第二章 愛しき人の隣に(6)
カズホが夕食を食べ終わって、四人は一緒にドールを出た。
「ナオちゃん、駅まで送っていくよ」
レナがナオに声を掛けた。
(レナちゃん、私に気を遣っているのかな? バイトに行くカズホと一緒に立花楽器店に帰れば良いのに。それともカズホに聞かせることのできない話があるのかな?)
「ありがとう。レナちゃん」
「ミカちゃんも一緒に行こう」
「はい」
「それじゃあね、カズホ」
レナがカズホに言った。ナオはカズホに手を振り、ミカはカズホにお辞儀をした。
「ああ、じゃあな」
カズホは敬礼のように挨拶をして、立花楽器店の方に歩いて行った。
レナとミカ、そしてナオは駅に向かって歩き出した。しばらくするとレナが話し出した。
「ナオちゃん。新垣君のことだけど……」
「あっ、やっぱり、その話があったんだ」
「ええ。……それに私がカズホと一緒に家に帰って、有らぬ疑いをナオちゃんに持たれたら困るしね」
「そ、そんな……。レナちゃんは嘘を吐ける人じゃないってことは分かっているから」
「ナオちゃんはやっぱりお人好しだね」
「えっ、どういうこと?」
「何でもない。……ところで、ナオちゃん。今日も誰かから見られているって感じた?」
「う、うん。時々」
「お昼休みとかは?」
「うん。感じた」
「やっぱり、新垣君みたいだよ」
「そ、そうなの?」
「ええ、今日のお昼休みの時、新垣君がナオちゃんの教室の後ろの入り口からナオちゃんの方を見てたのよ。ミカちゃんが確認しているから」
「はい。携帯で写真を撮っているみたいでした」
「写真を……。ど、どうしよう、レナちゃん」
「怖い? ナオちゃん」
「怖いよ。だって、黙って人の写真を撮るなんて……」
ナオは本当に新垣のことが怖くなった。顔が青ざめていることが自分でも分かった。
「……分かった。でも、ナオちゃん、大丈夫だよ。必要以上に怖がらないで。新垣君はナオちゃんに危害を加えるような度胸は無いわよ。じっと見つめることか、偶然を装って一緒に登校することしかできないヘタレだから」
「う、うん」
「とりあえず、明日の朝は、駅から私が一緒に登校するから安心して」
次の日の朝。この日もレナは早起きして一人で駅の前の街路樹の陰で待っていた。今日も、新垣は改札口を出ると駅の壁に寄り掛かりながら、ナオを待っていた。ナオが改札口から出てくると、いつもと同じようにナオと並んで歩き出した。二人が通り過ぎた後、レナは二人の後ろから声を掛けた。
「ナオちゃん、おはよう。あれ、新垣君も一緒なの?」
「あっ、レナちゃん。……おはよう」
「レ、レナ先輩。お、おはようございます」
新垣は予想していなかったレナの登場に慌てたようだった。
「おはよう。新垣君も電車通学なんだ?」
「は、はい。……あ、あの、レナ先輩は電車通学ではないのでは?」
「良く知っているわね」
「あっ、いえ。軽音楽部の先輩のことですから、一年生バンドのメンバーから自然に情報は耳に入ってきますので」
「そうなんだ。でも一年生達も変な噂をしているんじゃないの? レナ先輩は人をおちょくってばかりだとか、マコト部長よりも横暴だとか」
「い、いえ、そんなことはないですよ」
「本当? 新垣君、正直に話してくれたら、これからスパイとして雇ってあげるわよ」
「そ、そんな……。あっ、でも、レナ先輩は、今日はどうして駅から来ているんですか?」
「この駅の近くに私の親戚の家があるのよ。朝、どうしても届けておく物があったから、寄ってきたの」
「そうなんですか。今日、たまたまだったんですね」
新垣は、ほっとしている様子がありありと分かった。
「そう、たまたま。新垣君も今日はたまたま、ナオちゃんに会って一緒に登校しているの?」
「は、はい。でも、電車の到着時間が近いのか、ナオ先輩には良くお会いするんです」
「そうなんだ。ふ~ん。でも、今や男子生徒の注目の的である『ドール』と一緒に登校できるなんて、果報者だね。新垣君」
「レナちゃん」
レナに面と向かって「ドール」と呼ばれて、ナオは照れてしまった。
「明日から新垣君のことも、たぶん話題になっているよ。カズホ以外に『ドール』と一緒に登校している謎の一年生ってね」
「えっ、そ、そんなはずは……」
新垣は、そのような事態を予測していなかったのか、狼狽えているようだった。
「あっ、でも、良く会っているっていうことは、もう噂になっているのかもね」
「あ、あの、僕、ちょっと早く学校に行く用事があったことを思い出して、……お先に失礼します」
レナと話すと調子が狂うのか、新垣は学校に向けて一人駆けて行った。
新垣が見えなくなってから、ナオはレナにお礼を述べた。
「レナちゃん、ありがとう」
「黙って見ているだけじゃなくて、実際につきまとったら、そんな噂になるって考えてなかったみたいね。普通の女の子ならまだしも、相手は『ドール』なんだからね」
「レナちゃん。お願いだから、そんなに言わないで。恥ずかしくなっちゃう」
ナオは照れながらレナに言った。
「ナオちゃん。一応、私からの釘も刺さったと思うけど、やっぱり最後は、ナオちゃんを守るべき人に守ってもらうようにしようか?」
「えっ?」
「このまま、カズホに何も話さずに私達だけで対応していたら、どこでどんな形でカズホの耳に入るかも知れないしね。ナオちゃんだって、私が誤解したみたいにカズホに思われたくないでしょう?」
「う、うん」
「でも、ナオちゃんは、自分からカズホに言うことは告げ口みたいに思えるんだよね。カズホには私から話しておくから。その方が客観的な情報としてカズホに伝えることができると思うからね」
「う、うん。……やっぱり、私ってまだまだ駄目だね。一人で何もできないなんて……」
「ふふふふ。まあ、無理しないで。ナオちゃんは覚醒したばかりだから、男の子に関することは徐々に慣らさないとね。今回のことは、カズホに任せていたら良いって」
「う、うん」
その日の昼休み。
カズホとマコト、ハルの三人が、部室のミーティング用テーブルで、食後のミーティングと称して馬鹿話をしていると、レナとミカが連れ立って部室に入って来た。
「どうしたんだ、二人揃って?」
マコトが不思議そうな顔をしてレナに訊いたが、レナはカズホを見ながら話し掛けてきた。
「カズホに話があるんだけど」
「俺に?」
「うん。ちょっと一年生の部室まで来てくれる?」
「ああ、良いけど何だ? ここではできない話か?」
「まあ、そうね。あっ、マコト、安心して。マコトの悪行を密告する訳ではないから」
レナは不審そうな顔をしていたマコトの顔を見ながら言った。
「何だよ。俺様には密告されるような悪行は何も無いぞ」
「はいはい。そうだね~。そのとおりだね~」
いつもレナには軽くあしらわれるマコトであった。
レナはミカとカズホを連れて部室を出て、一年生バンドの部室に入ると、ミカがドアを閉めた。カズホが椅子に座ると、テーブルを挟み向かい合って、レナとミカが座った。
「何だよ、話って?」
「実は、ナオちゃんと新垣君のことなの」
「ナオと新垣……。新垣って一年生部員の新垣か?」
「そうよ」
「二人がどうしたっていうんだ?」
カズホがちょっと声を荒げたことに、レナは予想が当たったギャンブラーのように笑った。
「ふふふふ。やっぱり、カズホはナオちゃんのことだと冷静ではいられないみたいね」
「茶化すなよ」
「ごめん。ちょっとナオちゃんが羨ましかっただけ」
「……」
「実はね、最近、新垣君がナオちゃんにつきまとっているのよ」
「えっ、どういうことだ?」
レナは、自分が見聞きしたことすべてをカズホに話した。
「そんなことがあったのか。でも、どうしてナオは俺にすぐ言ってくれなかっただろう?」
「カズホ。ナオちゃんは、男の子との接し方について、まだ、慣れていないんだよ。そのことは、あの三つ編みの頃のナオちゃんと全然変わっていないの」
「……」
「ナオちゃんは、新垣君が後輩としてナオちゃんを慕って話をしにきてくれているんだから、むげに追い払ったり、カズホに告げ口したりしたら新垣君に悪いって思っちゃったのよ。ナオちゃんらしいでしょ」
「やれやれ、本当だな。でも、新垣の奴、そんなナオの優しさにつけ込んで、ナオを怖がらせやがって」
「カズホ、暴力は止めてよ」
「分かっているよ。そんな奴、殴るだけの価値も無い」
「どうする? カズホ」
「とにかく、俺が新垣と話をする。心配するなって。手を挙げたりはしないから」
「分かった。それじゃ、後はカズホに任せたよ」
「ああ」
カズホは一息吐いた後、ちょっと躊躇した感じでレナを見ながら礼を述べた。
「レナ、……ありがとうな」
「えっ、何のこと?」
「ナオのこと、気に掛けてくれて」
「ふふふ。前にも言ったでしょ。私もナオちゃんが大好きなの。ひょっとしたら、カズホ以上かもね」
「えっ」
「ふふふふ」




