようではなく、自分が持った線香花火の火花を黙って見つめているようだった。でも、そんな二人の背中を見ながら、ジグソーパズルのピースがぴたりとはまっているような気分になるナオだった。
「次は、肝試し大会だ」
「いろいろと考えるなあ。去年はこんなの無かったぞ」
さすがにカズホも呆れてマコトに言った。
「部長としての俺のモットーは『一に愉快に、二に楽しく、三・四がなくて五に面白く』だからな」
宿泊施設に戻った一行を前にマコトが話し出した。
「この施設の裏口が裏山に登る道に繋がっていて、その道の途中に小さな神社がある。お前達が買い出しに行っている間に、その賽銭箱の前に色を塗った小石を三個置いてきたから、それを持って帰ってくるというルールだ。勝敗は、各グループが行って帰ってくるまでの予想時間を自己申告して、実際に掛かった時間との差が一番少ないグループの優勝だ。ちなみに夕方、俺がここから神社まで歩いて片道五分くらいだったからな」
「優勝グループには何か賞品が出るのか?」
全員の素朴な疑問をカズホが代弁して質問した。
「賞品は無い! こっちに回す予算がちょっと足りなくてな。まあ、優勝グループには、俺から賛辞の言葉を贈らせてもらうぜ」
「何だ、そりゃ」
「各グループは二人組で行くのが良いと思ったんだけど、カズホとナオっちがそのまま二人で消えてしまうかも知れないから止めにした」
「消えねえよ」
「どうだか。とにかく、二人よりは三人の方がいろいろと危険にも対応できるという榊原先生のアドバイスに従って、三人一組で行く。まあ、それに丁度、九人で割り切れるからな。グループ決めはくじ引きで決めるぜ。山崎、準備はできているだろうな?」
「はい」
山崎が、持っていた封筒の中から、先がそれぞれ赤・青・緑に色付けされた三本の紙縒を出した。同じ色ごとに同じグループとなるという決まりだった。三人の女子、三人の二年生男子、そして三人の一年生男子が各グループに分かれて入るように、それぞれが別々に紙縒を引いた。
その結果、ナオとカズホ、そして山崎が第一グループ、ハルとレナ、松本が第二グループ、マコトとミカ、そして山下が第三グループとなった。
「やっぱり、カズホとナオっちは同じグループになるんだな。山崎、お前、カズホから買収されているんじゃないだろうな?」
「知りませんよ~」
「まあ、怖がりのナオの面倒を俺が見ろという天の声だろうな」
正真正銘、怖がりのナオは、カズホ以外の男子と一緒に暗闇の中を歩けるか自信がなかったので、正直ほっとしていた。
第一グループが出発した。
「山崎が先頭だな」
「え~、僕がですか~」
「それじゃ、後ろが良いか? 後ろだと、トントンと肩を叩かれて振り向くと誰もいないってことが起きるかも知れないぜ」
「どっちも嫌ですけど……。分かりました。先頭を行きます」
カズホの命令で山崎が先頭を歩き、真ん中にナオ、最後にカズホと続いた。
裏山から神社に登る道には、当然のごとく街灯はなく、月も厚い雲に隠れて、真っ暗であった。先頭を歩く山崎が照らす懐中電灯の明かりが前方の暗闇に吸い込まれていた。
「ナオ。大丈夫か?」
カズホがすぐ前を歩くナオに声を掛けた。
「う、うん。だ、だ、だ、大丈夫」
「じゃないみたいだな。それじゃ、俺の腕に掴まれよ」
「い、良いの?」
「ああ」
ナオはカズホの左腕にすがりながら、山崎の後ろを歩いて行った。
その時、鳥が飛び立ったのか、大きな木のざわめきが起こった。
「きゃっ!」
悲鳴はユニゾンで聞こえた。
カズホの左腕には、目を閉じて震えているナオがしがみついており、カズホの右腕には山崎がしがみついていた。
「おい、山崎! 悪いが、俺はノンケなんだよ」
山崎は、はっと気が付いてカズホから離れた。
「すみません、カズホ先輩。……でも、カズホ先輩って良い匂いがするんですね」
女性的な顔立ちのカズホに抱きついて新たな世界を垣間見たのか、山崎はちょっと顔を赤くしながら呟いた。
「虫ずが走るようなことを言うな! とっとと行け!」
「へ~い」
しぶしぶ、山崎は、再び懐中電灯を前方に向けて歩き出した。
「ねえ、カズホ」
「どうした?」
「カズホは怖くないの?」
「何が?」
「この暗闇が?」
「そうだな。……一人だと怖いかもな。でも、今はナオがいるからな」
「えっ?」
「ナオには、格好悪いところ、見せられないだろ」
「……良いよ。見せてくれて。怖がるカズホも見てみたいもの」
「そうだな。……いつかな」
「うん」
「あの~」
山崎の呼び掛けに、ふと我に返ったナオは、ずっと、カズホの半袖の腕にしがみついていることに気がついて、顔を赤くしながら.カズホから離れた。
「何か、全然、怖くなくなったんですけど~」
どうやら、山崎も、暗闇の恐怖よりも、ナオとカズホのイチャイチャぶりが気になってしまっていたようだ。
「ちゃんと前向いて歩け!」
「へ~い」
生返事をした山崎を先頭に再び歩き出すと、もうゴールの神社が見えてきた。
結局、ナオ達のグループは思いの外、速く帰って来て、予想タイムとの誤差が一番大きく開き、最下位に終わった。
優勝はマコト達のグループとなり、マコトは自分で自分に対して賛辞の言葉を贈ったのだった。




