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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.1 ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド
2/75

02

 軽音楽部の新二年生バンド。その名も「ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド」という長ったらしい名前は、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のように「何となく長ったらしい名前にしたい」というマコトの思い付きに、メンバーみんなが付けたい単語を継ぎ足していった結果できたバンド名だった。中点代わりの☆マークは、レナの「だって可愛いじゃない!」の一言で決定となった。

 五月も中旬になって、やっと現メンバーとなった「ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド」であるが、そのデビューステージをこの発表会と決めて、連日練習を重ねてきており、また、ステージ衣装についても早い段階から考えて、人形の家に棲むドールと執事達というイメージで統一していた。

 男性陣は白いシャツに黒の蝶ネクタイを付け、サスペンダーで吊った黒いパンツを履いていた。女性陣は、ナオが白、レナが黒のゴスロリ調のドレスを着て、髪にはそれぞれ逆の色、すなわち、金髪のナオは黒いリボンを、黒髪のレナは白いリボンを付けていた。


 緞帳どんちょうが降りているステージで「ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド」のメンバーが各楽器のセッティングを始めた。ステージでは観客から見て左側から、ベース担当のカズホ、キーボード担当のナオ、ボーカルと曲によってサイドギターを担当するレナ、ドラム担当のハル、リードギター担当のマコトの立ち位置であった。

 ナオは、あらかじめ立って演奏できる高さにセッティングされていたキーボードの前に立つと、足が震えていることに気がついた。中学生時代も、学園祭などで何度かステージに立っていたが、約一年ぶりのステージで、やはり緊張していた。

 ナオは、目を閉じて、祈るように胸の前で両手を組んで深呼吸をしてみた。中学生時代のライブの想い出が蘇ってきた。

(自分の大好きなバンドでライブができるの。……大丈夫。絶対、大丈夫!)

 ナオは、自分に言い聞かせるように心の中でつぶき続けた。

「ナオ」

 名前を呼ばれたナオが閉じていた目を開け、声がした方を見ると、カズホがナオの側にいて、微笑みながらナオを見つめていた。

「は、はい」

「楽しもうぜ」

「……うん」

 カズホの言葉は、魔法のようにナオの緊張感を追い払ってくれた。

(いつもカズホが側にいてくれる)

 そう思うだけで心が落ち着いた。カズホはナオの万能精神安定剤であった。

 周りを見るだけの余裕ができたナオは、ステージのセンターにセッティングされたマイクスタンドの前に立っているレナが、やや神経質そうに自分の髪をいじっていることに気がついた。また、ハルもさかんに汗を拭いていて、顔つきも強ばっていた。緊張していたのは、ナオだけではなかったようだ。レナとハルも一年生の時にはライブの経験がなく、中学校以来のステージだった。

 ナオが二人にも何か言葉を掛けようかと思った時、マコトがメンバー全員に聞こえるくらいの大きな声でハルを呼んだ。

「ハル!」

 ハルがびっくりしたようにマコトの顔を見た。レナも何事かと思い、やや左後ろを振り向くようにして、マコトとハルを見つめた。ナオとカズホも、マコトが何を言い出すのやらと注目した。

「曲の途中で、スティックをすっぽかして、レナの後頭部に見事当てたら、日頃の復讐代として昼飯をおごってやるぜ」

「え~」

 励ましの言葉でも掛けられるのかと思っていたのか、ハルは驚いた顔でマコトを見つめるばかりだった。

 一方、レナは、呆れた様子でマコトに言った。

「何よ、その復讐って? いつも優しくしてあげているのに」

「どこが~」

 マコトは、アメリカのコメディアンのように、大袈裟に肩をすくめてみせた。

「ぷっ……、うふふふふ」

「はははは」

 マコトの反応に、まず、レナが吹き出し、続けてメンバー全員が爆笑してしまった。おそらくステージの最前列辺りの客席には笑い声は届いていただろう。ライブ直前という緊迫した雰囲気は吹き飛んでしまい、部室で練習している時と同じようなリラックスした空気がステージを包み込んだ。

「マコト」

「んっ?」

「……ありがと」

 レナが、ちょっとはにかみながらマコトに言うと、マコトも照れたように微笑んだ。ハルもいつもの温和な顔つきに戻っていた。

 バンドを結成してから、まだ二週間ほどしか経っていないのに、この五人には強固な連帯感が生まれていた。ナオとカズホは、お揃いの金髪カップル。レナとマコトは、小学校以来の幼馴染みで中学生時代は一緒にバンドもしていた仲。ナオとレナは、お互いに悩み事を打ち明け合って以来の大親友。カズホとマコトは、プレイヤーとしてはもちろん、男としてもリスペクトし合う無二の親友。ハルもその人当たりの良い性格から仲間にすっかり溶け込んでいた。

 ナオは、軽音楽部に入部して以来、この仲間といる時の居心地の良さをずっと感じていた。他のみんなも同じように感じているということは、練習をしている時のメンバーの顔を見れば訊くまでもないことだった。

 全員のセッティングが終わると、マコトがメンバーに気合いを入れた。

「よし、みんな! 生まれ変わった軽音楽部二年生バンドを見せつけてやろうぜ!」

 メンバー全員が頷いた。

「次は軽音楽部二年生バンド『ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド』の演奏です」

 放送部員のアナウンスがあり、講堂の照明が落とされ、緞帳どんちょうが上がり始めた。


 ドラムのフィルインから曲が始まった。同時にステージの照明が灯る。

 一曲目は、カズホが作曲し、レナが詞を付けたアップテンポのオリジナル曲だ。レナはギターを持たず、ダンサブルなアクションとともに、その容姿同様、引き込まれるような歌声を、時には激しく、時にはコケティッシュに響かせていた。

 バックの演奏陣も、個々のテクニックはもちろんであるが、バンドを組んで二週間ほどしか経っていないとは思えない、その一体となって迫り来る音は圧倒的だった。

 ビジュアル的な面だけを楽しみに見に来ていた観客の多くは、その余りの圧倒感にしばらく呆然となっていた。しかし、ギターフレーズの無い時に、マコトが客席に向かって拳を振り上げて観客を煽ると、講堂にいた観客みんな一斉に火が付いたようだった。全員が立ち上がり、ステージ下にも生徒達が押し寄せ、満員の講堂が揺れるほどだった。

 哀れエロ河童カメラマンは、生徒達に押しつぶされ息も絶え絶えになっていた。ミエコやハルカも我を忘れて飛び跳ねながら手拍子を打っていた。

 「ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド」は鮮烈なるデビューを飾った!

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