第三章 一番近くの騎士(2)
次の日の放課後。
軽音楽部の練習が終わった後、今日は素早く後片付けを終えていたマコトがカズホに話し掛けた。
「カズホ、すまない。今日はちょっと野暮用があって、早く家に帰らなければいけないんだ。部室の鍵を閉めておいてくれないか?」
「ああ、良いよ」
「サンキュー。それじゃあな」
「おう、お疲れ」
「カズホ。ナオちゃん。お先に」
レナとマコトとが一緒に部室を出て行き、部室にはカズホとナオが残った。
ナオは、不思議な感じがして、カズホに話し掛けた。
「ねえ、カズホ」
「んっ?」
「マコト君とレナちゃん、一緒に帰ってたね」
「ああ。それがどうした?」
「えっ、……私、二人が一緒に帰っているのって初めて見たんだけど」
「そうか? ……そういえばそうかな。あの二人はいつも一緒だっていうイメージがこびり付いていたけど、よく考えてみればそうかもな」
「レナちゃんとマコト君って小学校以来の幼馴染みなんでしょ」
「ああ、そうらしいよ」
「そんなに付き合いが長いのに、お互いに恋愛の対象とはならなかったのかな?」
「付き合いが長いから、逆に兄弟みたいな感覚だって、マコトは言っていたけどな」
「そうなんだ」
レナが高校に入学してカズホに告白したことはナオも知っていたから、レナにとって、マコトが恋愛の対象とはなっていなかったことは確かだ。これまで男の子を避けてきたナオにとって、マコトやハルとの間にできた「異性の友達」という関係も、まだ出来立てと言って良く、マコトとレナの間にある不思議な関係についても、まだ良く理解できなかった。
マコトとレナは、ナオが言っていたように、おそらく高校入学以来、初めて一緒に下校していた。
「お袋も楽しみにしているぜ。高校生になったレナを見るのは初めてだからな」
「本当? 何か、そう言われると緊張しちゃうな」
「何でだよ」
「でも、マコト、安心して。マコトの学校での悪行ぶりは暴露したりしないから」
「俺には暴露されるような悪行は無い!」
「暴露できないような悪行はあるんだ」
「だから~」
「あっ」
レナが何かを思い出したかのように声を上げた。
「どうした?」
「ごめん、マコト。マコトのお母さんにプレゼントを用意していたのに、家に忘れてきちゃった。私、自分ちに寄ってから行くから、マコトは先に家に帰ってて」
「良いって。プレゼントなんて」
「そんな訳にいかないでしょ。それじゃあね」
そう言うと、レナは一人、家に向かって駆けだした。
マコトが見えなくなって、すぐ、レナは立ち止まった。丁度、通り掛かった小さな公園の中から女性の悲鳴が聞こえたからだ。
レナは気になって、公園に中に入って行った。声がした方に行ってみると、公園の中心付近の、ちょっとした広場になっている所で、若い男のグループが、一人の若い女性を取り囲んでいた。
「ねえねえ、良いじゃないかよ。ちょっとお茶するだけだし」
「うちのリーダーはお金持ちだせ。欲しい物は何でも買ってくれるかもよ」
「あ、あの、私、ちょっと時間が無いから……」
「そんなに時間は取らせないからさ」
どうやら強引にナンパをしようとしているようであった
「ちょっと、あなた達、何をしているの!」
思わず、レナは男達の背後から話し掛けた。
一斉に振り返った男達をよく見ると、昨日、「ぽん太」で騒いでいた男達だった。
男達の注意がレナに向いた隙をついて、女性は走って逃げて行った。
「あっ」
「くそ、逃げやがった」
「放っておけ」
男達は、いったん振り返って女性の後を追おうとしたが、リーダー格の白いスーツの男が引き留めた。そして、その白いスーツの男は、レナに近づいて来た。
「こっちのお嬢さんの方がずっと良い女だ。へへへ」
まるで舌なめずりをしているかのような口をしながら白いスーツの男は、レナの側までやって来た。
「こんにちは、お嬢さん。お嬢さんの方から声を掛けてきてくれるなんて嬉しいねえ」
白いスーツの男は、レナの全身ををなめ回すように見つめていた。
「俺好みの女だ。おい、何でも買ってやるぜ。俺達とちょっとつきあいな」
白いスーツの男は、無造作に万札の束を上着の内ポケットから出して見せびらかせたが、そんなものになびくレナではなかった。
「お断りします!」
「つれないなあ。しかし、よく見ると、本当に良い女だな。おい、ちょっとこっちへ来な」
白いスーツの男は、無造作にレナの右手を掴んだ。しかし、次の瞬間には体を一回転させて、背中から地面に叩き付けられていた。
レナは護身術として合気道も習得していたのだ。
「あなた達の相手をしている暇は無いの。それじゃあね」
レナは振り返って公園から出て行こうとしたが、男達がその前に回り込んだ。レナの後ろでは、白いスーツの男が仲間の男の手を借りながら起き上がっていた。
「ちくしょう! ちょっと甘い顔したらつけ上がりやがって。この俺にこんな恥をかかせて只で済むと思うなよ!」
「まったくチンピラの台詞ね。さっきも言ったでしょ。私は今、忙しいの。邪魔をしないでくれる」
「自分の方から来ておいて、とっとと帰るつもりかよ」
七人の男達はレナを取り囲んで迫ってきた。レナはどこかの隙間から逃げようとしたが、先ほどのレナの居合い投げを見ている男達も油断することなく慎重に間合いを取ってきていた。
絶体絶命のピンチ! とは、レナは思わなかった。まだ、日は明るいし、大声を出せば、男達も躊躇するはずだ。とりあえず、どこの隙間から、この包囲網を脱出しようかと考えるだけの余裕はあった。
――が、その時。
「てめえら、レナから離れろ!」
ドスの利いた声が響いた。
レナが声のした方を振り向くと、そこにはマコトが立って、男達を睨み付けていた。
男達も一斉にマコトの方を見た。その隙をレナが見落とす訳がなかった。レナは、背中を向けた男の膝裏を蹴って、思わず跪いたその男の横を素早く通り抜けると、マコトの側に駆け寄った。
「どうして、こんな所にいるの、マコト?」
「そりゃあ、俺の台詞だ。何でこんな所で道草食ってんだよ?」
「色々と用事があってね」
「ったく。しょうがねえな」
男達全員がマコトとレナに近づいてきた。
「あっ、お前は確か、昨日、居酒屋にいた野郎じゃないか?」
白いスーツを着た男がマコトに気づいた。
「酔ってたのに良く憶えているな。てめえら」
「マコト。相手は七人もいるよ。相手にしないで。一緒に逃げよう」
レナはマコトの後ろから腕を引っ張りながら言った。しかし、マコトは前を向いたまま、レナにだけ聞こえるように小声で言った。
「レナ。俺はやっぱり売られた喧嘩は買わないといられない質なんだよ。それに、お前を危ない目に遭わそうとした奴らを許すことはできねえ」
「……マコト」
「レナ。ここからは俺の喧嘩だ。お前は関係ねえ。早く逃げろ」
「だって」
「良いから早くしろ。逃げるのが嫌だったら、カズホに知らせてくれ。あいつらドールに向かっているはずだ。早く行け!」
マコトがいったん振り上げた拳を降ろすことはしないと知っているレナは、とにかくカズホに来てもらいたいと考えた。それしか、レナが取るべき行動は無かった。
レナは振り向いて一目散に駆けだした。追おうとする男達にマコトが立ち塞ぎ、叫んだ。
「てめえらの相手は俺だ! レナには指一本触れさせはしねえ!」




