第二章 アルバイトをしよう(3)
三日後。
練習前のミーティングの席で、マコトが今日からバイトを始めると宣言していた。
まさか、本当にバイトを始めるとは思ってなかったレナはちょっと驚いた。
「居酒屋さんでバイト?」
「ああ、求人情報誌で見つけて、昨日、面接受けたら即OKだってよ」
「マコト。あなた未成年なんだから、お酒飲んだら駄目よ」
「いや、誰が客で行くって言ったよ。従業員のバイトだから」
「でも、接客業は、けっこう頭脳を使うことも必要なんだよ」
「おい、レナ。確かに頭脳系は苦手だって言ったけど、俺にも一応、小さいながらも脳味噌はあるんだからな」
「でも、何で居酒屋なんだ?」
カズホが理由を訊いた。
「けっこう時給も良かったし、まかないで晩飯も食えるんだ」
「で、どこの居酒屋さんなんだ?」
「駅前にある『ぽん太』っていう所だよ」
「本当に大丈夫なの、マコト?」
いつもマコトを茶化してばかりのレナだったが、今日は真面目な顔をしてマコトに訊いた。
「ああ、任しとけって! それに、毎日じゃなくて、とりあえず、月曜、水曜、金曜と週三回、午後六時から十時までだからな」
初めてのバイトなのに既に自信満々のマコトを見ていると、レナは一層心配になるのだった。
その日の夜。時間はまもなく午後八時になるところだった。
レナは駅前の街路樹の側で、改札口に向かって、一人立っていた。
電車が到着するたびに大勢の人が改札口から出てきた。
「やっほー。レナちゃん」
その人混みの中から、レナに手を振りながら声を掛けてきたのはショーコだった。
ナオを仲立ちにして知り合ったレナとショーコは、お互いに性格とかが似ていると感じてから急接近して、特に一人っ子のレナにとって、ショーコは唯一、腹を割って相談できる姉貴のような存在になっていた。
「ショーコさん。お呼びだてして、どうもすみません」
レナはショーコに対して丁寧に頭を下げた。
「私も最近飲んでなかったから、そろそろ飲みたいなって思っていたのよ。それに、レナちゃんとも一度ゆっくりと話をしたいと思っていたからね」
「ありがとうございます。でも、ショーコさんってお酒は強いんですか?」
「まあ、人並みにね」
「ショーコさんは酔ったらどうなるんですか? 騒ぎ出すとか、脱ぎ出すとか、人に絡むとか……」
「ちょっと、レナちゃん。アタイのこと、どんな女だと思っているの? アタイほど上品にお酒を飲む女はいないって」
「そうなんですか? 脱ぎだしたら他人のふりをしますから」
「相変わらずの毒舌ね。まあ、それがレナちゃんの魅力で、私も話していて面白いし。……でも、マコトのことが心配だなんて、レナちゃん、マコトのことが好きなの?」
「そう言われると思ってました。幼馴染みとして心配というか、昔からマコトは無茶をするから、なんだか母親か姉の気分で心配しちゃうんです」
「そうなの。ふーん。……でも、それってちょっと不幸だよね」
「えっ、そうでしょうか?」
「そうだよ。だって、レナちゃんがマコトのお母さんとかお姉さんになれる訳は無いんだからさ」
「それはそうですけど……」
「でもまあ、マコトとレナちゃんは、ずっとそんな間柄だったんだから、それ以外の関係は考えられないのかもね」
「そうかも知れないです」
「ぽん太」は駅前に軒を並べる雑居ビルの一階にあった。レナとショーコが入り口の自動ドアを入ると、左側にレジカウンターがあり、フロアには四角に固定された間仕切りごとにテーブルと対面するソファ席がいくつもあった。店の右側には、座敷席もあるようだった。
レナの制服姿に、レジカウンターにいた店員は、ショーコも未成年の可能性もあると考えたのか、成人であることの証明書を提示するように求めてきた。
ショーコが学生証を示すと、二人は店の右側にあり、座敷席にも近い、小さなテーブル席に案内された。
「ちゃんと未成年じゃないかを確認するくらいだから、しっかりしたお店みたいね」
「そうですね」
案内してきた店員が「しばらくお待ち下さい」と言っていなくなると、すぐに別の店員が注文を取りに来た。
「いらっしゃいませっ。……って、レナ! それにショーコさん」
注文を取りに来たのはマコトだった。「お客様命」と書かれた白い鉢巻きをして、真っ赤な法被が意外に似合っていた。
「やっほー、マコト。マコトがバイトしているって聞いたから、レナちゃんと一緒に父兄参観に来ちゃった」
「何ですか、それ? ちゃんとしてますって」
「そうみたいね。安心したよ。それじゃあ、私は生大ジョッキ!」
「へ~い。レナは?」
「わ、私はオレンジジュースで良い……」
ちゃんと働いているマコトを見るのは初めてだったレナは、理由も分からず照れてしまった。
「了解。お料理は?」
「飲み物が来るまでに選んでいるよ」
「分かりました。どうぞ、ごゆっくり」
厨房の方を振り返ったマコトは、大声で叫んだ。
「生大頂きました~」
「ありがとうございま~す」
他の店員の声が店内に大きく響いた。




