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7/15

7.ヴィヴァーチェ(活発に)

 そして、また翌日の昼休み。


 屋上のいつもの場所で、玲はコンサート会場近くの食事店をスマホで検索していた。

 三日後、憧れの七森とクラシックコンサートへ行くことになった玲。

 理央のアドバイスでコンサート後に食事に誘ってみることになり、昨日の夜からずっと良さそうな店を検索しているのだ。


 これだ、と言えるような店は、まだ見つからない。

 会場は繁華街にほど近いので、飲食店自体は多い。

 しかし、コンサートが終わるのを夜九時と仮定して、それから食事となると、少なくとも深夜〇時まで営業している店でないとゆっくり食事できないだろう。

 行きつけのお店はいくつかあるのだが、居酒屋にラーメン屋、お好み焼き屋など、理央たち同性の友達と行く店ばかりで、初デートにはふさわしくないと言わざるを得ない。

 もっとオシャレで、雰囲気も良くて、かつ美味しいお店でなければいけない。

 だが、そういうお店は概ね閉店時刻は八時とか十時である。


 また、別の問題もある。

 例えば『オシャレ 雰囲気良い 飲食店』等のワードで検索すると、ヒットするのは若い女性を中心に人気がある店ばかりなのだ。

 理央と一緒に行くなら何の問題もないが、七森が喜ぶかどうかは判らない。

 若い娘(こ)向けの店が苦手な可能性も大いにある。


 ──っていうか、あたし七森さんの好みって、なんにも知らないよね。


 ここに至ってそんな基本的なことに気が付く。

 自分で良いと思った店でも、七森の好みに合わなければ意味がない。

 せめて七森が好きな料理を調べてから探した方がいいように思えてきた。

 ただ、問題はどうやってそれを調べるかだ。

 直接訊けば良いのだろうが、なんだかそれもあからさまに狙っているようで恥ずかしい。


 いろいろ考えていると頭が疲れてきた。

 デートまではまだ三日あるし、後で理央に相談してみよう。

 玲は気持ちを切り替えるため、ツブヤイターのアプリを開いた。


 まずは自分のプロフィールページを見る。

 残念ながら昨日のツブヤキに対して通知は届いていない。

 ただ、HARUのプロフィールページを見ると、予想通りまた復活していた。

 アカウントが消えたり復活したりするなんて迷惑なバグだ。


 ──そう言えばあたし、HARUちゃんのツブヤキ、まだしっかり見てなかったな。


 そう思った。初めてHARUからイイネとリプライを貰った日に、ざっと流し見したくらいである。


『リプライされるアカウントでありたいのなら、リプライすることを忘れてはならない』


 不意にそんな言葉が胸に浮かんだ。

 愛されたいなら愛せよの精神である。

 HARUとはこれからもリプライし合う関係でありたい。

 休憩時間はまだ三十分ほどある。

 よし、と、玲は改めてHARUのツブヤキを見てみることにした。


 最新のツブヤキは二日前の日付だった(ただし、またなんらかのバグにより七年前になっている)。




【ふろふき大根と焼きサバ。なんだかおばあちゃんみたい(笑)。最近本当に食の好みが変わったなー。】




 ツブヤキと共に、自炊したと思われる料理の画像が投稿されている。

 ふろふき大根は出汁が滲み込んだ厚切りの大根にそぼろ餡がかかっており、焼きサバは半身で大根おろしとすだちが添えられている。

 どちらもヘルシーで美味しそうだが、それ以上に玲が気になったのは、それらが二皿ずつ用意されていることである。

 恐らく一人分ではない。

 なら、もうひとつは誰の分だろう?

 これはひょっとして……玲は画面をスクロールして次のツブヤキを表示する。

 そして、予感が的中した。




【最近食欲がないので梅もずく納豆そうめん。彼はコンクールに向けて体力をつけてもらわないといけないから、焼肉丼! ピーマンたっぷり(笑)。】




 冷たいそうめんの上にたたき梅ともずく酢と納豆をのせたものと、肉よりピーマンの方が多い焼肉丼の画像が添えられていたが、それより玲が注目したのは、なんといっても『彼』という文字だった。


「なんだぁ、HARUちゃん彼氏いるんじゃん」


 ニヤニヤしながらツブヤキを眺める。

 昨日は【チェロが恋人】とか言っていたのに、なかなか隅に置けないヤツである。

 これはさらに調査を進めなければ。

 謎の使命感が湧きあがり、玲はさらに追及するべく画面をスクロールさせた。


 ツブヤイターは、最新のツブヤキから過去にさかのぼるように表示されるため、そのままだとストーリーが判りづらい。

 この件を追求するには時系列に沿って読んだ方が良いだろう。

 そう思い、玲は一度画面を大きくスクロールさせた。




【みなさん明けましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いします! 初日の出!!】




 新年の挨拶ツブヤキのところでスクロールを止めた。

 ツブヤキには、街並みの向こうに広がる山の陰から現れた太陽の画像が添えられている。

 今年のツブヤキなら約五ヶ月前だ。とりあえずこれくらいで良いだろう。

 玲はそこからツブヤキを追うことにした。




【レッスン終了! 今日の夕飯は、味玉ラーメンモヤシ大盛り!!】




 チェロのレッスンを終えた帰りだろうか。ラーメン店からの投稿である。

 麺もスープも味玉も見えないほどモヤシがこんもりと盛られており、もはやラーメンの画像ではなくモヤシの画像だ。

 玲だったら半分くらいしか食べられないかもしれない。

 どうやらHARUはかなりの大食いらしい。




【恒例の季節の野菜カレー・冬。】




 次の投稿はカレーだった。

 恒例、というからには、春夏秋冬に合わせたカレーをつくっているのだろうか。

 画像には、カブとレンコンとブロッコリーの冬野菜をふんだんに使ったカレーが二皿写っていた。

 焼肉丼のツブヤキの時も思ったが、もしかしたら同棲しているのかもしれない。




【新日本弦楽器コンクールの予選受け付けが始まった。今年も2人でがんばる!】




 お? と、玲は小さく声を出す。

 新日本弦楽器コンクールは、日本でも有数の音楽コンクールのひとつである。

 その名の通り弦楽器のコンクールで、バイオリンやチェロなどたくさんの部門があり、そこからさらに、小中学生・高校生・大学生・一般アマチュア・一般プロ、と、年齢等で細かく部門が分けられてある。

 アマチュア以下の部門ではプロへの登竜門とも言われるほどのコンクールで、優勝すればプロデビューは約束されたも同然と言われている。

 大学時代の玲の同級生も、毎年大勢参加していた。


 それはさておき。


【2人でがんばる】、と投稿しているということは、彼も音楽家を目指しているのだろうか?

 これはますます目が離せなくなってきた。玲はさらにスクロールする。




【新日本弦楽器コンクール、エントリー完了! まずは2月28日の地方予選。演奏曲を決めなくちゃ。】




 前のツブヤキから約十日後。

 無事エントリーできたようでほっとする玲。

 エントリーくらいで心配するのも大袈裟……とも言えない。

 学生時代の同級生の中には、エントリーするのを忘れていたり、郵送でエントリーしたけど料金不足で受け取ってもらえなかったりした人が、結構いたのである。




【課題曲は、バッハの『無伴奏チェロ組曲第1番』とハイドンの『チェロ協奏曲第1番』に決定。定番だけど、大好きな曲。心を込めて弾きます。】




 さらに一週間後の投稿だ。

 二曲とも、チェロのコンクールではよく選ばれる曲で、主催者側から指定されることも多い名曲だ。

 それだけに、審査の目は厳しくなるという面もある。

 頑張って、と、玲は思わず心の中で応援し、よく考えたらこれは数ヶ月前の投稿なので予選はもう終わってることに気づき、苦笑いを浮かべた。


 このツブヤキにはスレッドになっており、もうひとつツブヤキが投稿されていた。




【彼の課題曲は、ベートーベンの『バイオリンソナタ第9番イ長調作品47クロイツェル』と、パガニーニの『24の奇想曲』に決まったらしい。大丈夫かな……(汗)。】




「えぇ!」と、玲は思わず声を上げる。

 彼氏はバイオリニストだった……という話ではない。

『バイオリンソナタ第9番イ長調作品47クロイツェル』と『24の奇想曲』は、バイオリン四大難曲とされる作品の内のふたつだ。

 プロでさえコンクールで演奏するのは避けるほど高度な演奏技術が必要な曲で、玲の同級生はその名を聴いただけで震え上がったほどである。

 HARUでなくても「大丈夫かな……」と心配してしまう。


 しかし、それでもあえてその曲を選ぶということは、それだけ自信があるのだろう。

 ひょっとしたら、彼氏はとんでもない才能の持ち主なのかもしれない。


 さらに一週間後の投稿。




【予選まであと2週間。ミスなく弾けるようになったけど、先生からは、「感情が伝わらない」と言われた。難しい。】




 この気持ちは、ピアニストである玲にもよく判る。

 HARUの課題曲は定番だけに、ミスなく弾けるのは大前提であろう。

 そこからどう個性を出すかが演奏者の腕の見せ所だ。

 玲も学生時代、先生から「感情やストーリーを表現しろ」とよく言われた。

 言っている意味は判る。

 プロの演奏を聴いていると、音のひとつひとつに喜びや怒り・悲しみといった喜怒哀楽の感情があり、そこからストーリーが想像できるのだ。

 ミスなく演奏するだけなら機械の自動演奏を使えばいい。

 人間の演奏と機械の演奏は明らかに違う。

 それを自分はどう表現するのか……非常に難しい問題であり、玲は今でも答えに至っていない。


 このツブヤキもスレッドになっていた。




【彼の演奏を聴いた。まだまだミスは多いけど、彼の感情は伝わってくる。気付かないうちに涙が出ていた。この調子なら、コンクールでもきっと審査員の心を掴めるだろう。】




 わかる! と、玲は何度も頷いた。

 玲自身、数日前にこの場所で七森の演奏を聴き、涙を流すほど心を掴まれた。

 あの時の演奏を思い返すだけで今もじわっとくる。

 あれが、音楽における感情表現のひとつの形であろう。


 さらに一週間後の投稿。




【予選まであと1週間。彼の演奏はミスも少なくなってきた。あたしもがんばらなくちゃ!】




 残り一週間。この時期の演奏の完成度は特に重要だ。

 まだ上手く演奏できない状態だと焦りが生じ、さらにミスが多くなる。

 それを取り戻そうとまた焦り、さらにミスをする。

 負のスパイラルだ。

 幸いHARUたちの演奏は順調に仕上がっているようで安心する。


 次の投稿は、予選前日だった。




【明日はいよいよコンクール。縁起を担いでカツ丼!!】




 久しぶりの料理画像だった。

 どんぶりの中で黄金色(こがねいろ)に輝くトンカツと卵、そして、添えられた三つ葉の緑が美しい。

 もちろん、どんぶりはふたつ。

 HARUの分と彼の分。

 ふたりで一緒に予選突破できるといいね、と祈りながら、玲も心の中でカツ丼を食べる。


 次の投稿は、予選会場からのようだ。




【予選が始まった。あたしの順番は8番目。ちょっと胃が痛くなってきた。緊張してるのかも。】




 何度挑戦してもコンクールが始まると緊張するものである。

 それ自体は別に悪いことではない。

 適度な緊張は良い演奏に繋がることの方が多い。


 しかし、度が過ぎるとマイナスでしかない。

 手や足が震えると思い通りに演奏できなくなし、胃痛も気になるとミスに繋がる。

 特に、審査員の中に厳しい評価をする人がいる時は要注意だ。

 緊張のあまり、演奏直前にトイレで吐いてしまう人もいる。

 そうなるともう演奏どころではない。


 これに関しては決定的な対策は無く、手のひらに人という字を書いて飲むとか、審査員や観客を野菜と思うとか、そんな都市伝説的な方法を試すしかないだろう。

 もっとも、これらの方法も意外と効果があるから侮れない。


 次の投稿は、HARUの演奏が終わった後だった。




【予選演奏終了。緊張して何度かミスしてしまった。ダメかもしれない。】




 ああああ……と玲は頭を抱える。

 このツブヤキだけでは予選の様子は判らない。

 胃痛がひどくなったのか、会場の雰囲気に飲まれたか。

 直前に演奏した人がものすごく上手だったため動揺した、なんてこともある。

 なんにしても、もう演奏が終わってしまった以上、ミスは取り返せない。

 後は祈るしかないだろう。

 頑張ったね、お疲れ様でした、と、玲は心の中でHARUを労う。


 次の投稿は一時間後だった。




【バイオリン部門の予選が始まった。観客席で応援。彼の出番は13番目。不吉な番号だけど、いつも通り演奏できれば大丈夫。】




 彼氏の予選が始まったようだ。

 HARUの分まで頑張ってほしい、と、玲も祈りながらツブヤキを見守る。




【彼の演奏終了。完璧だった! 審査員も身を乗り出して聴いてたし、客席はスタンディングオベーションだったし、ひいき目なしで、ここまでの挑戦者で1番だったよ!】




 おお! と、また思わず声を上げる。

 あの難曲をコンクールで完璧に演奏するなんて、やっぱり彼氏はとんでもない才能の持ち主なのだろう。


 そして、次の投稿は、そこから一時間後。




【予選結果発表! 彼は見事通過!! おめでとう!!】




 やった! と、玲はスマホを膝の上に置いて拍手を贈る。

 アマチュア部門で難曲二曲を完璧に弾きこなせるレベルならば、問題なく予選突破できるだろう。


 さらにスレッドになってツブヤキは続く。




【あたしは……察してください(汗)。】




 ああ……と、玲は肩を落とす。

 明言はしていないが、予選突破ならずということだろう。

 残念だったが、たぶん彼女なりに精一杯やったはずだ。玲はまた拍手を贈った。


 さらにスレッドが続く。




【本選は東京で6月開催。彼を支えなきゃ。】




 予選は全国五ヵ所で行われるため、かなり間が空くことになる。

 この投稿が行われたのは二月末だから、本選までは四ヶ月弱。

 それまでは、また練習あるのみだ。


 次の投稿はその夜だった。




【味玉ラーメンモヤシ大盛りで自分を慰め。】




 前回と同じモヤシ盛り盛りラーメンの画像が添えられていた。

 さらにスレッドが続く。




【調子に乗って食べ過ぎちゃった。胃もたれ。】




 ははは、と苦笑いする玲。

 まあ、コンクールで結果を残せなかった日は全部忘れてヤケ食いするのが一番だ。

 玲も何度もそうしている。

 反省は、次の日からすれば良い。




【録画していた予選の映像を見て反省会。といっても、彼の演奏は完璧で反省点なんてあたしには見つけられない。この演奏が本選でもできれば、きっと大丈夫。】




 翌日の投稿だ。

 この投稿からはHARUが落ち込んでいる様子は見られない。

 自分が予選落ちした悔しさより、彼氏が最高の演奏で予選突破した嬉しさの方が大きいのかもしれない。




【彼が関東予選の様子を見に行きたいというので一緒に行くことになった。2人で旅行なんて初めてだね(旅行じゃないぞー 笑)。】




 予選から一ヶ月ほど経った頃の投稿だ。

 二人で旅行なんていいなぁ、と、HARUと同じようなことを思う。

 もっとも、彼氏にとってはそんな楽しいものではないだろう。

 他地区の予選の様子を見に行くということは、本選で戦う相手を見に行くということである。

 つまり敵情視察だ。

 玲はバイオリンのコンクールにはあまり詳しくないが、ピアノのコンクールでは関東予選は激戦区だ。

 恐らくどんな楽器でも同じだろうから、最大のライバルになる人を見に行くということである。


 その一週間後。




【関東予選終了。通過した人の演奏はみんな素敵だったけど……やっぱり、彼の演奏にはかなわないかな、と思う。彼はかなり気にしているけど、あなたならきっと大丈夫。】




 関東予選の視察が終わったようだ。

 HARUの言葉を信じるなら、彼は本選でも良い成績を残せるだろう。

 まあ、『クロイツェル』と『24の奇想曲』を弾きこなせる人なんてそうそういないから、信じて良いだろう。




【せっかくなので中華街で爆食い!(笑)焼きギョーザ・チンジャオロースー・エビチリ・麻婆春雨。】




 その夜の投稿である。

 添えられた画像にはそれらの料理がズラリと並んでいる。

 そうこなくちゃ、と、玲は笑みを浮かべる。

 すっかりHARUのグルメ関連の投稿のとりこになってしまった。


 次の投稿はスレッドになって続く。




【調子に乗って注文しすぎたかな。あんまり食べられなかった。彼が全部食べてくれて助かった。今お腹いっぱいで動けないーって苦しんでるけど(笑)。】




 あらら。お気の毒に。

 まあ、そういうのも良い思い出になるよね、と、玲は微笑ましく見つめる。


 その日は一泊したのだろう。次の投稿は翌日のお昼になっていた。




【旅行……じゃなくて敵情視察から戻ってきました。地元で食べるお昼ごはんは、県民のソウルフード・お好み焼き!】




 その投稿と共に、じゅうじゅうと音が聞こえてきそうなほど美味しそうなお好み焼きの画像が添えられていた。


 その投稿を見て、あれ? と、玲は首をかしげる。

 お好み焼きが県民のソウルフード……そんな県は、日本にひとつしかない。


 それは、玲がいま住んでいる県である。


 ──HARUちゃん、ひょっとして、同じ県に住んでる?


 ドキリとした。

 ここまでのHARUのツブヤキに住んでいる場所を特定できるようなツブヤキは無かったので、なんとなく遠くに住んでいる人だと思っていた。

 それが、まさか同じ県の人だったとは。


 もちろん、県と言ってもかなり広いので、同じ町とは限らない。

 しかし、HARUは音大出身だと言っていた。

 この地域にある音大は、玲が通っていたイザベラ音楽大学しかない。

 そして、HARUは玲と同い年だった。

 つまり、玲と同級生だったことになる。


 だが。


 ──チェロを専攻してた娘って、いたかな?


 首をかしげる。覚えている範囲ではいない。ほんの三年前のことだから、忘れているという可能性はまず無いだろう。

 バイオリンやビオラから転向したのだろうか?

 在学中にはそういう人もいたが、卒業後に転向するのはあまり考えられない。

 どういうころだろう? 一度、HARUに訊いてみようか。


「…………」


 一瞬そう思ったが、やめておくことにした。

 相手の居場所を特定するようなツブヤキは嫌われかねない。

 見覚えのある場所の画像を見て【ここは○○ですね】なんてリプライをした結果、ストーカー扱いされた人もいるらしい。


 それに、HARUが同い年とは言っても、一年先輩、もしくは後輩ということもあり得る。

 あるいは、いま住んでいるのがこの県というだけで、音大自体は別の県なのかもしれない。


 気を取り直し、玲は続きのツブヤキを見る。




【ひさしぶりの味玉ラーメンモヤシ大盛りだったけど、今日も全部食べられなかった。以前はペロリと食べたのに。最近すぐにお腹がいっぱいになる。歳とったかな(笑)。今日も彼に食べてもらった。太らないか心配。】




 あらら、彼氏さんかわいそうに。

 まあ、仮にそうなったとしても幸せ太りというヤツだろう。


 そして、ツブヤキは梅もずく納豆そうめんと焼肉丼のツブヤキ、ふろふき大根と焼きサバの、最新のツブヤキへと続いた。


 ふう、と大きく息を吐く。

 数ヶ月分の投稿を読んだだけだが、なんだか朝ドラの前半を見終えたような気分だ。

 HARUの予選結果は残念だったが、恋は順調のようだ。


 ぽこっと通知が鳴った。

 昨日の玲のツブヤキに、HARUからイイネが送られてきたようだ。

 さらにリプライも届く。




【先輩とのデート、やったね! 応援してるよ!(笑)】




「いやいやいやいや、デートじゃなくて、ただコンサート鑑賞するだけだから」


 デートという言葉は投稿する前に書き換えたはずだが、やはりそう受け取られてしまったか。

 もちろん、そう言われても悪い気はしない。


 玲もリプライを送る。




【応援ありがとう! でもデートじゃなくてクラシックコンサートを鑑賞しに行くだけだけどね(汗)。】




 HARUからさらにリプライが届く。




【でも、楽しみなんでしょう?】




 テレビショッピングで値段を確認するみたいなリプライだな、と思いつつ、玲もさらに返す。




【まあね。なんてったって、『ポツダム交響楽団with岩井割哉』のコンサートだからね。先輩も、すごく楽しみにしてたコンサートなの】




 そうリプライすると。




【え? ポツダム交響楽団って、日本に来るの? 知らなかった】




 そんな返事が返ってくる。

 おや? と首を傾ける玲。

 クラシック音楽好きなら、知らないはずはないと思っていた。




【うん。五年くらい前から、毎年この時期日本に来てるよ?】


【そうなの? ぜんぜん知らなかった】




 クラシックコンサートとかにはあまり興味がないのだろうか?

 プロのチェリストを目指す者としてはそれくらいの情報は把握しておくべきなんじゃないかなー、とチラッと思うが、まあ最近はゲーム音楽のコンサートとかも各地で行われているので、クラシックが全てというわけでもない。

 これも時代の流れというヤツか……と年寄りクサいことを思いながら、玲は話題を変えることにした。




【それより! HARUちゃんの過去のツブヤキ見たよ! この前は「チェロが恋人」とか言ってたのに、ちゃんと彼氏いるじゃん(笑)。】




 しばらくして、困ったようなツブヤキが返ってきた。




【うーん、彼氏ってわけじゃないけど……学生時代からの付き合いかな。今も同じ職場で働いてるけどね。】




 付き合いって言ってるじゃん。と、ニヤニヤしながらさらにリプライを打とうとして、とんでもないことに気が付いた。

 いつの間にか休憩時間が終わり、一〇分もオーバーしている。

 ツブヤキに夢中になり過ぎた。

 店長は事務所に籠って出てこないからバレないだろうが、フロアのお局(つぼね)さんにはイヤミを言われそうだ。




【ゴメン! 休憩時間過ぎてた! フロアに戻るね! 彼氏さん、コンクールに受かるといいね(笑)】




 ささっとリプライを打ち、スマホをしまうと、玲は慌ててフロアへ戻った。






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