第三章 一番近くの騎士(1)
ショーコとレナは、「ぽん太」を出て、駅の改札口にいた。
「ショーコさん、今日はご馳走様でした。私の方から誘ったのに、奢っていただいて、本当にすみません」
「良いって良いって。昨日、バイト代も入ったからね。私もレナちゃんとたっぷり話ができて楽しかったよ」
「あ、あの、ショーコさん」
「んっ、何?」
「私もナオちゃんと同じように、ショーコさんにいろいろと相談をさせていただいて良いですか? 今日みたいに、もう何回かは既にお願いしていますけど、これからも……」
「良いわよ。その代わり、私の相談にも乗ってもらうわよ。レナちゃんは頼りになりそうだからね」
「はい。分かりました。それじゃ、ギヴ&テイクということで」
「了解。それじゃあね」
「はい。ありがとうございました。おやすみなさい」
ショーコは、レナに手を振りながら駅に入って行った。
レナは、駅前の広場で、マコトのバイトが引ける時間まで立って待っていた。
午後十時になり、レナが「ぽん太」の出入り口の前に移動して待っていると、程なくマコトが出て来て、レナに気が付いた。
「あれっ、レナ。何してんだ?」
「マコト。お疲れ様」
「お、おう。……ショーコさんと一緒じゃなかったのか?」
「ショーコさんはもう帰ったわ」
「お前は?」
「久しぶりにマコトの泣き顔を見てやろうって思って、出て来るのを待ってたのよ。こんな機会は滅多に無いからね」
「何で俺が泣かなきゃいけないんだよ? それに『久しぶり』って、俺はお前の前で泣いたことなんて無いぞ」
「知っているわよ。中学の卒業式の時、泣いてたでしょ」
「な、泣いてねえよ」
「まあ、良いけど……。ずっと見てたよ。マコト」
「何のことだ?」
「座敷で騒いでいた客に注意をしていたところ」
「えっ、そ、そうか」
「……格好良かったよ。マコト」
「……まだ、バイト始めたばかりなのに、いきなりクビになる訳にいかねえからな。ははは」
「マコトもちゃんと成長しているんだね」
「お前は俺の母親か?」
「出来の悪い息子ほど可愛いらしいからね」
「出来が悪いは余計だっていうの」
二人は家に向かって歩き出した。駅からだと、幼馴染みの二人の家、すなわち立花楽器店と武田内科クリニックは同じ方向にあったから、当然、途中までの帰り道は一緒だった。
「レナ」
「んっ?」
「こうやって二人一緒に家に帰るのって久しぶりだな」
「そうだっけ? でも、マコト君は一人じゃお家まで帰れないの? いつも一緒に帰ってもらいたいのかな?」
レナは赤ん坊に話すような口ぶりでマコトに話した。
「あのなあ、何でお前は俺に対して、いつも茶化してしか話ができないんだよ?」
「仕方無いじゃない。マコトとは十年近くの付き合いだよ。なんか兄弟みたいな感じだからさ。はっきり言ってマジレスできないんだよね」
「兄弟か……。そういや昔は風呂も一緒に入ったもんな」
「いきなり何、変なこと言ってるのよ! いやらしい! 変なこと想像しているんじゃないの?」
レナは腕で胸を抱いて、マコトからちょっと離れながら、軽蔑の眼差しでマコトを見た
「何言ってんだよ! 思い出話をしただけじゃないかよ。レナの両親が忙しくて、夕食時には、俺ん家でレナを預かっていた時期もあっただろ?」
「そんな時もあったね。……マコトのお母さんには一杯お世話になったなあ」
「お袋はけっこう喜んでいたんだぜ。うちは男しか子供がいなかったから、女の子のレナの世話をすることは嬉しかったみたいだな」
「そうなんだ。初めて聞いたな」
「久しぶりにうちに寄っていくか? お袋も喜ぶと思うぜ」
「マコトのお母さんにも久しぶりに会いたいけど、今日は、もうこんな時間だし。また日を改めてお邪魔するよ」
「そうか」
その後、しばらく二人は無言で並んで歩いていたが、ふいにレナが遠くを見つめながら話し出した。
「マコト。初めて会った時のこと、憶えてる?」
「何だよ。突然」
「マコトが思い出話をしたから、私もちょっと付き合おうかなって思ってね」
「何だ、そりゃ。でも、レナと初めて会った時か……。う~ん、憶えていないな。マジで」
「小学校一年生の時から同じクラスだったでしょ」
「ああ。だから、入学式の時には会っているはずだよな。……でも、思い出せねえ」
「私は、マコトと初めて会った時のことを憶えているよ」
「そ、そうなのか」
「入学式の時、幼稚園から一緒だった男の子が丁度、私の後ろの席に座っていたんだけど、私の頭をポカポカ叩いていたの。そんなに強く叩いていた訳じゃなくて、たぶん私にかまって欲しかったんだと思うけど、私が『止めて』って言っても止めなくて……。その時に、私の隣に座っていた体の大きな男の子が、その男の子の手を掴んで『止めろ』って言ってくれたんだよ」
「それが俺?」
「そうだよ。私って、昔から生意気で男の子ともよく喧嘩していたから、男の子からかばってくれるようなこと言われたのは初めてだったんだよね。だから、記憶に残っているの」
「全然、憶えていねえ」
「その時もそうだけど、何か気づくと、いつもマコトが隣にいるんだよね」
「そ、それはたまたまだろ」
マコトはちょっと照れくさそうにしていた。
「ふふふ。お互いの家にもよく遊びに行ってたしね」
「ああ、やっぱり子供心にも、あのピカピカの楽器を見ているとワクワクしたんだよな。小学校の高学年くらいになると、レナは俺の家には来なくなったよな」
「さすがに病院は子供が遊びに行きたいって思う所じゃないからね」
「まあ、それもそうだな。はははは」
マコトは遠くを見つめながら話を続けた。
「でも、俺は、レナに感謝しているんだぜ」
「えっ?」
「俺にギターを教えてくれたことをさ」
「別に、私が教えたって訳じゃ無いんだけど」
「でも、レナがギターを弾いているのを見て、俺もやりたくなって、ギターを始めて、レナに負けたくなくて、朝から晩までずっとギターを弾いていたからな」
「マコトは凝り出すと、ずっとそればかりしちゃうからね」
「俺って、兄貴達とは違って、勉強が嫌いで、野球とかサッカーとかもやっていたけど、ずっとそれを極めるって気にもならなかったからな。俺、ギターをしていなかったら、何の目標もなく、ダラダラと毎日を過ごしていたような気がするんだよ」
「確かに、マコトがギターをやってなかったら、不良グループのリーダーか、当たり屋なんかになっていたかもね」
「おい、もうちょっとましな未来予想図は無いのかよ」
「でも、ならなかったんだから良いじゃない」
「まあな。……ギターをやっていたお陰で、カズホとも出会えたし、……それに、お前ともずっと一緒にバンドができたからな」
「……中学の時のバンドの他のメンバーって、今、どうしてるか知ってる?」
「めっきり付き合いがなくなっちゃって……。ベースをやってた岡田とは、この前、たまたま会ったけど、今はバンドをしていないみたいだな」
「そうなんだ。……私達もこれからどうなるんだろうな? マコトとカズホは、これからもずっと音楽をしていくつもりなんでしょう?」
「ああ。レナだって音楽には強い思い入れがあるんじゃないのか?」
「もちろん。私も、ずっと音楽を続けたい。できれば、今のバンドでね」
「そうだな。今まで色んなバンドで活動してきたけど、今のバンドほど居心地の良いバンドは無いからな」
「激しく同意するよ。でも、ハル君やナオちゃんはどうするんだろうね」
「そうだな。ナオっちはカズホと同じ道を歩むかもしれないけど、ハルは分からないな。でも、少なくとも、今の軽音楽部としては、悔いの残らないように活動したいと思っているんだ」
「そうね」
そうしているうちに、二人は立花楽器店に着いた。貸しスタジオにまだバンドが入っているようで、暗い楽器店スペースの中で、スタジオ受付カウンターだけに照明が灯っていた。
「結局、マコトに送ってもらっちゃった。ありがとう、マコト」
レナはマコトを見つめながら微笑んだ。
「帰り道が一緒だってことだけだよ」
「ふふふ。おやすみ」
「ああ、それじゃあな」
「あっ、マコト」
「んっ、何だ?」
レナに背を向け、歩きかけていたマコトが立ち止まり、レナの方に振り向いた。
「明日、練習が終わった後、マコトんちに寄っても良いかな? 何だか本当に、マコトのお母さんに久しぶりに会いたくなったから……」
「ああ、明日の朝、お袋に確認してみるけど、たぶん大丈夫だろう。お袋も喜ぶだろうな」
「うん。それじゃあね。おやすみ」
レナは、マコトに手を振りながら店の裏口から中に入って行った。




