第二章 愛しき人の隣に(4)
翌日の朝。レナとミカは、早起きをして、ナオがいつも利用している駅の改札口の前の歩道に立っていた。
「何だか刑事ドラマの張り込みみたいですね」
ミカは、尊敬し大好きなレナと一緒に行動できることが嬉しかったようだった。
一方のレナは、じっと駅の改札口を凝視していたが、ふと、ミカの手を引っ張って、歩道の植え込みの街路樹の陰に隠れた。
「どうしたんですか? レナ先輩」
「しっ!」
レナの視線の先には、新垣がいた。新垣は改札口から出てくると、学校からは遠い方の駅の壁を背にして立ち、時々、腕時計を見ながら改札口をじっと見つめていた。
しばらくすると、ナオが改札口から出てきて学校の方向に歩き出すと、新垣が後ろからナオに駆け寄り、ナオに声を掛けた。ナオがちょっと驚いて振り返ると、新垣は笑顔でナオに話し掛けていた。ナオと新垣は並んで歩いて行き、レナ達が隠れている街路樹も、レナ達に気づかないまま通り過ぎて行った。レナが後ろから二人を見ると、新垣がナオに密着しようとしており、ナオが相当緊張していることが分かり、ナオが言ったことが本当であることが分かった。
「レナ先輩。新垣君、ナオ先輩を待ち伏せしていましたよね。これって、やっぱりストーカーになるんじゃないですか?」
「いくら新垣君がナオちゃんに好意を持っていたとしても、ナオちゃんが嫌な思いをしているのであれば、ストーカーになるわね」
「どうしましょう? レナ先輩」
「ナオちゃんを待ちかまえていることは確認できたけど、一緒に登校することをナオちゃんがはっきり断ってないから、ナオちゃんを待っててもそれだけの話になっちゃうからな。もっと付きまといをしている現場を確認しないと」
「付きまとい?」
「ナオちゃんは最近、けっこう人に見られているっていう感じを受けるんだって。ひょっとしたら新垣君がナオちゃんを見張っているかも知れないわね。その現場も確認しないとストーカー行為だって非難できないと思うの」
「どうすれば良いんでしょう?」
「ミカちゃんは新垣君と同じクラスよね。休み時間とか、新垣君はどうしているの?」
「いつも自分の席で本を読んでいるってイメージですけど」
「それじゃ、席を外すことはないのかな?」
「どうでしょう。私もずっと新垣君を見張っていた訳じゃないから良く分かりません」
「それじゃあ、これからミカちゃんが新垣君をストーカーしてくれない?」
「えっ。私が新垣君をですか?」
「新垣君の行動を見張って欲しいの。特に教室から出て行った時にね」
「良いですけど、……今度は、私が新垣君に付きまとっているって噂になることは無いですよね?」
「大丈夫よ。もしそんな噂が立ったら、私がちゃんと否定してあげるから。ミカちゃんには新垣君よりも好きな人がいるってね」
「えっ、そ、そんな人、いませんよ!」
「そうなの。残念」
「そういうレナ先輩こそ、特定の彼氏とかいないんですか?」
「残念ながらね。私は鎖に繋がられるのが嫌いだからね」
「レナ先輩が言うと、負け惜しみに聞こえないですよね」
実際、何人もの男子が絶対不可侵の掟を破ってレナに告白したが、ことごとく玉砕していた。
「ところで、ミカちゃん。新垣君へのストーカーの件、やってくれる?」
「はい。……あの、新垣君には申し訳無いですけど、彼が今の一年生バンドにいると、なんとなく雰囲気が暗くなってしまって……。彼、本当に音楽がしたいのかなって、ずっと疑問に思っていたんです」
「なるほど。良い機会だから、そのまま追い出しちゃえっていうことね」
「いや、そ、そういう訳ではなくて……」
「でも、ミカちゃん。不純な動機でバンドメンバーになっている人がいると、その悪影響がバンド全体に広がってきて、こじれにこじれて、結局、バンド自体が消滅してしまうこともあるからね。私も、今の一年生バンドは、すごく良い雰囲気で活動しているなって感じていたから、そんなに重症にならないうちに、不穏な芽は摘んでおくことも大事かも知れないわよ」
「は、はい」
ミカは、新垣を結果的に軽音楽部から追い出すことになるかも知れないことに、若干、後ろめたさを感じていたが、レナの言葉で踏ん切りがついたようだった。
「分かりました。レナ先輩。私、やります」
「うん。何かあったら、すぐに私に連絡して。メールでも良いから」
「はい」
その日、ミカは朝からそれとなく新垣を見張っていたが、休み時間もトイレに行くくらいで、ナオの近くに行く行動は見せなかった。同じ軽音楽部なのに、ミカと話をしようともしなかったのはいつもどおりだった。
昼休み。昼食を済ませ、教室で友人達と話していたミカがふと気づくと、新垣が席を立って教室から出て行こうとしていた。
「ごめん。ちょっとお手洗いに行って来る」
ミカは友人達にそう言って、新垣の後を追った。
二階にある一年三組の教室を出た新垣は、二年生の教室がある三階に向かっていた。美郷高校の各学年の教室は、一年生が二階、二年生が三階、三年生が四階にほぼまとまっていたから、その学年に知り合いがいる場合でないと、他のフロアに行くことはなかった。ミカは新垣に気づかれないように新垣を追って階段を昇って行った。三階に着いた新垣が左に曲がることを確認したミカは、三階まで駆け昇って、すぐに右に回り、四階に続く階段を二、三段昇った後、階段の手摺りに身を屈めながら、新垣を探した。
三階への階段を昇って左に曲がったところに、ナオとカズホのクラスである二年一組の教室があった。新垣は、二年一組の教室の後ろの入り口に近いところで、廊下の校庭側の窓に寄りかかりながら立っていた。
新垣はズボンのポケットから携帯電話を取り出して何か操作をし始めた。メールを読んでいるのかと思ったが、よく見ると、指は動かしておらず、携帯そのものを片手で持って微妙に動かしており、位置決めをしているように見えた。
(携帯のカメラで撮影をしているみたい。よし!)
ミカは意を決して、身を屈めていた階段の手摺りから出ていき、新垣に近づきながら、声を掛けた。
「あれ、新垣君。こんなところで何をしているの?」
「えっ」
新垣は相当、慌てた様子で携帯を隠すこともせず、ミカを見た。
「村上! どうしてこんなところにいるんだ?」
「私はレナ先輩にちょっと用事があって来たのよ。新垣君は?」
「いや、別に……」
「ああ、ここは二年一組だからカズホ先輩とナオ先輩のいる教室だよね。ひょっとしてカズホ先輩に用事? でも、カズホ先輩なら、お昼休みは部室にいるはずだよ。それともナオ先輩に用事?」
ミカは二年一組の教室番号の札を見ながら、新垣に鎌を掛けてみた。
「い、いや、そういう訳じゃないんだ」
「ふ~ん。携帯で何をしていたの?」
「ああ、ここを通り掛かったら、ちょうどメール着信があって、それをチェックしていたんだ」
「ふ~ん、そうなの。……あっ、大変。レナ先輩の所に早く行かなきゃ。それじゃあね」
「ああ」
ミカはそのまま本当にレナの教室まで行き、レナに顛末を報告した。
レナとミカが新垣の立っていた場所に行くと、既に新垣はいなかった。レナが新垣の立っていたという場所に立ってみて、二年一組の開いていた後ろの入り口から教室を覗くと、ミエコとハルカと自分の席でおしゃべりしているナオの横顔が見えた。
「おそらく携帯でナオちゃんの写真を撮っていたんだろうね。三階は二年生のフロアで、知っている人もいないだろうから、声を掛けてくる人もいなかっただろうしね」
「どうしましょう? レナ先輩」
「私達が今から新垣君のところに行って、携帯を見せなさいって言うこともできるけど……。でも、もし消されていたら、とぼけられちゃうかも知れないしね」
「そうですね。私に会ったから、写真を撮っていたとしても消しているかも知れないですね。すみません。せっかく証拠を押さえることができたかも知れないのに、私が声を掛けちゃったから……」
「ううん。大丈夫よ。ミカちゃん、今日、一年生バンドの練習が終わったら、一緒に帰ろう。どっちが先に練習が終わるか分からないから、早く終わった方がそれぞれの部室の前で待つようにしようか」
「どこに行くんですか?」
「ナオちゃんのストーカーをしに行くのよ」




