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堕天使の明日

作者: 猫小路葵
掲載日:2026/07/05

「やれよ、天使様」


 悪魔は邪悪な顔で笑った。

 天界の石畳にうつ伏せで倒され、背中を天使に踏みつけられている。

 這いつくばった悪魔は翼を閉じ、抵抗をやめた。


 天使は槍を構え、今まさに悪魔の心臓を貫こうとしていた。

 けれど天使は苦し気に、その美しい眉をひそめた。


「できない……」


 悪魔の闇色の目がぴくりと動いた。

 声がした方をわずかに仰ぐ仕草をした。


 かつて悪魔も、天使と同じ神の御使いだった。

 神の意思に背いたことで反逆者となり、いま『悪魔』として討たれようとしている。


 天使は、踏みつけていた悪魔の背中を見つめた。

 目の前に過去の光景が浮かんできた。

 共に天空を駆けた、あの頃の二人。

 光る翼が対になって舞っていた。


 天使は、悪魔から足をおろした。

 翼を大きく広げ、片膝をつく。

 羽の先が悪魔の頬を掠めた。

 天使は悪魔の肩を抱き起こすと、静かに告げた。


「一緒に堕ちよう」


 天に雷鳴が轟いた。

 天使のこの行いは決して許されない。

 正義は勝たねばならない――それが天界の定めだった。

 神の怒りが壁を砕き、天幕を裂く。

 天使の誘いに悪魔ははじめて狼狽えた。


「おまえ、何を――」


 悪魔の声はそこで途切れた。

 天使が口づけで塞いだから。


 天使の槍から炎が上がり、瞬く間に炭へと変わった。

 地鳴りがして石畳が割れた。

 めくれた隙間から空が見えた。


 二人は、裂け目から落ちた。

 翼はもがれ、全身から色が抜けてゆく。


 二人は一つの白い塊となり、落ちていった。

 薄れゆく意識の中で、天使は悪魔に問いかけた。


「ねえ、明日は二人で何をしようか」


 来るはずのない明日。

 悪魔は答えた。


「おまえ、まさかのノープランかよ」


 天使が最後に笑った。

 悪魔も軽口で返した。


「参ったね」


 塊はどこまでも白く光り輝き、やがて透き通るように消えた。



 

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