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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.3 近すぎて見えない関係
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第一章 クマのストラップ(2)

 二人は、ドールに着くと、ドアの近くに置いていた傘立てに傘を立てて、入り口のドアを引いた。ドアに付けられたベルが鳴る。

「ちわ~」

「こんにちわ」

 カウンターの奥に座っていたマスターがニコニコしながら立ち上がって、二人を迎えてくれた。

「いらっしゃい」

 そう言うと、マスターは視線を少し右に向けた。その視線をたどった二人は、いつもカズホが座る席にショーコが座っているのを見つけた。

 ショーコは、二人を見て、嬉しそうに手を振った。

「やっほー」

「ショーコちゃん。どうしたの?」

「変身したナオちゃんを早く見たいと思っていたけど、なかなか時間が取れなくてね。ナオちゃん、早くここに座って、じっくり顔を見せて」

 ナオがいつも座っている席であるショーコの真ん前の席に座り、その隣にカズホが座ると、ショーコがナオの顔をじっと見つめた。

「う~ん。ナオちゃんがこんなに可愛かったなんて……。不覚だ」

「ショーコちゃん。そんなこと言われると照れちゃうよ」

「でも、……良く思い出してみるとね、お互い、まだ小学生の頃だったかな。ナオちゃんに初めて会った時に、『この子、なんでこんなに可愛いんだろう』って思って、何となく悔しかったって記憶が今、蘇ったよ」

「えっ」

「その後、ナオちゃんは三つ編み娘になっちゃったから、その悔しさはいつの間にか忘れていたけどね」

「ショーコちゃん……」

「カズホは、ナオちゃんに出会って、すぐ分かったの? ナオちゃんが本当は可愛いんだって」

「いいえ。別に、そんなことは思ってなくて、ナオと話していると何となく面白かったんですよ」

「ふーん、そうなの。でも、……お揃いの金髪が似合っているね。うんうん」

 ショーコは二人を見渡しながら、何回も小さく頷いた。

「ところで、ショーコちゃん。今日は私を見に来ただけなの?」

「主な目的はそうだよ。もう一つはセールス」

「セールス?」

「実は今、ライブハウスでバイトしているんだけどさ。ここなんだけど」

 ショーコは、隣の席に置いていた鞄からチラシを一枚取り出して二人に渡した。

「ああ、池袋の『ザッパ』ですか」

「やっぱり、カズホは知っているんだ。『ザッパ』のマスターがカズホのことを知っていたからね。出演したこともあるらしいじゃない?」

「ええ、まあ。ザッパによく出ている『アンギラス』っていうバンドのギターの人と立花楽器で会ってから仲良くなって、そのバンドが『ザッパ』でライブした時に飛び入りで参加させてもらったことがあるんですよ」

「さすがね。『アンギラス』っていうと、けっこう長く活動しているアマチュアバンドとしては相当、名が通っているバンドなのに、そのメンバーから認められているなんてね」

「いや、そんなことはないですよ。でも、その『ザッパ』のセールスってどういうことですか?」

「軽音楽部のメンバーに、観客として来てもらっても良いし、新しい二年生バンドで出演してもらっても良いから、とにかく『ザッパ』に来てよねって伝えて欲しいんだよ」

「ああ、そんなことはお安いご用ですよ。マコトに話すと、出演したいって言うと思いますよ」

「でしょ。今度の二年生バンドは、けっこうすごいらしいじゃない。『ザッパ』に出演しても盛り上げてくれるよね」

「そうですね。たぶん今、考えられる中では最高のメンバーだと思いますよ」

「私も早くみんなのライブを見たいって思っているから、ぜひ出演を前向きに考えてよ」

「分かりました。マコトにも早速相談してみますよ」

「お願いね」

 ナオは「ザッパ」というライブハウスのことを知らなかったから、カズホとショーコの会話についていけなかった。

「ショーコちゃんも、その『ザッパ』というライブハウスに出たことあるの?」

「まだ、無いけど、秋までには一度出演したいなって思っているのよ。『ザッパ』に出演することは、アマチュアバンドとしては、ひとつの目標だからね」

「そんなにすごいところなんだ」

「『ザッパ』のマスターがけっこう厳しい人だからね。出演バンドは事前にマスターの前で演奏をすることになっているのよ」

 ショーコに続けて、カズホもナオを見ながら「ザッパ」のマスターについて語った。

「もっともマスターが確認したいことは、演奏技術ではなく、音楽に対する情熱というか、どれだけ音楽が好きでバンドをやっているのかっていうことらしいよ。以前にマスターから直接聞いたから間違い無いと思うけどね」

「そうそう。演奏技術がそんなになくても、お客さんを沢山呼べて、そのお客さんを楽しませることができるバンドが良いバンドって言っていたわね」

「ふ~ん、そうか。……それじゃあ、今の二年生バンドは合格できそうだね。だって、メンバーみんなが半端無く音楽が大好きなんだもんね。見ているお客さんも楽しいだろうなって自分でも思うし」

「ああ、そうだな」

 ナオが笑顔でカズホに話し掛けると、カズホも笑顔で頷き返した。

「ナオちゃんも出たくなった?」

「うん、今の二年生バンドなら出てみたいな」

「ナオちゃん、見掛けだけじゃなく、中身も変わったんだね。前よりも積極的になった気がするよ。変身前は何をするにしても何かに遠慮して腰が引けていたもんね」

「カズホのお陰だよ。カズホと一緒だと何でもできると思っちゃうの。一人では、まだまだ腰が引けちゃうけど」

「へえ~、ご馳走様」

「あっ、……もう、ショーコちゃん」

 ナオは顔を赤くしながらショーコを可愛く睨んだ。

「はははは」

 大口を開けて笑っていたショーコだったが、急に真剣な顔つきになって、カズホを見つめた。

「でも、カズホ。ナオちゃんをよろしくね」

 ショーコはカズホに頭を下げた。

「ショーコちゃん……」

「ナオちゃんは、ずっと一人で悩んできて、私も時々、相談に乗っていたけど、ナオちゃんの悩みを解決させてあげることはできなかった。でも、カズホはそれができた。今日、ナオちゃんの眩しい笑顔を見て、私も嬉しくなったよ。今さら私が言わなくても、カズホは分かっていると思うけど、ナオちゃんは本当に素直で心の優しい女の子なの。そんなナオちゃんを泣かせることがあったら、私がカズホを泣かせるからね!」

 ショーコが拳をカズホに突き付けた。

「肝に銘じておきますよ」

 カズホも真剣な顔でショーコに答えた。その隣ではナオが両手で涙を拭っていた。

「うんうん。カズホなら約束を違えることは無いだろう。……ナオちゃん、ほら。今、ナオちゃんに泣かれると、私がカズホに泣かされちゃうんだけどなあ」

 ショーコは、ちょっと呆れた感じでナオにハンカチを貸した。

「だって……」

「しょうが無いなあ。カズホ、追加でお願い。泣き虫で時々天然が入るナオちゃんもよろしくね」

「はははは。分かりました」

 その時、マスターがカズホの夕食とナオのカフェオレを持って来ると、ショーコが笑いながらマスターに話し掛けた。

「ねえ、マスター。マスターもナオちゃんの涙は見飽きるほど見てるんじゃないの?」

「はははは。ナオちゃんは笑っているか泣いているかのどちらかだからね」

「マスターまで~」

「はははは」

 マスターがカウンターに戻ると、ショーコは、カズホの前に置かれたカニクリームコロッケ定食を見ながら、カズホに言った。

「あっ、カズホ。私は気にしないで食べて食べて」

「はい、すみません。それじゃ、いただきます」

「……そう言えば、カズホはナオちゃんをもう食べたの?」

「ごほごほ」

「あっ、カズホ。大丈夫?」

 丁度、一口すすった味噌汁にむせたカズホの背中をナオがさすってあげた。

「……だ、大丈夫。……いきなり何てこと言うんですか。ショーコさん」

「はははは、ごめんごめん。ちょっと気になったからさ」

「何のこと?」

 ナオはショーコの言った意味が分からなかった。

「いや、分からなくて良いから。ショーコさん、この話はもう止めましょう」

「了解。まあ、今のナオちゃんの反応で大体分かったからね」

「えっ、何?」

 ナオは二人の会話の意味が分からず、カズホとショーコの顔を互いに見渡すだけであった。

 カズホは、話題を変えようと、ショーコにバイトのことを訊いた。

「ところでショーコさん。『ザッパ』のバイトって、どんなことをしているんですか?」

「ウェイトレス兼照明係兼雑用係兼営業ってとこかな」

「結局、何でも屋ですか」

「でも、ショーコちゃん。どうしてバイト始めたの?」

「女子大生はいろいろと出費が嵩むのよ。ナオちゃんもそのうち分かるって」

「ふ~ん。お金のためなんだ」

「そりゃそうだよ。親には学費を出して貰っているんだから、自分の趣味のことくらいは自分で負担しないとね。アタイも、もう二十歳越えているんだからさ」

「あっ、そうか。ショーコちゃん、もう成人しているんだ」

「そうだよ。まあ、何時までも女子高生のように若く見られることもあるけどね。はっはっはっは」

「うん、ショーコちゃんなら、セーラー服もまだ大丈夫だよ」

「そこまで言われると、何だか大人の落ち着きが無いって言われているみたいだな~」

「えっ、そ、そういう訳では無いけど」

「はははは。でも、まあ、お世辞でも嬉しいよ」

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