第一章 合宿(4)
食料買い出し係一行がキャンプ施設に戻ると、さっそく下準備に取り掛かった。
宿泊棟のすぐ側の屋外に、流し台も完備されているスペースがあり、備え付けの大きな木製のテーブルもあった。
野菜を串に刺せるサイズに切り揃えるレナとナオは、ともに家事の経験があり、鮮やかな包丁捌きであった。
あまり家事が得意でないミカが二人の包丁捌きに見とれていた。
「ミカちゃん。さっき約束したとおり、料理を教えてあげようか?」
「本当ですか?」
「まずは飯盒でご飯を炊こう」
「は、はい。分かりました」
ミカはちょっとがっかりしたが、レナは包丁を使いながらも、ミカに対して、米の研ぎ方や水加減について細かくアドバイスをした。お米を炊くだけでもこれだけの知識を持っているレナに対して、ますます尊敬の念を抱くミカであった。
一方、カズホとハルはテーブルや食器のセッティングを済ませていた。
そうしているうちにバーベキュー用品とレクレーション用品買い出し係の一年生の男子達がヘロヘロになりながら帰って来た。
「なんだよ、お前ら。学校の徒歩き大会より、ずっと短い距離じゃないかよ」
待ちかねていたマコトが活を入れる。
「でも、バンドの練習で疲れた体に、この荷物を持って往復三十分の歩きは辛いですよ」
山崎の泣きが入る。
「まあ、いいや。お前達は休んでいろ。後は俺がやるから」
マコトはさっそくバーベキューコンロに炭を入れ、手際良く火を付けた。
「さすが、マコトは火を点けるのはうまいな」
その様子を見ていたカズホが感心をした。
「おう、ライブでも客の心に一発点火だからな」
「いや、俺は建物に密かに火を点けて回っているのかと思ったんだけどな」
「俺は放火魔か!」
準備が整って、肉も良い具合に焼けてきた。
「よし、それじゃ乾杯しようぜ」
全員が紙コップを持って構える。
「美郷高校軽音楽部の夏の合宿の成功を祈って、乾杯!」
マコトの音頭で、全員が杯を上げた。酒が飲めない榊原もジュースで乾杯をした。
みんなそれぞれに飲み食いしている間にいくつかのグループができていた。ナオはカズホの隣にずっといたが、ハルが加わってきて、ジャズ談義を始めていた。ハルもカズホやナオの影響で、最近は少しジャズに興味が湧いてきていたようだ。
ジャズの話が一段落すると、ハルがしみじみと呟いた。
「でも、僕も、まさか女の子と一緒にキャンプのようなことができるなんて思ってもいなかったよ」
「どう言う意味だよ?」
「いや、だから、女性には縁が無いってずっと思ってて……」
「そんなことはないですよ。ハル君って、すごく優しいし誠実だし……。みんな、ハル君の優しさを知らないだけなんですよ」
ナオは、今では、マコトやハルとも緊張することなく話すことができるようになっていたが、特に、ハルの純粋な優しさは、カズホの優しさにも勝るとも劣らないと感じていたから、ハルの彼女になる女の子は絶対幸せ者だと勝手に思い込んでいた。
「ナオさんにそんなに言われると素直に嬉しいよ」
ハルは照れ隠しのように後頭部を掻きながら、ちょっと顔を赤くしていた。
「でも、ハル。お前、好きな女の子はいないのか?」
「そ、そんな突然、訊かれても……」
「いないって即答しないってことはいるんだな?」
「カ、カズホ。そ、そんなに追及しないでよ」
「誰だよ? 何なら協力するぜ」
「好きな人は、……いないよ」
「本当か?」
「嘘なんか言っても仕方が無いだろ」
酒を飲んでいた訳では無いが、やはり、バーベキューパーティーという雰囲気が、カズホやハルを、いつもより若干多弁にしていたようだ。
「レナとは同じクラスじゃないか。レナのことはどう思っているんだよ?」
「レナさんは、確かに綺麗だし、話してても面白いけど、僕なんかじゃ釣り合いが取れないよ。レナさんは、何て言ったって『クイーン』なんだから」
ナオがレナの方を見ると、レナの周りに一年生の男子全員が従者のように集まって、本当の女王様のように世話を焼いており、レナもそれを洒落で楽しんでいるようだった。
カズホはもう一人の女性部員であるミカについて訊いてみた。
「村上は?」
「村上さんはいつも元気で一緒にいても楽しいけど……。でも、村上さんはきっとマコトのことが好きなんだよ」
ハルの言葉どおり、ミカはマコトの側でギター談義に花を咲かせていた。ミカにとってマコトはギターの上手い憧れの先輩であることは間違いなかった。
しかし、ミカがマコトに対して、それ以上の感情を抱いているかどうかは、ナオにも分からなかった。
「まあ、うちの部に限る必要もないけどな」
「そうだよね。とりあえず生徒の半分は女生徒なんだから」
「ははは、そうだね」
「ハル。好きな女の子ができたら、そっと俺に教えてくれよ。マコトと違って俺は口は堅いからさ。陰ながら応援させてもらうぜ」
「ああ、分かったよ」
ナオとしても応援をするつもりだった。
その頃、榊原は椅子に座って、既に夢うつつだった。




