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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.4 真夏の夜の呪文
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第一章 合宿(2)

 八月の空。

 強い日差しも沸き上がっている入道雲に遮られ、風が爽やかに都心を吹き抜けていた。

 美郷高校軽音楽部の二年生部員五人と一年生部員四人、そして顧問の榊原の合計十人は東京駅丸の内口前に集合することになっていた。

 榊原は、ボサボサの白髪頭にチューリップハットをかぶり、老眼鏡を掛けた「ご隠居さん」という感じで、実年齢よりも老けてみえた。特に指示を出すでもなく、ニコニコしながら見守っているだけという感じだった。

 カズホとナオが小走りにやって来て全員集合となった。

「悪い悪い。遅くなってしまって」

「私が電車に乗り遅れてしまったから、……すみません」

 カズホとナオがみんなに謝ったが、マコトが二人を慰めた。

「まだ全然、大丈夫だって。でも、ナオっちが乗り遅れるなんて珍しいな」

「夜、何か寝付けなくて……。気がついたら朝になっていたんです」

「遠足前の小学生みたいね」

「申し開きできません」

 レナにも突っ込まれて、ナオは頭を下げることしかできなかった。

「それじゃ、乗るか」

 一行は、外房行きの特急電車の指定席に乗り込んだ。

 四人掛けの対面シートには、窓側にナオが、その隣にカズホが座り、対面には窓側にレナ、その隣にマコトが座った。通路を挟んで反対側の席には、窓側にハル、その隣にミカが座り、その対面には山崎と松本が座っていた。山下と榊原はハルの座っている席の後ろに並んで座っていた。

 ナオは、修学旅行以外では、学校の友人達との泊まりがけの小旅行は初めてで、しかも、カズホや大好きなバンドのメンバーと一緒だということで、出発前からワクワクして、昨夜は全然寝られなかったことから、電車が出発すると間もなく睡魔に襲われてきた。

(せっかく、みんなと一緒に楽しい旅行なんだから、起きてないともったいない)

 ナオは、眠気を追い払おうと、カズホに話し掛けた。

「ねえ、カズホ。お菓子食べる? 一杯持ってきたから」

「朝飯を食べてからそんなに時間も経っていないのに、もうお菓子を食べるのか?」

「お菓子は別腹ですよ。レナちゃんもどう?」

「私もまだ良いかな。でも本当に、ナオちゃんって、いくら食べても太らないのね。羨ましいな」

「えっ、レナちゃんもダイエットとか気にしているの?」

「当たり前じゃない。ナオちゃんが摂取したエネルギーがどこに消えているのか知りたいくらいよ」

「そうだよな。そのエネルギーが消えないようにすれば、ナオも身長が伸びるんじゃないか」

「そ、それができる方法があるんだったら、私が一番知りたいです!」

 そんなこんなでカズホやレナと馬鹿話をしていたが、結局、ナオは睡魔に勝てず、頭をカズホの肩に乗せたまま寝息をかき出した。

 電車の窓枠に頬杖をつき、微笑みながらレナがカズホにささやいた。

「ふふふ。ナオちゃん、相当、嬉しかったみたいね」

「まったく、しょうがねえな」

「カズホ。ナオちゃんの寝顔も可愛いね」

「そ、そうか。こっちからは見えねえ」

「ふふふ。こっちの寝顔はちょっと間抜けだけどね」

 レナの隣では、マコトが大口を開けて眠り込んでいた。


 外房のとある小都市の駅に着いた軽音楽部一行は、駅の近くの食堂で昼食を摂った後、路線バスで宿泊場所に向かった。

 一行の宿泊場所は、テントを張る屋外スペースと数棟の宿泊棟の双方があるキャンプ施設だった。管理棟には、男女別の風呂や食堂もあるが、宿泊客のほとんどは、テントや宿泊棟の近くの屋外で調理をしながら食事をしていた。

 軽音楽部一行が宿泊するのはログハウス風の宿泊棟の一つで、榊原と男子生徒六人の合計七人は和室の大広間で、女子生徒三人は六畳の和室で宿泊することになっていた。

 荷物を下ろして一服した一行は、すぐ近くにある地区の青年会館に歩いて向かった。青年会館の貸しホールを借り切って、練習をすることにしており、ドラムセットやアンプ類は、やや古い物であったが備え付けのものがあった。ナオもキーボードは宅急便であらかじめ宿泊施設に送っていた。

 いつもは別々に練習をしている二年生バンドと一年生バンドも、合宿中は同じホールで交替で練習をすることになっており、一年生バンドはいつもより濃密な二年生バンドのメンバーによる指導が受けられた。特に一年生バンドは、今、練習しているオリジナル曲のアレンジについて、各パートごとに二年生と意見交換をして、完成に近づけていった。

 一方で、二年生バンドのオリジナル曲についても、一年生バンドのメンバーも自由に意見を言えることができ、その場でアレンジを変えるなどして、曲を磨いていった。

 生徒達が練習をしている間、榊原はホールの隅に置いたパイプ椅子に座って、ニコニコしながら眺めているだけであった。

 四時間ほどみっちりと練習をして、午後五時になると、マコトが全員に声を掛けた。

「よし。初日はこんなもんかな。みんな、お疲れ!」

「お疲れ様でした!」

 全員で声を掛け合ってお辞儀をした。

「それじゃ、晩飯の準備に取り掛かろう!」

 初日の夕食はバーベキューと決まっていた。バーベキュー用具と飯盒はんごうはキャンプ施設から借りることになっていた。

 楽器の片付けをしながら、マコトが指示を出す。

「それじゃ、みんなで分担してやるぞ。各自の分担は、部長の俺の独断で決定済みだからな」

「また、マコトの横暴が始まった」

 カズホの文句も馬耳東風のマコトだった。

「文句は食べ終わった後に聞くぜ。まず、もっとも重要な食材の買い出し係は、カズホとナオっちとレナとハル、それにミカの五人だ。ここから歩いて五分くらいのところにスーパーがあるから。カズホは去年も行っているから場所は分かるよな?」

「何とかな」

「残りの一年生の野郎どもは、ここから歩いて十五分くらいの所にあるホームセンターで炭と着火剤、蝋燭、ライター、そして花火大会用の花火の買い出しだ」

「往復で三十分ですかぁ~」

 松本が弱音を吐く。

「良い具合に腹が減るぜ」

「マコトは何をするんだ?」

 カズホがマコトに訊いた。

「俺か。俺は留守番という名の警備係だ。みんなの荷物が盗られないように見張っている役だな」

「何か、一番楽な仕事じゃないの?」

 レナも呆れた顔でマコトに言った。

「何を言っているだよ、君達。泥棒と『こんにちは』するかも知れない危険な任務を可愛い部員に任せる訳にいかないだろう。この一番危険な任務を自ら進んで担当しようとする訳だよ。はっはっは」

「みんな、ほっといて早く行こう。マコト、買い出し資金」

「おうよ」

 マコトが榊原の側に行くと、榊原は持っていた自分の鞄からやや大きめの封筒を取り出し、マコトに渡した。マコトはその封筒の中から小さな封筒を二つ取り出すと、そのうちの一つを山崎に渡し、もう一つをレナに渡した。

「それぞれの買い出し資金だ。その中に入っているお金は使い切ってもらって良いからな」

 部員全員から事前に集めた参加費用を、マコトが榊原の助言を受けながら、各使用費目ごとに小分けにして封筒に入れていたものだった。

「レナ。資金的には結構余裕があると思うから、美味そうなやつを頼むぜ。まあ、レナが選ぶのなら間違い無いだろうがな」

「分かった。マコト用に新鮮な野菜をたっぷり買ってきてあげる」

「肉だ、肉! なんでバーベキューで野菜三昧なんだよ!」

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