第三章 一番近くの騎士(3)
カズホとナオはドールに向かっていた。そこにレナが駆けて来た。尋常じゃないことはナオ達にもすぐ分かった。
「カズホ! マコトが、マコトが……」
「レナ! どうした。マコトがどうしたんだ?」
息が切れていたレナの両肩を抱いて揺さぶりながら、カズホは訊いた。
「三丁目の公園で不良達に絡まれて。相手は七人もいたから」
「ナオ!」
「はい」
「これを持っててくれ」
「えっ」
カズホは両肩に引っ掛けていたスクールバッグとベースギターをナオに預けて駆けだした。すぐ後をレナが追いかけた。ナオもカズホの荷物を抱えてフラフラしながら後を追った。
(マコト。無事でいろ)
カズホが公園に着いた時、既に、どこにも人影はなかった。
「マコトー! どこだー!」
カズホがきょろきょろと当たりを見渡すと、噴水の近くの茂みが、ガサガサと音を立てて揺れた。カズホが駆け寄ると、ボロボロにされたマコトが茂みの中に横たわっていた。
「マコト! しっかりしろ!」
カズホはマコトの上半身を抱き起こした。マコトは弱々しくカズホを見つめて、呟いた。
「……カズホか。へっ、ざまーないぜ。……ちくしょう」
「しゃべるな! すぐ救急車を呼ぶから!」
マコトは、公園から一番近い救急病院である美郷総合病院に運ばれた。
病院の救急措置室の前の長椅子には、カズホとナオ、レナが座って、措置が終わるのを無言で待っていた。
そこに年配の男女がやって来た。
「レナちゃん」
女性がレナに呼び掛けると、レナは立ち上がって、二人に会釈をした。
「今、処置をしています。命には別状は無いだろうとは言われました」
「そう。……みなさんは軽音楽部のお友達? 心配掛けてごめんなさいね」
女性は、カズホとナオに向かって頭を下げた。カズホとナオも立ち上がって二人に頭を下げた。レナがカズホとナオに二人を紹介した。
「マコトのお父さんとお母さんだよ」
マコトの父親は背も高く、白髪頭で眼鏡を掛け、見るからに医者のイメージであった。マコトの母親は、温厚な性格が滲み出ているかのような上品な婦人であった。
「あ、あの軽音楽部の佐々木と言います」
「同じく水嶋です」
カズホとナオは、再度、会釈をしながら自己紹介をした。
「ああ、あなたが佐々木一穂君。いつも真から話は聞いています」
ちょうど、その時、処置室の扉が開き、ストレッチャーに乗せられたマコトが医師や看護師と一緒に出てきた。マコトは麻酔をかけられているのか、目を閉じたままだった。
「ああ、武田先生。武田先生のご子息だったんですか」
救急医はマコトの父親の知り合いだったのだろう。
「容態は?」
マコトの父親は医師らしく事務的に救急医に問い掛けた。
「命に別状はありませんよ。肋骨が一本折れてて、左手の骨にもひびが入っていましたが、ギブスで固定をしました。神経には大きな破損はありませんでしたが、左手は接合具合によってはしびれが出るかもしれません」
「そうですか。お手数をお掛けしました」
マコトの父親と母親は救急医に軽く頭を下げた。
側で話を聞いていたカズホが救急医に問い掛けた。
「あの、ちょっと待ってください。左手にしびれが出るかもしれないって言うのは、どう言うことなんですか?」
「最悪の場合、何か重い物を持つことが困難になるかもしれないということだよ」
「ギターを弾くことはできるんですか?」
「ギター? う~ん、まあ、本人の回復経過次第だね」
「ギターが弾けなくなることもあるんですか!」
カズホは、つい、救急医に突っかかってしまった。
「カズホ!」
ナオがカズホのシャツを背中から引っ張り自重を促した。
「すべては本人の回復の程度次第だよ」
救急医は冷静にそう言うと、看護師達と去って行った。
マコトは三階にある一人部屋の病室に運ばれた。麻酔がまだ切れておらず、ベッドで眠っていた。
マコトの枕元に立って、しばらくマコトの寝顔を見ていたカズホ達とマコトの両親は、そっと病室から出た。
「みなさん。どうもご心配をお掛けしました。もう大丈夫ですから。それに、もうこんな時間ですし……」
マコトの母親がカズホ達に声を掛けた。
「カズホ。おいとましよう」
ナオがカズホに言うとカズホも同意した。
「そうだな。それじゃ失礼します」
「失礼します」
カズホとナオがマコトの両親に頭を下げて、エレベータのある方に向かおうとした時、レナが二人に声を掛けた。
「ああ、カズホ。ナオちゃん。私、もうちょっと残るよ」
「えっ」
レナも一緒に帰ると思っていたのか、カズホはちょっと驚いたようにレナを見たが、そのカズホのシャツの背中をナオが引っ張った。
「んっ?」
「カズホ。帰ろう」
「あ、ああ。それじゃあな、レナ」
「うん」
「レナちゃんも無理しないでね」
ナオがレナを見ながら微笑むと、レナはちょっと恥ずかしげに頷いた。
カズホとナオがエレベーターに乗り込み、去って行くと、マコトの母親は、レナに微笑みながら声を掛けた。
「レナちゃん。私達はナースステーションに行って、色々と話を聞いてくるから、良かったらマコトの側にいてあげて」
「は、はい」
マコトの両親は、ナースステーションがある方向に暗い廊下を歩いて行った。
それを見届けたレナは、再び、マコトが寝ている病室に入った。
寝ているマコトを起こさないように、レナは照明を付けずに枕元の丸椅子に座った。病室はカーテンを開けていた窓から差し込む月明かりでそれほど暗くはなかった。
マコトの顔は青白い月の光に照らされていた。レナは、その寝顔を覗き込むようにマコトの顔に自分を顔を近づけた。
レナの頭の中には、公園から走り去っていく背中から聞こえたマコトの声がリピートされていた。
『レナには指一本触れさせはしねえ!』
(昔から、いつも私を守ってくれて……。でも……)
「本当にもう、馬鹿なんだから……。馬鹿……」
レナの目から一粒涙がこぼれて、マコトの頬に落ちた。
ゆっくりとレナは顔を伏せていき、優しくマコトにキスをした。




