第一章 クマのストラップ(1)
七月の空。
まだ梅雨が明けず、しとしとと雨が降り続いていた。
カズホとナオは、軽音楽部の練習が終わった後、一緒にドールに向かっていた。
「最近、雨ばっかりで、うんざりしてくるな」
「そうだね」
「しかし、お前、どんな傘を差しているんだよ」
ナオの傘には、昔から小学生に人気がある熊のキャラクター「くま兵衛」のイラストがいくつもプリントされていた。
「妹さんの傘を借りてきたのか?」
「わ、私の傘ですよ!」
「でも、そんな傘、持っていたか?」
「昨日、ショッピングセンターで見つけて、思わず買ってしまったんです!」
「しかし、高校二年生にもなって『くま兵衛』かよ」
「い、良いじゃないですか! 私は小さい頃から、ずっと『くま兵衛』が好きなんです!」
「そ、そうなのか? 初めて聞いた気がするけど」
カズホはちょっと慌てている様子だった。
「だって、絶対、馬鹿にすると思って言ってなかったんです。今みたいに」
「馬鹿にしたりしてないよ」
「してたじゃないですか~」
「いや、子供っぽいなって思っただけだよ」
「ほら~、馬鹿にしてる~」
「はははは」
笑いが収まった後、カズホが、何かを考え込んでいるように、やや俯き加減に視線を落としながら無言になったことから、ナオは、カズホに嫌われるようなことを言ってしまったかと心配になってしまった。
「カズホ、どうしたの? 私、何か嫌なこと言った?」
「あっ、いや、ごめん。ちょっと考え事していただけだよ」
「そうなの。……私、カズホに嫌われることが怖いの。だから……」
「分かっているよ。俺は、ナオに言って欲しくないこととか、やって欲しくないことは、ちゃんと言うよ。ナオは、言えば分かってくれる女の子だっていうことも分かっているし。ナオがそんな女の子である以上、俺がナオを嫌いになることは絶対に無い」
「……カズホ」
カズホの優しい想いが詰まった言葉に、涙腺の弱いナオは、ちょっと涙ぐみながらカズホに微笑み返した。
「相変わらず泣き虫だな。お前は」
「良いんです。涙は心の汗なんですから」
「汗だから良いって……。何か会話が繋がっていないような気がするが……」
「……良いんです!」
ナオは顔を赤くしながら頬をちょっと膨らませた。そんなナオに、カズホが優しい笑顔を見せて話し掛けてきた。
「ナオ」
「はい?」
「今日、飯を食い終わった後、一緒に駅前のショッピングセンターに行ってくれないか?」
「うん、良いけど。……何か買うの?」
「ああ、ナオにも一緒に選んで欲しいんだ」
「私が? ジャズのCD?」
「いや、違う。まあ、行ってからのお楽しみってことで。時間はあるか?」
「うん、大丈夫」
「そうか。じゃあ、行くか?」
「はい」
ナオは、買い物を一緒に選んで欲しいとカズホからお願いされたことで、カズホから頼られたような気がして、ちょっと嬉しくなった。




