無職は燃えているか
無職転生が今、SNSで変な燃え方をしている。原作履修組にとっては「今更?」な感じではあるが、何となく思った事がいくつかある。
まあ確かにルーデウスはきもいし、個々の設定を取り出してみてもそこまで斬新というわけではないし、話の筋そのものも史上最高~! とドパれるほど素晴らしい感じではないんだよな。
でも傑作だと思うし好きだ。
じゃあ何が好きなのか考えてみるが、これもいまいちまとまらない。キャラクター個々人を見ても、ハマり倒すほど好きなキャラクターっていないんだよね、実のところ。
どのキャラにも鼻持ちならない欠点みたいなのがあって、それが引っ掛かりとなって特別感情移入することができない。暴力エリスは大人になっても根っこは変わらず、パウロは父親として立派な瞬間を見せても最後まで駄目な男のまま死んでいくし、ルーデウスも相変わらず性根はちょっときもい。
ただ、むしろそれなのかなと思った。
そういった欠点のおかげで、キャラクターに生気が吹き込まれているような気がしてならない。作者が操る糸が凄く見えづらくなっている気がする。
その人間としてのリアルな手触りのせいかな、「ラノベの登場人物」じゃなくて、一個の人間としてみてしまう瞬間がある。
考えてみれば、無職転生には色々と苛立たせてくれるシーンがいくつもあるんだけど、その苛立ちの質が作品の出来に対するものではなくて、その人間に対するリアリティのある苛立つというか……なんかうまくは言えないのだが。感情の表面的な部分ではなく、しっかりとある程度の深さまで動いてしまうみたいなかんじの苛立ちを感じていた。
このリアリティってのはいわばシャベルだ。
シャベルがしょぼいと、感情の浅い部分までしか掘れない。浅い部分を掘っても、感情は浅くしか動かない。
感情が浅くしか動かないと、「まあ所詮なろう作品だしな」みたいな冷笑が出てガチれないんだよね。喜怒哀楽様々な感情を誘引するシーンでも冷めた目で見てしまうというか。
無職転生の場合は結構しっかりしたシャベルでそこそこ深いとこまで掘ってくれるので、ちゃんと感情が湧いてくる。
そして、全部が全部そうとは言えないけど、感情が強く動いた作品ってのは往々にして名作であることが多いから、まあ無職転生も毀誉褒貶はあるが傑作、名作として多くの支持を得てるんじゃないかなとおもってる。
ところで、それはそれとしてふと疑問に思ったのだけれど、それなり以上に多くの人が好きだといっている作品についてかなり酷いバッシングをしている人はどういう了見なんだろう? 作者の人格否定までしてるようなものがあるけど。
いや、バッシング自体をどうこう言うわけじゃなくて、その目的が知りたいというか……。
単に気に食わないから叩いているだけならそれはそれで納得する。むかついた! だから叩く!──ガキ臭いが、筋は通ってるよ。
でも必ずしもそうとはいえない人もいるっぽいんだよな。無職転生の、ひいては作者のなにがどうけしからんのかを述べてる人。こういう人は支持者に対して考えを翻してもらいたかったりするのかな? だから自分なりの理屈で良くないところを挙げているのかな。
ただ、それって余り意味がない気がする。
何処の世界に、自分が好きなものをまず否定から入る奴の言葉をまともにきくやつがいるのかって話。たとえ筋が通っていようと合理的であろうと、そんな嫌な奴の話なんか聞くわけねえだろと俺は思うんだよな。
この辺は死にかけた犬でも分かる理屈だと思うんだけど、じゃあ分かってもらいたいとかではなくて、単に喧嘩を売りたいだけみたいな可能性もあるのかな。
自論に対して反論をされ、それに対してまた反論をされ、決して分かり合えない関係の者たちが延々と罵詈雑言をぶつけ合う──そういうのが目的だったりするとか?
それはそれで頭がおかしいような気がしないでもないが、なあ世の中色んな人がいるしね……。
ああ、そういえばイーロンはXについて
『X is the PvP of social medi』(Xは対戦型SNS)
と公言していた。
イーロンの望んだ光景が作り出されているのだとおもうと感慨深い。




