第二章 愛しき人の隣に(3)
何となく話が咬み合わない二人は、きょとんとした顔つきになって見つめ合ってしまった。
「……ナオちゃん。新垣君とお付き合いを始めた訳じゃないんだよね?」
「え~! な、なんで私が新垣君とお付き合いしなければいけないの~!」
「それじゃ、駅から一緒に登校しているのはどうして?」
「一緒にというか、新垣君が付いてくるから……」
「……ぷっ、ふふふふふ」
レナは吹き出して笑い転げてしまった。
「何? どうしたの? レナちゃん」
「安心した。ナオちゃんがそんな女の子なはずはないものね」
「……?」
ナオはまったく事態が理解できなかったが、レナの同級生が話していた噂を、レナから聞いて驚いた。
「え~! そ、そんな噂になっているの~」
「カズホと新垣君との二股を掛けて手玉に取る魔性の女。その名は水嶋奈緒子ってね」
レナは噂話を多少脚色して表現した。
「そ、そんな二股だなんて。そんなこと、私にできる訳無いじゃない。レナちゃんなら分かってもらえるよね」
「ごめん。私もナオちゃんが新垣君と一緒に登校しているってすんなり認めたから、ちょっと疑っちゃった」
「そ、そんな~」
「でも、新垣君が付いてくるって、どういうことなの?」
「私が駅の改札を出ると、毎朝、新垣君が声を掛けてきて一緒に歩いて来るの。カズホとの待ち合わせ場所までは、どうせ一人で歩いて行くんだし、……それに話をするだけだし」
「ナオちゃんは、新垣君と話をしてて楽しいの?」
「じ、実は、いつもビクビクしてて、ほとんど新垣君がしゃべっていることを聞いているくらい」
「だったら、新垣君に『付いてこないで』って、なぜ言わないの?」
「だって、新垣君は軽音楽部の後輩だから、追い払うようなことなんてできないよ」
「でも、新垣君と話すことは楽しくないんでしょう?」
「それは、きっと、私が男の子と話をすることに、まだ慣れてないからだって思うから……。だから、私が一方的に新垣君を嫌ったりしちゃいけないって思うの」
「……ふふふふ。ナオちゃんは、こと男性に対しては、三つ編みの時のナオちゃんと変わってないんだね」
「えっ?」
「ナオちゃん」
レナは真剣な眼差しでナオを見ていた。
「はい」
「時にはね、人に対して、自分の気持ちをはっきり言わなくてはいけない時だってあるんだよ。本当に嫌だっていう時は、相手の気持ちを考えることも大事だけど、その気持ちを言わないまま、ずるずる許していると、結局、取り返しの付かないところまで行ってしまうことだってあるんだからね」
「……う、うん」
「ナオちゃんが新垣君に優しく接していると、新垣君も誤解するかも知れないでしょ。少なくとも学校のみんなは誤解して、ナオちゃんが新垣君と付き合っているんじゃないかって噂になっているのよ」
「……」
「ナオちゃんの言うとおり、新垣君が軽音楽部の後輩として先輩のナオちゃんを慕ってくれているというのであれば良いけれど、それ以上の特別な感情を抱いているかも知れないしね。そして、それはナオちゃんがはっきりと断らないと、ますます増長しちゃうかもね」
「そ、そうなの?」
レナはちょっと考えた後、ナオに言った。
「ナオちゃん。新垣君のこと、私に任せてくれる?」
「えっ、どういうこと?」
「ちょっと確かめてみたいことがあってね」
「確かめてみたいこと?」
「そう……、それに新垣君のことは一年生バンドのことにも影響があると思うしね」
「一年生バンドにも?」
「そうだよ。……とにかく、今回は私に任せて」
「う、うん。分かった。……レナちゃん、ごめんなさい。結局、レナちゃんに面倒を掛けることになってしまって……」
「良いから、気にしないで。やっぱり、ナオちゃんは放っておけないって思わせてしまうキャラだから」
「それって、私は、まだ一人で何もできないっていうことだよね?」
「やればできるんだろうけど、ナオちゃんにはやらせたくないって思うのよ。カズホもたぶん、そう思っていると思うよ」
「……」
「あっ、そうだ」
レナは何かを思いだしたかのように小悪魔的な笑顔をナオに見せた。
「ナオちゃん、水嶋奈緒子は魔性の女っていう噂はどうする?」
「ど、どうするって?」
「これを機に更なるイメージチェンジを図っちゃう?」
「え~」
「レナ先輩、どうしたんですか? 携帯で呼び出すなんて」
「ごめんね。ミカちゃん」
レナは、軽音楽部の練習終了後、ミカを駅前のコーヒーショップに呼び出していた。
「実は、新垣君のことで話があるのよ」
「新垣君のことですか?」
「新垣君って家はどこなのかな?」
「さあ、詳しくは聞いてないですけど、電車で通っているって言ってました」
「それじゃあ駅にいてもおかしくない訳ね」
「はあ? 何なんですか? レナ先輩」
「実はね……」
レナは、新垣が毎朝、ナオに声を掛けて一緒に登校していることをミカに伝えた。
「そ、それってストーカーにならないんですか?」
「うん。ナオちゃんは人のことを疑うことができないから、そういう認識は無いみたいだけど、少なくともナオちゃんは喜んではいないから、ストーカーまがいよね」
「あっ」
ミカが何かを思い出したように声を上げた。
「どうしたの?」
「そういえば、部室の模様替えをしている時、新垣君が定期入れを落として、私が拾ったんですけど、ナオ先輩らしき女性の写真が入っていたんです。はっきりと顔までは見ることはできなかったんですけど、うちの制服を着た金髪の女性だったと思うから……」
「ふ~ん。もしナオちゃんの写真だとしたら、いつ撮ったんだろうね? ……ねえ、ミカちゃん。明日の朝、ちょっと早起きして、私とつきあってもらえない?」
「はい?」
「一年生部員のことだから、やっぱり、一年生にも一緒にいてもらった方が良いと思うからね」
「それじゃあ、山崎君にも一緒に行ってもらった方が良いんじゃないですか?」
「ミカちゃんが一緒だったら充分よ。実質、ミカちゃんが一年生バンドのリーダーみたいなものじゃない」
確かに、ミカは一年生バンドの中では、リーダーの山崎よりも指導力も人望もあり、マコトからは「陰の副部長」と呼ばれていた。なお、マコトにいわせると、レナは「陰の会長」だそうだ。
「私はそんなに強くありませんよ」
「ご謙遜を。私の後継者はミカちゃんしかいないって思っているんだからね」
「レナ先輩の後継者って、どういう意味ですか?」
「マコト部長の横暴に対抗できるような強い意思と、自らもそれに対峙できる横暴さとを兼ね備えているっていう意味ね」
「私はそんなに横暴じゃありません!」
「あれ、やっぱりマコトは横暴だと思っているんだ?」
「あっ、いえ、そんなことは……、あの、その……」
「ふふふふ。ごめんごめん。ミカちゃんもナオちゃんと違う可愛さがあるから好きなのよ」
「レナ先輩! もう、からかわないでください」
「ふふふふ」




