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この連載は、「ドール―迷子の音符たち―」の続編です。
爽やかな風が新緑で覆われた校庭を吹き抜ける五月晴れの空。
五月最後の金曜日の午後、都立美郷高校では発表会が行われていた。
発表会は、秋の学園祭とともに文化系クラブの活動の発表の場として、毎年五月の最後の金曜日の午後に行われていた。体育系のクラブでは、春と秋の年二回、都開催の競技大会があるのに、文化系クラブでは、秋の学園祭しか発表の場が無いのはおかしいとの生徒達の声を受けて、体育系クラブと公平を保つためという理由で設けられたものだった。
秋の学園祭は、クラスごとに全校生徒が参加して、色々な出し物をし、その一環として文化系クラブの発表の場もあるが、春の発表会は、文化系クラブが昨年の学園祭以来の活動内容をアピールする場であり、学園祭の時と違い、文化系クラブ部員以外の生徒がすべて観客となるので、どちらかというと発表会の方に力を入れるクラブが多かった。
文化系クラブのうち、旧館にある研究会系クラブの部室では、パネル展示やプレゼンテーションソフトを使ったスライドショーの上映により研究成果を発表していた。化学部では模擬実験を行っていたり、将棋部や囲碁部などでは初心者向けの教室なども開催されていた。
講堂では、いわゆる芸能系のクラブが、日頃の練習の成果を発表していた。準備が大変なクラブから順に発表することになっており、まず吹奏楽部、次に軽音楽部という順番だった。ちなみにその後は演劇部、最後が合唱部という順番になっていた。
ミエコとハルカは吹奏楽部のステージが始まる前から講堂に入り、前から五列目の席というベストポジションを確保していたが、ミエコは吹奏楽部の演奏をBGMに夢の中を彷徨っていた。
吹奏楽部の演奏が終わって、緞帳が下がり、会場の照明が点くと、ハルカが隣の席に座って眠っていたミエコを揺さぶって起こした。
「ミエコ。吹奏楽部のステージが終わったよ」
「ふえ~。あ~、よく寝た」
「次は軽音楽部だよ」
「おお、起きないと! って、最初は一年生バンドじゃないの……」
「また寝てる~」
会場の照明が落とされ、緞帳が上がると、軽音楽部一年生バンド「パンプキンパイ」の演奏が始まった。ボーカル&サイドギターは一年七組の松本拓也、リードギターは紅一点の一年三組の村上美香、ベースは一年五組の山下耕平、ドラムは一年生バンドのリーダーでもある一年八組の山崎祐樹という四人組のバンドだった。全メンバーが中学生時代から演奏経験があり、また、部長のマコトの指導もあり、結成二か月とは思えないほどの上達ぶりであった。演奏曲は、まだ、人気ロックバンドのコピー曲であったが、曲作りについてはカズホが指導しており、秋の学園祭にはオリジナル曲も披露できるだろう。
パンプキンパイが演奏している最中に、講堂にはどんどん人が入って来ていた。演奏が終わる頃には、通路にも立ち見が出るほどの満員御礼状態であった。
ミエコ達は、こうなることを見越して、早めに席を確保していたのだ。
「ミエコの言ったとおりだね。すごい人だよ」
「そりゃそうでしょ。だって、佐々木君と立花さんと我らがナオちゃんが同じバンドにいるんだよ。こんな一粒で三度美味しいバンドを見に来ない人は、よっぽど忙しい人だね」
「確かに、伽羅のライブの時には女生徒が多かったけど、今回はけっこう男子もいるんじゃない?」
「見渡す限り、五分五分って感じね」
「あっ、ステージの近くでカメラを構えているのは、教頭先生じゃない?」
「えっ、エロ河童が……。生徒の活動を記録に残す必要があるとか言いながら、どうせ立花さんかナオちゃんのステージ衣装を楽しみにして来ているんじゃないの」
パンプキンパイの演奏が終わり、緞帳が降りると、メンバーが舞台の袖に下がって来た。
「お先です」
一年生達が舞台の袖で待機していた二年生バンドのメンバーに軽く頭を下げながら挨拶をした。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
マコトとナオが一年生達をねぎらった。
「お疲れ様。ミカちゃん、良かったよ」
レナが微笑みながら、ミカに声を掛けた。
「ありがとうございます。それじゃあ、PAと照明を交代します」
「頼むぜ、ミカ」
「はい」
講堂の舞台の袖には、簡単なPAシステムと舞台照明を操作する部屋があり、パンプキンパイが演奏していた時には、カズホがPAシステムを、ハルが照明を操作していた。二年生バンドが演奏する時には、PAは松本が、照明はミカが担当することになっていた。