第二章 アルバイトをしよう(4)
マコトが生ビール大ジョッキとオレンジジュースを持ってくると、ショーコはマコトに向かって大ジョッキを掲げた。
「それじゃあ、マコトが無事にアルバイトできますように祈念して、乾杯!」
レナも笑いながらオレンジジュースの入ったコップをマコトに向けて掲げた。
「どうもっす。ところで料理の方のご注文は?」
「レナちゃん、なにか食べたいものがある?」
「お任せします。何でも食べますから」
「OK。それじゃあね……」
ショーコがメニューを見ながら、いくつかの料理を注文すると、マコトは注文端末に手際よく入力していた。
「マコト。けっこう板に付いているじゃない」
「自分でもびっくりしているんですけど、意外と、俺って接客業に向いているみたいすよ」
「そうなんだ。それじゃあ、将来は楽器店の経営なんかもできるんじゃない?」
「ごほごほ」
ショーコの発言に、ちょうどオレンジジュースを飲んでいたレナは思わずむせてしまった。
「大丈夫か、レナ?」
マコトがすぐにレナの背中を軽く叩いてくれた。
「……ありがとう。マコト」
レナは咳が治まると、マコトに礼を述べた。
「まあ、ゆっくりしてってよ」
マコトが去って行くと、レナがショーコをちょっと睨みながら言った。
「ショーコさん。変な冗談は止めてください」
「冗談って訳じゃなかったんだけどな。レナちゃんって一人っ子でしょ。跡取りがいなくて、立花楽器店が無くなると、私も困っちゃうからな」
「あの……、分かりました。今日は降参します。でも、ナオちゃんからショーコさんの弱みを聞いておきますから、次は負けませんよ」
「OK。どこからでも掛かって来い! ……あはははは」
「ふふふふ」
料理が運ばれてきてから、レナとショーコは、他愛の無い話をしながらも、マコトの仕事ぶりを観察していた。
「いらっしゃいませ!」
「へ~い、社長、お造り三人前お待ち~」
「これが今日のお勧めですよ。これを食わないなんて、焼肉屋に行って野菜しか食わないで帰るみたいなもんでっせ」
「じゃあ、それ頼もうかな」
「あざーす」
マコトは明るくきびきびと接客していた。
「本当に、マコトに合っているみたいだね。この仕事」
「はい」
「安心した? レナちゃん」
「ちょっと」
その時、座敷席の方から、女性が嫌がっているような声が聞こえてきた。レナ達が座っている椅子席から二十畳ほどの大きさの座敷席を見渡せることができ、今日は衝立で二つに仕切って二つのグループが使用していた。
「何かしら? 騒々しいわね」
ショーコとレナが座敷席の方を見てみると、どうやら男性客のグループが隣の席で飲んでいた女性客のグループにちょっかいを出しているようだった。男性客のグループは大学生のようで、カジュアルな服装を着ている男ばかりだったが、その中に一人、白いスーツを着て、指輪やブレスレットをこれ見よがしに付けた、見るからに金持ちのボンボンのような若い男がいた。どうやらその男がグループのリーダーのようで、取り巻きのような若者六人に指示をして、一緒に飲まないかと、女性のグループを強引に誘っているようだった。
「なに、あいつら。気分悪いわね」
ショーコが露骨に嫌な顔をして座敷席の方を向いて睨み付けたが、その男達はまったく気が付かなかった。
その時、マコトが座敷席に上がって、その男達に話し掛けた。
「お客様。済みません。他のお客様のご迷惑になることはご遠慮ください」
「何だよ、お前。まだ何も注文していねえぞ」
男達は相当酔っているようで、マコトが注文を取りに来たと勘違いをしたようだった。
「いや、注文を取りに来たんじゃなくて、他のお客様のご迷惑になることは遠慮してくださいと言いに来たんです」
「何だと! 俺達が何時、迷惑掛けたよ!」
男達は一斉にマコトに敵対的な視線を向けて取り囲むように立ち上がった。
「いや、だからそちらの女性のお客様のご迷惑になりますので……」
「なんだ、お前。それが客に対する態度か?」
白いスーツの男が、手に持っていたコップに入ったビールをマコトの顔にぶっかけた。
(……!)
レナは思わずマコトを止めようと席を立とうとした。
「レナちゃん。待って!」
ショーコがレナの前に腕を伸ばしてレナを止めた。
レナがマコトを見ると、マコトは悔しさに腕を振るわせながらも、拳を上げることはなかった。
「お客様。済みません。他のお客様のご迷惑になることはお止めください」
マコトは相手を睨み付けながらドスの利いた声で繰り返した。
白いスーツの男もマコトの迫力にやや怯えたようだったが、仲間の手前、威勢の良い態度を気取っていた。
「ったく。なんだよ、お前。酒がまずくなった。おい、外で飲み直そうぜ」
男達はマコトに文句を言いながら店を出て行った。
「ありがとうございました」
マコトは店を出て行く男達に、やや皮肉気味に頭を下げた。
(マコト……)
レナは胸を撫で下ろしながら、自分の席に戻った。




