表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

有能冒険者が無能社畜に転生した場合のガイドライン

作者: MANAM
掲載日:2026/05/15

俺は転生しなくてもチート級の能力を持つ冒険者。バリバリ魔物退治してバリバリ稼いで酒池肉林の毎日だ。


しかしそんなある日俺の足元に突如出鱈目な魔法陣が出て来やがって、そこから立ち昇った光に呑まれちまった。


気がつくと今までいた場所とは全く違うでけえ建物が立ち並ぶうるせえ街に突っ立ってた。


俺は何者かのくそ魔法により別世界に転生しちまったんだ。


転生して俺にあるはずのない記憶、つまりこの体の元の持ち主の記憶が頭の片隅に残っていた。

それを頼りに(こいつ)の家へと向かいとりあえず休むことにした。


洗面所の鏡を見てやはり元の自分でない事を確認した。


「何だってこんな地味な男に…元の俺は超絶イケメンの最高最強有能冒険者だってのに!」


整然とした部屋の真ん中にどかっとあぐらをかき状況を整理する。


「くそ…誰の仕業だ…心当たりありすぎてわかんねえ! 討ち漏らしたあの時の地方魔王か⁉︎ それとも騙し返した悪徳魔術師か⁉︎ 元の俺はどうなっちまったんだ…? まさかこの体の奴と入れ替わったか…?」


色々考えてると胸ポケットの中からけたたましい音が鳴り響く。何事かと思い探ってみると見た事もない魔道具がそこに入っていた。

しかし(こいつ)の記憶がこれがスマホ(魔道具)だと言うことを告げる。操作方法も難しくなさそうだ。

俺は恐る恐る操作し、記憶にある通り耳に当てた。


「オラ! 無能! てめえどこで何してやがる! さっさと会社に戻って来い!」

スマホ(魔道具)の向こうからおっさんの声が俺の耳にクリティカルヒット。耳鳴りがしやがるので反対側の耳に当て直し、口から出まかせの言い訳を(なんで俺が)する。


「すみません。出先で怪我しまして、自宅で手当を…」


「怪我くらいで家に帰ってんじゃねえ! さっさと会社戻れ!」


おっさんのは怒鳴り散らすとガチャンとでけえ音を立ててスマホ(魔道具)の向こうから消えた。そのおかげで俺の耳は両方とも耳鳴りしやがる。


「くそ…! なんなんだこいつは! 無能とか言われてんじゃねえか! 冗談じゃねえぞ」


俺は渋々(こいつ)の記憶にある会社へと向かう。

そう…俺は超絶無能ブラック社畜に転生しちまったんだ!


その後会社へと行きスマホ(魔道具)の向こうで怒声をあげていたおっさん(課長)にまたも怒鳴られ耳鳴りさせられ、同僚にも冷たい目で見られ、俺は絶望した。


それから数週間、俺の心は闇に覆われ目は死にゾンビのようにカタカタとPCに向かう日々を送る。同僚やおっさん(課長)すら目が死んでやがる。


家には寝に帰るだけ。起きたらすぐ出社でまた寝に帰る。たまの休みも(こいつ)の部屋にある円盤に入ってるアニメ『魔女っ子くるりん』を垂れ流しボケーっと過ごすそんな日々だ。


「くるりんくるりんるるりんりん…♪」


心がどっか遠い所に行っちまったかのように壁を無表情で見つめ、『魔女っ子くるりん』の主題歌を抑揚なく口ずさむ。

そして俺の歌が聞こえたのか隣の部屋から壁ドンされ、ハッと現実に戻る。


しかしちょっと歌ったくらいで壁ドンってよ…隣の奴が気が短いのか…それとも元のこいつが歌いまくってたのか…どっちにしてもクソがよ!


そして給料日。俺は大して仕事をしていなかった。なので金は貰えないと絶望のどん底だったが、給料明細とやらを渡され見てみると、なんと給料が銀行に振り込まれてるって言うじゃねえか。


元の世界では仕事を完遂しなければ絶対に金は貰えない。しかしこっちでは適当にカタカタしてるだけでも給料が貰える。これは…チートだ! 会社は…聖域だ!


俺は鏡で自分の顔を見て目に光が戻ったのがわかった。


「なんだこれ! ダラダラしてても金貰えるなんて人生イージーモードじゃねえか!」


確かに仕事が山積みで残業、残業、また残業で疲れて心に闇がかかるのはわかる。だが、元の世界で命を賭けた完全成果報酬制の中で生きて来た俺にとっちゃこの事実は闇の中に差し込んだ一条の光に見えた。


このままのらりくらりと給料泥棒しながら生きていくのも悪くはない。だが俺は金の他に時間も欲しいと思っちまった。

そこで業務効率化を図ることにした。何しろ(こいつ)の会社は無駄が多い。書類一つ作るにしてもテンプレなしの一から作成だ。何のためのPCだってんだ! そりゃブラックにもなるわ!


俺には新たなプログラム(魔術)を組む事は出来ん。しかし今あるツールとソフト(魔法)を使う知恵はある。書式の決まっている書類はことごとくテンプレ化した。そのおかげで幾分か仕事が楽になった。


そしてある日、無能ゆえあまり仕事を回されないおかげで定時に仕事を終わらせる事が出来た。

しかしこいつ…俺と入れ替わる前はどんだけ無能だったんだ…⁉︎


帰り支度してるとおっさん(課長)が俺に向かってまたも怒声をあげやがる。


「おら無能! 何帰ろうとしてんだ! 仕事はどうした仕事は!」


「今日の分終わったんで帰りま〜す」


心ん中でざまあとか思いながら余裕綽々でおっさんに言ってやった。


「あ⁉︎ 終わった?…じゃあ他の仕事手伝え! お前以外全員残業してんだぞ!」


何言ってんだこいつ…俺は口に出しそうになりなんとか呑み込んだ。残業強制とはさすがブラック。恐れ入ったぜ。

俺は渋々同僚の仕事を手伝ってやる事にした。当然同僚の目は死んでやがる。

俺は効率化出来そうな所を探し、アドバイスしてやる。すると今まで滞っていた仕事が円滑に進み始める。


同僚は驚愕の表情で俺を見る。俺は余裕の笑みで返してやった。

心が闇に覆われていると考える事をやめちまうんだろうな。(こいつ)より優秀な同僚でさえテンプレ化しようと思いつかないとは。


そして俺は他のデスクも回りアドバイスして行った。しょうがないのでおっさん(課長)にも助言してやったさ。


「ん…なんだ…いつもよりサクサク仕事が進むじゃねえか! こりゃ早く帰れそうだ!」


なんだよおっさん! 残業しろとか言いながらてめえも早く帰りたいんじゃねえか!

まあそんなこんなで我が部署はある程度労働環境が改善していった。


残業はなくならないものの、今までよりは早く帰れるようになり同僚やおっさん(課長)の目にも光が戻り始めてた。ギスギスしていた部署の雰囲気も段々と良くなって来た気もする。


そんな時、早く残業を終えて帰る俺たちを見て別の部署の奴らが上に「あの部署ズルしてます!」とか言って告げ口をしやがった。

そこでラスボス(社長)が降臨して俺を叱責し始める。


「チミかね? 書類をズルして作成しとるのは。我が社では相手先に渡す書類は一文字一文字丁寧に打ち込み、一枚一枚心を込めて作成するのが伝統なのだ。それなのにチミは!」


さすが諸悪の根源。非効率極まりないクソみたいな伝統を押し付けて来やがった。しかもなんだその喋り方は! 笑わせんじゃねえぞクソが!

俺はラスボスに対してもっともらしい理屈をつけてクソ伝統をリフレクトしてみる事にした。


「申し訳ございません。社長のお言葉心に染み入ります。そこで恐縮ではありますが提案させて頂きます。やはりここは社長御自ら社員に向け手本を見せてはいかがでしょう。社の伝統をトップダウンで伝える。そうすれば社員は社長に尊敬の念を抱き、社のために働くモチベーションになると思うのです」


「ふむ、チミまあまあいい事を言うじゃあないか。宜しい。ではワタシが素晴らしい書類を作って見せてやろう」


「では、こちらの見積書を作成して頂けますか」


俺はまだ期限のある見積書の作成を社長に丸投げし、別の仕事に手をつける。部署の同僚も社長の事を気にしつつ自分の仕事に戻った。


社長は最初意気揚々とPCを打っていた。


「え〜、みつもりしょ…み…み…あった! ふふふ、ワタシくらいになるとPCも簡単に使いこなしてしまうのだよ」


それを見て俺は勝利を確信したね。


俺達はサクサクと仕事を進めていく。それとは対照的に社長はモタモタ見積書の文字を打ち続ける。

そして社長は滞りなく仕事を進める俺達を見て、助けを求めるように俺の方をチラチラと見てきやがった。


俺は心の中でガッツポーズをして社長の元へ行ってやる。


「社長、どうかされましたか?」


「チミ…ワタシはやっと一枚作り終えた所だ…なぜみんなあんなに仕事を進められるのかね!」


そこで俺はPCを操作してテンプレを表示して社長にプレゼンしてやった。


「書式の決まっている物はこうして大元を作っております。例えばこの書類ですとここに相手先の社名、見積額等々を入れてしまえば一文字一文字入れるよりも早く作成する事が出来るのです」


「チミ! なぜそれを早く言わん! これを使わない手はないじゃないか! 採用!」


おいおい、社の伝統はどうしたんだよ! 俺は心の中で突っ込んでほくそ笑む。ふ…敗北を知りたいね!


「ではチミ! 他の部署も回って作って来たまえ!」


俺がやんのかよ! まあいい。作っちまえばもう他から文句言われる事も無くなるだろう。

社長の決定という事で他の部署の奴らも反対する者は皆無。自分の仕事そっちのけでテンプレ作って回ってやった。トップダウン万歳!


他の部署の奴らズルいとか言ってたくせに、テンプレ作ってやったら早速使い出しやがった。お前らどんだけ現金なんだよ! てか礼くらい言いやがれクソが!


そんなこんなでこの日、社全体の少しの効率化に成功した。

世話焼いて回ったせいで俺は俺の仕事が山積みにで残業になったがな! クソがクソがクソが!



転生してから三ヶ月。俺は社食で飯を食い終え食後のコーヒーを楽しんでいた。

この頃になると同僚からもおっさん(課長)からも、さらに女性社員からも一目置かれるようになった。


「あの無能さん、前はすっごく無能でキモかったけど最近爽やかじゃない?」


「本当に! あの無能さんがあんなにしごできとは思わなかったわ!」


無能無能ってよ! 元のこいつどんだけ無能だったんだよ! クソが! 褒めんなら素直に褒めやがれ! ふ…だが、悪い気はしねえな。


俺は満足気にコーヒーを一口飲んだ。その後ろから同僚が声をかけて来た。


「よう無能。最近女性達にも人気あるみたいじゃないか。羨ましいねえ!」


「うるせえ! 無能無能言うんじゃねえよ、同僚!」


俺は笑いながら返してやる。こいつとは何故かウマがあい、こっちに転生してから仲良くさせてもらってる。


「お前こそいい加減俺のこと同僚じゃなく名前で呼べよ!」


「お前が俺の事無能って言わなきゃ呼んでやるよ」


「………じゃあ一生無理だな」


「んだと! この野郎!」


俺らは軽口を叩き合える関係になっていた。

おっさん(課長)の飲みの誘いは0.1秒で断るが、こいつとの飲みは次の日が休みならハシゴしてでも飲み続ける。

時にはこいつの家で宅飲みしたりな。こいつん家は綺麗に整頓されて家具も洒落ててな、俺の趣味とも合うし居心地がいいんだ。俺も今部屋にある家具を処分してこいつと同じ家具に入れ替えてしまったぜ。


そして俺らの部署はこいつで保ってると言ってもいい。

効率化して以来デカい商談を次々まとめて来やがって、壁に張り出された今期目標、超絶赤字からの超絶黒字へのV字回復と言うアホみたいな目標を達成…とまでは行かずとも、黒字ラインまで押し戻した本物の化け物だ。


俺はこいつのおかげで我が社のツートップとまで言われる程になった。いやあ、同僚様々だぜ。


業績が伸びているおかげか社長もあの日以来文句も言わなくなった。

それどころか俺らの部署に入り浸るようになりやがった。てめえはてめえの仕事しやがれ。鬱陶しいことこの上ない!


「チミ達のおかげで我が社の業績も好調だ。嬉しい限りだ」


「仕事に打ち込めるのは社長と課長(おっさん)のおかげです。社の伝統を投げ打ってまで私の効率化案を採用して頂けたからこその業績です」


俺は社長とついでにおっさんの事も褒めておいてやった。会社の業務が改善したのは俺の成果だと言う自負はあるが、社長とおっさんも割と素直に俺のやり方を認めてくれたからな。多少はこいつらのおかげでもある。多少はな。


その後、裏ボスの社長夫人、ザマスマダムと対峙したり、同じ部署の重爾詩(えにし)綾乃(あやの)という性格の良い女性に交際を申し込まれたり、ザマスマダムに見込まれ社長とマダムの娘デスワ令嬢とお見合いさせられたりしたが、全て断った。(本当に申し訳な…いや、勿体無いぜ!)


何故かって? 俺の勘が訴えてたんだ。もうすぐ奴が…真の無能が戻って来るってな…



そんな予感がしてから数日。俺と同僚でハシゴ酒をした帰り道、突如俺の足元にあの時と同じ出鱈目な魔法陣が現れやがった。元のこいつが無能だって事はよくわかった。向こうでヘマやらかして居られなくなり戻って来ようとしてんだろう。


クソ…せっかくこっちで居心地良く給料泥棒してたってのに、結局命掛けの成果報酬生活に戻らされるのか。

だがしょうがない。これも運命だ。さらば同僚。お前の事は向こうに戻っても三分くらいは忘れないぜ!


光が立ち昇り俺は元の自分へと戻る…と思った時だ。


「なんだその光は! 無能! 離れろ!」


同僚の叫び声と同時に俺は突き飛ばされ、代わりに同僚が魔法陣の光に呑まれちまった!


「ど…同僚!」


光は徐々に収まり、同僚が声を発した。


「ふう、戻って来れたか!…ん? なんだ? なんでボクが目の前に居るんだ?」


「てめえは…まさか…」


「んんー? どっかに鏡ないかな? お! カバンの中に櫛と鏡! どれどれ? おっほー! これは! 僕は僕じゃなくあの優秀な彼の中に戻ったのか! これは…幸運だ!」


俺は同僚の中に入り込みやがった野郎を睨みながらドスを利かせたせた声で言う。


「おい…てめえ…もしかしなくてもこの体の元の持ち主だろ! この体は返してやる! だから今すぐその中から出ていきやがれ! 同僚にその体を返せ!」


「んー…断る! この姿なら仕事も出来るし女性にもモテるしいい事ずくめ! 返す理由がないよね。でもどうせだったら女性社員の中に転生できた方がもっと良かったね」


俺は人生で初めて吐き気を催す邪悪を見た。今まで倒して来た魔王どもも邪悪ではあったがそこには奴らなりの正義と誇りがあった。

だがこいつはなんだ! 正義も誇りもない。その精神はゴミにも失礼なほどゴミだ!


「その体キミにあげるよ。ほら!」


そう言うとゴミクズは俺に何か書類のような物を押し付けてきやがった。俺はそこに書かれてあった文字を見て驚愕した。


「所有権永久移転…契約書⁉︎」


すると俺の体はあの出鱈目な魔法陣と同じように光に包まれた。


「クフフ…受け取ったね? 契約成立♪ それでその体はもうキミの物だ。キミが入れ替え魔法陣を手に入れたとしても、もう二度と誰とも入れ替わる事は出来ないよ。契約書は社会人にとって絶対だもんね?」


光が消え、契約書も消え、入れ替え不可という事は俺は元の世界へ戻る道も完全に絶たれたようだ。


だが、それは逆に俺にとっては都合が良かった。つまり俺はこのゴミクズに元の世界に戻される事はないという事だ。


同僚を取り戻す。そしてこのゴミクズをシュレッダーにかける。そのために俺はこの日から奔走する事になる。



月曜日。まず俺はおっさん(課長)に同僚の身に起こったことを報告する事にした。報告、連絡、相談は社会人の基本だからな。

だがおっさん(課長)は俺の言う事を信じちゃくれなかった。まあ、当然と言えば当然だ。


「てめえ、俺を担ごうってのか? そんな話誰が信じるってんだ! 妄想は学生時代までにしとけ」


「今すぐ信じて頂こうとは思いません。ですが頭の片隅にでも入れて、奴の動向を見て居て下さい。そのうち今までの同僚とは思えない事をやらかしますよ」


「ふん…まあ…お前のその妄想一応隅っこに置いといてやるよ。本当だとしたらそれはそれで面白そうだ」


まったく、このおっさん(課長)も口は悪いがお人好しだぜ。


で、クソゴミは早速やらかしやがった。同僚が纏めた大型商談の見積もりを間違っていたとして、相手先に法外な金額を吹っかけやがった。

当然向こうは大激怒。契約は破棄され、クソゴミは訴えてやると息巻いていたがおっさん(課長)に叱責され一瞬にして萎えやがる。


その後別の会社の契約を取ってきやがったが、今度は採算ラインギリギリの安値で話をつけてきて、おまけに現場の生産能力を加味しない超短期の納期で約束してきやがったんだ。

俺はクソゴミのデスクへ行き怒鳴りつけた。


「おい! クソゴミ! 現場から納期間に合うわけねえだろって文句来てんぞ! 相手先行って頭下げて訂正してこい!」


「ふふん、キミは何もわかっちゃいないね。現場の言う納期なんて奴らが楽したいがための余裕を持ちすぎた納期なんだよ? 現場なんて短い納期でケツを叩けばそれまでに仕上げてくるものさ」


生産現場を軽視し見下す物言いにさすがに足が出そうになるがグッと堪え、俺は現場の奴らに頭を下げに行った。なんで俺がクソゴミのケツ拭かんといかんのだ! クソが!


「無能さん…納期10万%絶対間に合わないっす! てかあの人なんなんすか⁉︎ 前はもっと現場の事考えて超余裕の納期で契約取ってきてくれてたっすよ!」


「すまん! この会社の分は他の注文に回してくれ。俺は今から相手先行って契約取り下げてもらってくるからよ」


「む…無能さん…あんたはなんて有能な無能さんなんだ!」


よくわからん感動されながら俺は相手先に出向き、怒鳴られながら頭をこれでもかと下げ、なんとか違約金無しに契約を取り下げてもらった。


だが当然会社の信用は地に落ち、V字回復傾向だった業績グラフはMの右線を書くように急降下しちまった。


クソゴミは同僚が少しずつ積み上げていった信頼を一瞬にして粉砕しやがったんだ。


「おい無能…この前のお前の話、信じてもいい気がしてきたぞ」


今までの同僚とは違うクソゴミの無能ぶりを見ておっさん(課長)もさすがに違和感を覚えたようで俺のデスクまで来て耳打ちした。


「ありがとうございます。…あの中身は俺のこの体の持ち主のクソゴミです…何とか同僚をあの体に戻してやりたいんですが…」


「なるほどなぁ…確かに元のこいつらしいっちゃらしいな。…で、何か手はあんのか?」


「いえ…奴がどうやって魔法陣を用意したのかそれを知らない限りは…ですがチンタラしてる時間もありません。このままヘマし続ければ奴はまた別の世界にとんずらしやがります。その前に吐かせないと…」


「タイムリミットありか…そりゃ…燃えるじゃねえか!」


おっさん(課長)の意外にも頼もしい言葉を聞き、焦っていた俺の心は幾分か余裕を持つことが出来た。


「俺もそれとなくあのクソ無能に誘導尋問仕掛けてみるぜ。お前が話すと警戒するだろうが俺にならポロッと何か漏らすかもしれねしな」


パワハラおっさん(課長)がこれほど頼もしく見える日が来るとはな。感慨深いぜ。


俺は心の中でガッツポーズしながら部署内を見回した。するとあのクソゴミが重爾詩綾乃さんのデスクの後ろにピッタリくっついているのが見えた。


「ふふふ、重爾詩さん、僕が仕事のやり方を教えてあげようか」


「いえ、結構です。この案件は私しかわかりませんので。ご自身のお仕事をなさられては?」


「いやいや、キミここ見なさい。なんだいこの生産数は。もっと在庫が出来るようにドンと作らせなきゃね」


ゴミクズは勝手にPCを操作して発注数を10倍にして入力しやがった。


「何をするんですか! これは今期で生産終了して新商品に切り替えるんです! こんなに作っては完全に不良在庫ですよ!」


「その時は相手先に押し付けちゃえば我が社の利益だ。もっとクレバーになろうよ、クレバーに」


キモい笑い顔、キモい話し方で重爾詩さんに絡みやがるクソゴミ。重爾詩さんはクソゴミに触られたマウスとキーボードにこれでもかと聖水(除菌スプレー)をぶっかけてから発注数を元に戻していた。


俺はクソゴミがその場を離れたのを確認して重爾詩さんの元へ歩み寄った。


「あ…無能さん…あの方最近おかしくないですか? 前は無能さんとのコンビで会社を支えているように見えたんですが…今のあの方は以前の無能さんのように無能ですよ!」


「それ、アタクシも思っておりましたわ」


俺と重爾詩さんの横から口を挟んできたのは社長の娘デスワ令嬢だ。彼女もクソゴミのクソゴミぶりに気付きやって来たようだ。まあ、気付かない方がおかしいからな。


「アタクシ無能さんにフラれてからあの方に好意を寄せておりましたの。ですが最近のあの体たらく…一体彼に何があったと言うのでしょう?」


「無能さん…何か心当たりありますか?…あの気持ち悪さは尋常じゃありません。吐き気を催します…」


ありったけの嫌悪感を隠しもせず顔に出す重爾詩さんと、同僚の変わりように困惑しているデスワ令嬢に俺は同僚の身に起こったことを話す事に決めた。同僚があの体に戻った時、嫌われてたらいたたまれないからな。


話し終えた時二人はにわかには信じられないといった表情を浮かべたが、しかし困惑しながらも腑に落ちたようだ。


「なるほど…今あの方の中にいるのは無能さんの体の元の持ち主の本物の無能ですか…」


「ややこしいからゴミクズでいいですわ! あのゴミクズ…アタクシの王子様を返してくださいまし!」


クソゴミの異常さに重爾詩さんやデスワ令嬢だけでなく、今や社内全体が奴にヘイトを向けていた。俺にとっては味方が増え嬉しくもある反面、追い詰め過ぎると逃亡しやがる可能性も高くなるためジレンマを抱える。


そこで俺はおっさん(課長)ヘイトコントロール(仕事量)を任せることにした。おっさん(課長)は奴にコピー取りとお茶汲みといった誰でも出来る事を増やし、そしてそれを褒めちぎって奴のクソ単純な自尊心を満たし逃亡を阻止してくれている。おっさんも中々優秀なタンク役だ。見直したぜ。


そのおかげで滞っていた会社の業務も何とか進み出し、業績も横ばいまで持ち直す。


重爾詩さんは奴が持ってくるコピーに聖水(除菌スプレー)をかけまくりその後ゴミ箱へと捨てたり、奴が持ってきた飲み物には絶対手をつけず、すぐに捨てに行き徹底した浄化の儀式(洗剤で洗浄)を行いやはり嫌悪感を隠さない。


デスワ令嬢も言い寄ってくるゴミクズの足をハイヒールで踏みつけ、顔を平手打ちにしたりしていたが逆に喜ばれドン引きしていた。


しかしデスワ令嬢が味方に付いたのもデカい。本来ならコピーとお茶汲みしか出来んクソゴミなんぞすぐにリストラ対象だ。だが彼女は社長(ラスボス)に適当な理由をつけクソゴミに見えない首輪をつけてくれている。


それから暫く何の進展もなく過ぎて行く。入れ替わりで向こうの世界の俺の体に入っているであろう同僚の事を心配しつつも、あいつなら要領よく元の俺の体を使いこなしているであろうことは容易に想像できる。


急いては事を仕損じる。今はあくまでも機会を、そして手掛かりを探すことに専念するべきだろう。


そしてある日の定時後、俺は残業に追われていた。クソゴミは言わずもがなとっとと帰宅して行き、おっさん(課長)も珍しく残業をせず「家族サービスするわ!」とか言って強面の顔で爽やかに言ってのけ帰宅していきやがった。ちょっとはこっちの仕事手伝えやクソが!


そこへ重爾詩さんがデスクまで来て何も言わず俺の書類を持って自分のデスクへと戻って行った。


俺が彼女の交際を断って以来申し訳なさから避けていた。彼女も俺と話しにくくなったのか必要以上の会話はなくなっていた。


今この部屋に居るのは俺と重爾詩さんだけだ。意を決して彼女に謝罪する事にした。


「重爾詩さん、手伝ってくれてありがとうございます。それから…あなたの交際を断って本当に申し訳ありません…」


「いえ。無能さんの事情を聞いて納得しました。あなたはいつか帰るかもしれない。そうなった時もし無能さんと付き合ってたとしたら私はあの真性(クソゴミ)と付き合って…」


そこまで言うと重爾詩さんは鳥肌を立てて身震いした。


「断ってもらって今は良かったと思っています。…でも、真性(クソゴミ)はもうあなたの中に戻ることはないんですよね…?」


重爾詩さんはそこまで言うとPCを操作する手を止め、息を吸い込み意を決したように言った。


「無能さん…改めて言わせて頂きます。今すぐとは言いません。同僚さんを取り戻した時…私とお付き合いして頂けませんか?」


俺は心の中で「ひゃっほー!」と叫びながらも、あくまでも冷静に彼女に返答する。


「わ…わかわかりまししった! よろよろっしく!」


おい、俺の口どうなってんだ? どんだけ動揺してんだ。肝心な所で無能になるな!

そんな俺を見て重爾詩さんは素晴らしい笑顔でこちらを見つめて力強く頷いた。


「無能さん。同僚さんを絶対に取り戻しましょう! 会社のため、お嬢様のため、そして…私達のためにも!」


そう言うと彼女は鼻歌混じりに猛烈なスピードでPCを打ち始め、俺達はあっという間に残業を片付けた。どうやら彼女の歌には味方全体バフの効果があるらしい。


俺達はそのあとカラオケに行き日頃の鬱憤を歌に乗せて晴らした。

重爾詩さんは意外にも歌謡曲が好きなようで感情を込めてしっとりと歌っていた。


「交差する〜あなたと私の運命を〜このうたに重ね〜織りなします〜♪」


素晴らしい歌声と歌い終えた後の少し照れ臭そうな笑顔で、俺の心のHPが回復していくのがわかる。バフ以外にも回復まで出来るとは元の世界でも俺の仲間に欲しかったくらいだぜ。


そして俺も家にあるアニメで覚えたたった一つの歌『魔女っ子くるりん』の主題歌を熱唱する。


「くるりんくるりんるるりんりん♪ みんなのオーラ受け取って繋ぎ合わせてクルリング♪」


歌い終わって重爾詩さんをみると彼女は苦笑いしながらドン引きしてた…クソゴミめ! もっとマシなアニメ見とけやクソが!



次の休日明け、社食で飯を終えると横におっさん(課長)が座り、辺りを見回した後小声で話しかけてきた。


「無能ちょっといいか?」


「はい。何か分かりましたか?」


「いや…手掛かりらしいもんは見つからなかったが…俺は昨日の休みあのクソゴミの家に行ってたんだ」


その言葉に俺は驚愕を隠せない。そんな俺の顔を見ておっさん(課長)は手で制し首を横に振る。


「行ったは行ったが、本当に怪しいもんは何もなかった。だからあまり期待せずに聞けよ?」


おっさん(課長)はなぜクソゴミの家に行く事になったのか、その顛末を俺に話してくれた。


クソゴミを飲みに誘いタダ飯が食えると奴はホイホイついて来たらしい。

そこでおっさん(課長)のつまらん学生時代と社内武勇伝を聞かせつつ、クソゴミに愚痴っぽく話した。


「俺は学生時代ラグビーでレギュラー張ってたんだ。その体力を見込まれこの会社に入って…」


クソゴミは全く興味を持たずジョッキのビールを飲み干し追加注文した。


「…最近よ、あの無能がしごできとか言われ始めてるじゃねえか。奴は俺の課長の座を狙ってやがんだ。ったく…もし奴をマンガみたいに異世界にぶっ飛ばせるなら今すぐやってやりたいぜ」


珍しく弱音を吐く(ように見せてるだけの) おっさん(課長)を見て、クソゴミは弱味を握れると思ったらしい。キモい笑い声をあげて提案して来たんだと。


「クフフ、課長…それならボクに任せて貰えばあいつを追放してやりますよ?」


「マジか⁉︎」


食いついて来たクソゴミにおっさん(課長)も食いついた。


「その代わり明日の休み僕の家に来て部屋を片付けもらえません? 散らかって足の踏み場も無くなって困ってるんですよねえ」


「ちっ…しゃあねえな…じゃあ行ってやるよ」


ってわけで昨日クソゴミの家に訪問したらしい。そこで見たのは食べ散らかしたコンビニ弁当の器、飲み物の空き缶、積み上がったゴミ袋の山。同僚の部屋はまさにゴミ屋敷になってたようだ。

以前宅飲みした時の整頓された趣味の良い部屋が…クソがよ!


「おいおい…ほんとに足の踏み場ねえじゃねえか! ちゃんとゴミくらい捨てろや!」


「僕って物を大切にする人じゃないですかあ」


「知らねえよ! てかゴミなんぞ大事に取っとくんじゃねえよ!」


おっさん(課長)は次々とゴミを袋へ突っ込んだ。

クソゴミは「あ! その空容器はまだ味が…ああ! その空き缶にはまだ一滴残って…!」なんぞクソみたいな事言ってたらしいが、当然おっさん(課長)はそんなもん無視して片付けた。

風呂場にもクローゼットにもはたまた洒落たチェストの中まで詰まったゴミを全てだ。


朝に来て終わった頃にはもう夕方だったらしい。クソゴミは「今日はどーもでしたー!」とおっさん(課長)を追い出しガチャリと鍵まで閉めて、出てこいと言っても完全無視を決め込んだらしい。

情報も得られず、利用するだけ利用されて、さらには片付けてる間の昼飯までおっさん(課長)が奢らされて踏んだり蹴ったりだったようだ。


「…とまあこんなところだ…」


「そうですか…ありがとうございます。おかげで一つわかった事があります」


「何? マジか! そりゃなんだ?」


「奴の部屋に手掛かりは無い。これは重要な手掛かりですよ」


おっさん(課長)は俺の矛盾している様な言葉に訝しげにこちらを見てくるので懇切丁寧(適当)に説明してやる事にした。


「奴の部屋に魔法陣や呪いの契約書が無かったとするなら、どこか別の所に隠し持っている可能性があると言う事です」


「なるほど。問題はそれがどこかって話か」


「そうです。…それに違和感もあるんですよ…」


俺が言いかけた時、後ろの方から重爾詩さんの悲鳴にも似た声が響いて来た。

俺とおっさん(課長)が振り向くとクソゴミが懲りずに彼女に絡んでやがった。


「キミ、どうして僕を避けるんだい? ただ隣に座っただけじゃないか」


「他に空いてる席があります! わざわざ私の隣に座らないで下さい!」


重爾詩さんは奴から逃げるように別の席へ移り、それをまたクソゴミが追いかける。

俺とおっさん(課長)は急いで彼女の元へと向かう。


「クフフ…こうしてると僕達付き合ってるみたいだね。そうだ! 明日からキミが僕のお弁当を作って持って来てくれ。頼んだよ綾乃」


「名前で呼ばないで下さい! 気持ち悪い! セクハラですよ!」


至極真っ当な重爾詩さんの叫び。しかしクソゴミはそれを照れ隠しと捉えやがった。


「そうだね。公私はちゃんと分けるべきだったねえ。じゃあ明日のお弁当頼んだよ重爾詩!」


「作りません! 呼び捨ても失礼です! もう近づかないで下さい!」


完全に拒絶されさすがのクソゴミメンタルも傷ついたようで、奴はガキのように地団駄を踏み、あろうことか重爾詩さんに手を出そうとしやがった。

だがすんでのところで俺達が間に合い、重爾詩さんを守るようにおっさん(課長)と二人で立ち塞がった。ふう、間に合って良かったぜ。


「おいこら! てめえ何してんだ! 今のは完全にセクハラだ! 社内のコンプラにも違反してるぞ!」


おっさん(課長)の口からブラック企業には縁遠いはずの社内コンプラとか言う言葉が飛び出て、俺は妙な感動を覚えたね。

逆にクソゴミはコンプラと聞いて鼻で笑いキモい声で言い返してきやがった。


「コンプラあ? そんなのあってないようなもんでしょ? それに同僚と親交を深めるのも業務の円滑化に寄与するじゃないですか。名前で呼ぶのもその一環ですよ? 課長、ちゃあんと意識改革しましょうよ、ね?」


弱味を握ってると勘違いしているクソゴミは、バカにするようにおっさん(課長)の肩をポン、と叩いた。当然おっさん(課長)の額には怒りの青筋が立っているが、俺が横からなんとか抑え込む。


「ちっ…とにかくてめえはもう重爾詩さんに近付くんじゃねえぞ! 社内態度も評価に影響すんだからな!」


おっさん(課長)の叱責にも余裕の態度を崩さなかったが、その本気の目を見てクソゴミはすごすごと食堂から消えて行った。


俺はそれを見届けてから重爾詩さんに声をかけた。


「重爾詩さん、大丈夫ですか? 助けが遅くなってすみません」


「いえ…助かりました。無能さんと課長が来て下さらなかったらどうなっていたか…ありがとうございます」


「おい無能、このあとどうするよ。奴を尾行し続けるわけにもいかんし」


俺は暫し思案し、出した結論は奴を泳がせる。今はそれしか思いつかなかった。



クソゴミはその後も尻尾を出す事なく、コピーと茶汲みで自尊心を肥大化させてやがる。

そして重爾詩さんは脈無しと見るや、デスワ令嬢にターゲットを移し絡むようになった。


当然デスワ令嬢はクソゴミを罵り、ハイヒールの踵で奴の足を踏みつけ、時にはボクシンググローブをつけて殴りつけたりもしていたが、その全てを悉く悦びに変換しやがるためデスワ令嬢も疲弊しきっていた。


「無能さん、あのクソゴミの相手をするのもう疲れましたわ。アタクシのコレクションのお座敷用ギロチンに首突っ込ませても宜しいかしら…」


とんでもなく物騒な物を持ち出そうとするデスワ令嬢を俺は慌てて思い止まらせる。


「ご令嬢! それはいけません。あんなクソゴミのために手を汚す事はありません」


「はあ…じゃあ電気座椅子なら宜しいかしら…」


デスワ令嬢は奴を処刑することしか頭にない程疲れ切っているようだ。どうすれば彼女を救えるか…考えているとそこへ裏ボスのザマスマダムが姿を現し、俺をぎろりと睨みつけた。


「あらあーた…アテクシの娘ちゃんをおフリになりやがりました無能さんじゃありませんの。まだ我が社の席にしがみついてたザマスか?」


デスワ令嬢とのお見合いを断ったことまだ根に持ってやがるのかよ。いい加減忘れやがれ!


「あらママ。無能さんはアタクシのことおフリになりやがりましたけれど、地味に見えて優秀なんですのよ。この方を放出するのは我が社の損失ですわ」


「ほほほ、わかってるザマスよ娘ちゃん。ちょーっとイジワルをしてみたくなっただけザマス。アテクシ、我が家の家訓を徹底してますからね」


「さすがですわ!」


家訓だあ? どうせ碌でもない家訓だろ? そんなもんとっとと焼却炉に入れて燃やしちまえ。


「娘ちゃん、人間関係でお悩みのようザマスね。そんな時の対処法ママが伝授してあげるザマス」


「ママ! それはどうすれば良いんですの⁉︎」


「それは、余りにも単純で、でも余りにも残酷な禁断の術……徹底無視ザマス!」


なるほど、奴が精神攻撃をしてくるならば無理にカウンターせずパリィするってわけか。無視され続ければクソゴミがこの世界に見切りをつける可能性も高くはなるが…

デスワ令嬢の心を回復させるためならそのリスクを負うのも悪かない。


「ご令嬢、マダムの言う通りこれからは奴が何を言って来ても無視を貫いて下さい。あなたが倒れては意味がありませんから」


「無能さん…わかりましたわ。やはり家訓は間違っていないようですわ」


そんなに大切にする家訓はよっぽど高尚なんだろうなぁ。皮肉を言いそうになりながらグッと堪え、俺は業務へと戻り事にした。



その後クソゴミには絶対に靡かない女性陣の態度に奴はイライラを募らせていくのがわかる。

もはや奴が異世界転生秒読みであろうことは火を見るより明らかであった。


「無能さん…このままでは真性(クソゴミ)が逃亡してしまいます…」


「アタクシの王子様…もう戻って来られないんですの⁉︎」


「無能! どうするよ!」


俺は焦燥感を隠さない三人に向かい、今後の方針を話す。


「重爾詩さんとご令嬢は今まで通り完全無視を貫いて下さい。そして課長(おっさん)、あなたはクソゴミを以前のように厳しく指導して下さい」


俺のその言葉に三人は驚愕の表情を浮かべた。無理もない。今まで逃さないよう対策していたのにその真逆のことをさせようとしてんだからな。


「おい無能! 奴をみすみす逃がそうってのか⁉︎」


「あ…アタクシの王子様がぁ…」


怒声と悲哀の言葉が交わる中、重爾詩さんだけは俺に信頼の眼差しを送っていた。


「無能さんが無謀な事を言い出す訳がありません。何か考えがあるんですね?」


俺は静かに頷き三人を順番に見た。


「確かめたいことがあるんです。俺を信じてこの賭けに乗ってくれませんか?」


重爾詩さんは一番に頷いてくれる。そしておっさん(課長)も頭を掻きながら、デスワ令嬢も涙目になりながら頷いてくれた。


それからと言うもの、おっさん(課長)はそのパワハラ気質をリミッター解除し、活き活きとクソゴミに檄を飛ばしまくる。

今までコピーと茶汲みで褒められたいたクソゴミは、一瞬にしてその自尊心をぶち壊されたようだった。


助けを求め重爾詩さんに絡みに行くが当然無視され、デスワ令嬢におっさん(課長)のパワハラを訴えようとも黙殺され、クソゴミは完全に追い込まれて行った。


だが、奴はこんな状況になっても異世界へ逃亡しようとはしない。

奴の性格ならば少しでもイライラを募らせた時点で転生に走るはずだ。おっさん(課長)にパワハラを受けてもそれをせずこの世界に留まり続けている。


俺の予想は的中した。

今のクソゴミには異世界転生するための魔法陣が無い。そして魔法陣や呪いの契約書を作り出すのも奴自身の力ではない。そう、奴にはそれらを作成する手段が今身近には無いのだ。


あとは奴が尻尾を出すのを待つだけだ。それを逃さないよう気を配らんとな。

それから、もし最終決戦になった時のために重爾詩さんに頼んでおきたいこともあった。それは歌を歌ってもらうことだ。


「ええ⁉︎ わ…私に歌をですか⁉︎」


俺の頼みに重爾詩さんは少し恥ずかしそうに困惑する。それはそうだ。カラオケでもないのに人前で歌ってくれって言ってんだからな。だがこれは必要になる。俺の勘がそう告げていた。決して俺が重爾詩さんの歌声を聴きたい訳ではない。うん。




今まで俺に近寄りもしなかった奴が急に擦り寄って来るようになった。よっぽど余裕がないと見える。


「やあキミ、僕に協力しようと思わないかい? 僕と組めばこの会社のツートップとして君臨できるよ? それに僕は将来の社長だ。何しろ社長令嬢と交際しているんだからね」


あんだけ無視されてまだそんなキモい野望持ってんのかよ。妄想も大概にしとけよクソが。

それにツートップに戻るのは同僚が帰って来てからだ。てめえなんぞがその場所に立っていい訳ねえんだよ!


「いや、そうだ! キミもそろそろ元の世界に帰りたいだろう? 今ならその体僕に返してくれても良いんだよ? そうすれば異世界に飛んだ彼も帰って来る、キミも帰れる、僕も元の体に戻って綾乃と…クフフ…」


俺は無言でデスクを思い切りぶっ叩き、その音でクソゴミはビビり上がった。


「おっとすまん。蚊が止まってやがってな。クソ、逃しちまったぜ」


「そ…そうか…ははは、びっくりさせないでくれよお」


「お前、俺に所有権永久移転契約書て呪いをかけといてよくそんなこと言えんな。あん時もう誰とも入れ替われねえって言ってただろ」


「クフフ…それは脅しさ。契約ってのはね、双方の合意が必要なんだ。これ、社会人の常識だよ? キミ騙されやすいんだねえ。詐欺には気をつけなよ?」


こいつ…クソゴミの上に生粋の詐欺師かよ…すっかり騙されてたぜ。

だが、これは良い情報だ。契約書を使った時点でこいつは俺にこの体を譲る意思を示した。だが確かに所有権移転契約の合意を俺自身がまだしていない。


「つまり今の俺はお試し期間…俺が合意しなきゃ元に戻れるって事か」


「そうだよ? 安心したかい?」


「だがそれをするのは同僚を元に戻してからだ。さっさと元に戻せクソゴミ」


「今すぐには無理だよ。何をするにも準備が必要だからねえ。次の休みにキミの家、元僕の家で宅飲みでもしながら今後の方針を決めないかい?」


「ふん。てめえと飲むなんてごめんだね。…だが、同僚のためだ…考えといてやる」


「良い返事を期待しているよ。クフフ、次に転生を楽しむなら『最強女性冒険者』に転生しようかなあ」


クソゴミはキモい笑い声と吐き気を催すような計画を口にしながらコピー業務へと戻って行った。

奴が立ち去ったのを見てから、その後すぐにデスワ令嬢が俺のデスクへとやって来た。


「お話し聞いていましたわ。あのクソゴミの言う事信じられますの?」


「今の奴に嘘をつく余裕はないでしょう。俺に擦り寄って来るほど追い詰められていると言う事です」


「その魔法陣という物がよくわからないのですが、ちゃんと王子様を元に戻す事は出来ますの? 別人と入れ替わるという事はないんですの?」


デスワ令嬢の懸念ももっともだ。現に奴というクソゴミが同僚の体に入っていやがるからな。

だがその点について俺はある程度確信を持っていた。


「それは大丈夫でしょう。基本的に指定した相手と入れ替わる魔法陣のようです。でなければ奴が向こうから帰って来た時この体に魔法陣が現れないはずですから。まあ俺は同僚に庇われた訳ですが…あと、奴の口ぶりからある程度の曖昧な指定もできるんじゃないでしょうか。異世界に転生する場合に、『最強冒険者に転生』という風に」


「なるほど! だから最初あなたとあのクソゴミが入れ替わってしまわれたのですね!」


「はい。そして魔法陣や呪いの契約はどちらの世界にも持ち越せるようですね。奴が同僚の体を乗っ取ってすぐ所有権永久移転契約書を使って来ました」


「あなた、見た目は地味ですのに頭がキレますのね。家訓の通りですわ」


だから、その家訓てのは何なんだよ。見た目を馬鹿にしようって家訓か? だったらそんなもんとっととトイレットペーパーとして流しちまえ!



そして次の休日。俺は諸々の準備をしてからクソゴミを家へと招き宅飲みする事となった。奴は懐かしそうに部屋を見回している。


「ああ、この傷! 僕が身長を測った時の傷だ! 毎年測ってたけど全然伸びなくて、同じ所ばかり傷が深くなっていったんだ。懐かしいなあ。あれえ? 家具はまるっきり変わっちゃってるね。僕の趣味に合わないなあ」


こいつなんて事してやがったんだ。ガキじゃあるまいし! しかもこの部屋賃貸だろうが! 勝手な事していいと思ってんのかよ!


「クフフ…『魔女っ子くるりん』もちゃんとあるね。キミも楽しんでくれたかい?」


ああ! そのおかげで重爾詩さんにドン引きされたよ! クソが!

心の中で悪態をつきしょうがねえから奴の分の酒を用意してやる。


「いやあ、人からもらうタダ酒ってのはどうしてこんなに美味しいんだろうねえ! あ、ここは元僕の家だし僕の酒でもあるのか」


「んな訳あるか! この酒は俺の給料で買った俺の酒だ。勘違いすんじゃねえクソゴミが!」


「まあまあ、そんなにカッカしないで。ほら、キミも飲みなよ」


言いながら奴は二本、三本と次々開けていきやがる。そして酒が回ったからか奴は饒舌になっていく。


「魔法陣を作るには材料として会社の契約書が必要なんだよねえ。それを元に転生魔法陣や転移魔法陣や呪いの契約書を作るのさ」


「だったらそれ用意して来てんだろうな?」


「してる訳ないじゃないか。材料は教えても、作り方までは教えられないからねえ。企業秘密だよ企業秘密! あ、お酒もうないよ? 持って来てくれないかい?」


「クソ…足元見やがって…」


俺は部屋を出てキッチンの冷蔵庫から追加の酒を取り出した。毎日の晩酌用の酒がみるみる無くなっていきやがる…


クソゴミはガブガブと酒を飲み続け、そしてアルコールの作用によりもよおして来たようだ。


「ああ…漏れる漏れる! トイレ! 行かせてもらうよ!」


「言ってないで早く行けクソが! ここで漏らしやがったらデスワ令嬢にギロチン借りて来るぞ!」


俺の本気の脅しに部屋を飛び出しドアを閉め慌てて駆けていきやがった。


そして暫く。奴はトイレに行ったきり戻って来ない。トイレを確認すると奴の姿は無かった。

俺は部屋へ戻り一通り見回してからスマホ(魔道具)で連絡を入れた。

慌てず、冷静に。


そして魔道具を手に最終決戦の地へと向かった。



すっかりホワイトになり休日出勤をする社員も居なくなった電灯の消えた薄暗い会社のオフィス。

そこに手に何やら持った一匹のデカいネズミの影がチョロチョロと現れた。


PCを操作し、契約書をプリントしてネズミは呪文を唱え始める。


『くるりんくるりんるるりんりん♪』


「何歌ってんだ?」」


ネズミは驚いたように入口に立つ俺の方へと振り向いた。俺が電灯を点けるとネズミの姿が顕になる。それは当然あのクソゴミだ。その手には『魔女っ子くるりん』のパッケージを持つのが見える。


「なるほどな。契約書を材料にその魔女っ子くるりん(魔道具)を持ち歌うことで魔法陣やらを作ってたってわけか」


「き…キミ…どうして僕がここに来るとわかったんだ⁉︎」


「わからんわけねえだろ。あんだけ会社に行く素振りを見せてたじゃねえか」


クソゴミは一瞬たじろいだがすぐにキモい余裕の笑みを浮かべた。


「クフフ、よく見抜いたね。この魔女っ子くるりん(魔道具)を見つけたのは偶然でね。数ヶ月前公園に落ちていたのを拝借したんだ。アニメの内容も素晴らしく、会社まで持って来るほどのお気に入りだったのさ。そして、契約書の前で主題歌を口ずさんだらこれまた偶然出来ちゃったんだよ。魔法陣や呪いの契約書がね。見たまえ、この契約書こそ異世界転生魔法陣。ここに僕の名前と転生先を書き込めば…」


奴はデスクからペンを取り、大急ぎで記入していく。


「ほーら、これで僕はどこかの有能女性冒険者に転生出来る」


「てめえ…同僚を戻す話はどうした!」


「あれえ? そんな約束したっけかな? ほら僕、忘れっぽいから」


どこまでも不快で嫌悪の権化のようなクソゴミに本格的に吐き気が襲って来る。


「じゃあね。僕は転生するとするよ。この体に入った可哀想な女冒険者を慰めてあげたまえ」


奴はニヤリとキモい笑みを浮かべながら契約書を上へと放り投げた。

そしてそれはヒラヒラと舞い、何も発動することなく奴の足元へと落ちていく。クソゴミはその光景に驚愕する。


「な…なんでだ! なんで魔法陣が発動しない⁉︎」


「そりゃそうだろ。魔道具(魔女っ子くるりん)はここにあんだから」


俺は円盤の中央の穴に人差し指を差し入れクルクルと回してみせた。クソゴミは驚き慌ててパッケージを開き中が空なのを確認し、顎が外れるんじゃねえかってくらい口をあんぐり開けてやがった。


「な…なん…なんで! なんでなんで⁉︎」


なんでなんでうっせえな。驚きすぎて語彙力無くなってんじゃねえか。


「今の俺の家にはお前が使ってたもんはほぼ残っちゃいねえ。元の家具は処分して全部同僚と同じもんと入れ替えたからな。で、元のお前の持ち物はスマホ(魔道具)と下着やスーツ、そしてこの円盤ってわけだ。もしこの中に魔道具があった場合てめえは必ず持ち出す。だから俺はお前が来る前に諸々準備しといたのさ。へっ! 魔道具がそのパッケージの方じゃなくて助かったぜ」


「だからって! なんで家に魔道具があるってわかったんだよ! そうか! お前異世界の能力を使って調べたんだな⁉︎ チートだ! チーターだ!」


「馬鹿かてめえは。今の俺には特殊能力なんて一つもねえよ。家に魔道具があると予想出来たのは違和感を覚えたからだ」


「な…なんだと⁉︎」


「てめえはゴミ屋敷になった部屋を課長(おっさん)に片付けさせたんだよな。同僚と入れ替わってそんなに日が経ってないはずなのに完全なゴミ屋敷。そんな自堕落なてめえなのに俺が転生して来た時には俺の部屋にはゴミなんて一つもなく整然としていた」


クソゴミはハッとしたように口を開けると、すぐ固唾を呑んだ。


「つまり、元のてめえは会社で書類を作り自宅にストックしておき、ゴミが出るたびこの魔道具(円盤)を使って転送魔法陣を作りゴミを異世界転移させてた。だからあんなに整然としていた。そりゃ毎日毎日『くるりんくるりん♪』聞かされてりゃ、隣人も壁ドンするわな。どうだ? どこか間違ってるか?」


悔しそうに歯軋りをするクソゴミ。わかりやすくていいねえ。


「なるほどなあ。お前があん時言ってた違和感ってのはそれか」


俺の後ろから連絡して呼び出したおっさん(課長)が姿を現す。


「異世界にゴミを不法投棄…最低ですわね!」


デスワ令嬢も怒りを露わに登場する。


「人としてあなたを軽蔑します」


同じ空気を吸いたくないのか口元をハンカチで隠し聖水(除菌スプレー)をクソゴミに向けて噴射しながら重爾詩さんも入って来た。


おっさん(課長)が前に出て、その後ろに俺、そしてデスワ令嬢と重爾詩さんが並んで俺の後ろに立ちドアを閉める。これでクソゴミの退路は完全に絶った。詰みだ。


だが奴はこの後に及んでまだ悪あがきをして来やがった。


「そうだキミ! その体を今すぐ返したまえ! その魔道具(円盤)があれば今の僕と入れ替える魔法陣が作れるだろう? そしてキミは元の世界へ帰る! そうすれば彼も戻って来る! ハッピーエンドじゃないか!」


俺は大きくため息をついて首を振り、そして奴に向かって言い放つ。


「俺はこの体の所有権永久移転契約に同意する!」


「え⁉︎」


俺の言葉にクソゴミは間抜けな顔で驚く。そして俺の周りから光の柱が立ち昇り双方の合意によりこの体は正式に俺のものとなった。

クソゴミはまだ間抜けな声を出し続ける。


「え? え! ええ⁉︎」


「これで俺は入れ替えも転生もできない。だったよな? クソゴミ!」


おっさん(課長)はニヤリと笑い俺を見て、デスワ令嬢は拍手して喜び、重爾詩さんは俺の手をとって頷いたあああ! って動揺すんな俺!


「認めない! 認めない! こんな契約無効だ! 契約解除だあ!」


「契約解除? そんなの俺が認めない。知ってるか? 契約締結が双方の合意が必要なように、契約解除も双方の合意と時には違約金が必要なんだよ。これ、社会人の常識だぜ?」


俺は重爾詩さんに手を握られ内心ドキドキしながら奴に言ってやった。俺の口よ。よくぞもつれず動いてくれた!


「返せ返せ返せ! その体は僕のだ! 返せー!」


クソゴミが俺に向かって突っ込んで来る。だが、それをおっさん(課長)ががっしりと抑え込んでくれた。


「へっ! なんだあ? スクラムでも組むかあ? 俺はこう見えてパパさんラグビーのレギュラーだぜ! てめえみたいなヒョロガリに負けやしねえぞ!」


「なんで! なんでだよ! なんでみんなそいつの味方なんだ! それは元々僕だぞ! 今の僕もこんなイケメンなんだぞ! なんでそんな地味野郎にい!」


クソゴミは鼻息荒く必死に押し続けるがおっさん(課長)は微動だにともしない。さすがだぜ。

そしてデスワ令嬢も奴に精神的に追い打ちをかける。


「あなた、何もわかってらっしゃらないのね。『見た目は最初、最後は中身』これ、我が家の家訓ですの。最初容姿に惹かれたとしても、最後、中身が腐っていればその方とはお付き合いいたしませんの。ですから、腐り切って腐敗菌を撒き散らすあなたにアタクシが好意を持つことなんてミジンコの心臓ほどもございませんわ」


最終的には中身でその人の価値が決まるってか。中々良い家訓じゃねえか。これ絶対今の社長が考えたもんじゃねえな。


そして俺はおっさん(課長)が抑えてくれている間にPCを操作してテンプレから書類を作成。こいつと同僚の名前を書き込み、重爾詩さんに目配せをした。


俺は素早く彼女の元へ戻り、その手に書類と魔道具(円盤)を渡し以前頼んでおいた歌を歌ってもらう。


『くるりんくるりんるるりんりん♪ みんなのオーラ受け取って繋ぎ合わせてクルリング♪』


重爾詩さんの素晴らしい声で魔女っ子くるりんの主題歌が歌われる。恥ずかしそうにする彼女を見て申し訳なさが満タンになる。


「くそおお! 僕を放出する事は会社にとって大損失だぞおお!」


「そう思ってんのはてめえだけだ。見てみな!」


俺の言葉でデスワ令嬢はオフィスのドアを開け放つ。その外の廊下には社長やザマスマダムをはじめ、奴に苦しめられた生産現場の社員達がズラリと並んでいた。


「有能な無能さん! クソゴミのリストラ会場はここですか!」


「ああ! みんな特等席で見ていきな!」


社員達は勝鬨のようにわっと声をあげる。重爾詩さんの歌バフもあり廊下は一気に盛り上がった。


「ん〜…この一体感、このカタルシス…最っ高ザマス!」


「そうだねえ、マイワイフ。という事でチミ(クソゴミ)クビ!」


感動に震えるザマスマダムの横で、社長はクソゴミを指差してあっさりと解雇通告を言い渡した。


「認めない! 認めない! 不当解雇だ! 僕からコピー業務を奪うなぁ!」


「あーた、娘ちゃんや他の女性社員にセクハラして回って、コンプラ違反もして、更には会社の信用を著しく毀損し、業績をM字降下させたそうじゃありませんの。解雇事由に十分ザマス」


ザマスマダムの言葉に喚き散らすクソゴミ。

俺は重爾詩さんが完成させてくれた魔法陣を受け取り、令状のように奴に見せつける。


「てめえは歌の序盤だけで不完全な魔法陣を作った。だから同僚が庇って入れ替わっちまった。だが、この魔法陣は完璧で完全な片道切符の魔法陣。ここにいるみんなのオーラを受け取って繋ぎ合わせたクルリング(魔法陣)、最高に最強だぜ!」


俺はクソゴミに向かい魔法陣を放り投げた。奴の足元に綺麗な紋様の魔法陣が現れ光の柱が立ち昇る。


「じゃあなクソゴミ。てめえの事なんぞ三分後には忘れてるぜ」


「うわああ! いやだ! 来るな! 来るなあ!」


クソゴミはオフィス内を逃げ回る。だが完璧完全な魔法陣は奴の足元から離れる事なく追尾し、断末魔のような叫び声を上げた後、光は徐々に消えていきオフィスは静寂に包まれた。


俺達は全員固唾を呑み静かに立ち尽くす同僚を見守る。そして、その瞳が開きニヤリと白い歯を見せやがった!


「やっぱり、お前の仕業だったか。助かったぞ、無能!」


「同僚!」


静まり返っていたのが嘘のように一斉に歓声が沸き起こる。廊下の社員達は跳ねながら喜び、社長とザマスマダムは頷きながら拍手し、俺と重爾詩さんとおっさん(課長)はお互いを労うように握手し、そしてデスワ令嬢は同僚に駆け寄り飛びつき抱きついた。


同僚もまんざらでもない様子で照れてやがる。実はあいつらすでに付き合ってやがったな⁉︎ 隅に置けねえな、この野郎!


こうして同僚を取り戻すクエストは達成された。俺はもう元の世界へは戻れない。だが全く後悔はない。ここで出会ったクセの強いこいつらとこれからも楽しくやっていくつもりだ。



そして月曜日。昼休みに俺と同僚はコーヒーを飲みながら転生について話をしていた。


「なんとなくそんな気はしてたが、やはりあちらの世界のあの体は元々お前のものだったか」


「ああ。同僚、お前なら俺の体を使いこなして無双してるだろうと思ってたよ」


「それなんだが、最後入れ替わる前まで受けてた依頼がヤバすぎてな…あのタイミングで戻って来れて本当に良かったぜ」


このなんでもそつなくこなす同僚がヤバすぎとまで言う依頼だと…?


「あの時俺は巨大カマキリ退治の依頼を受けて討伐していた。だが奴らは次々に卵を産みやがってな。そっからまたカマキリが発生する無限地獄さ。いやあ、あの魔法陣が足元に出てきた時心底ホッとしたぞ。無能、お前のおかげだな」


「なるほど…って事は今頃入れ替わったクソゴミはシュレッダー(カマキリ)地獄って事か。くくく…いい気味だぜ!」


「それにしても、あの体がお前のだと…ぷぷぷ」


同僚は俺の方を見ながら何やら思い出し笑いをし出す。その様子から何やら俺に対し失礼な事を言い出す予感がした。


「なんだ…何笑ってやがんだ」


「だってお前…向こうの世界での名前が『ムノー』じゃないか! 名前で呼べって怒ってたが、知らずに俺は名前で呼んでたんじゃねえかよ。ムノー(無能)ってな!」


同僚は俺の元の名前に大笑いしやがる。失礼にも程があるぜ!


「俺が向こうにいた時は、『百戦錬磨の無双のムノー』って評判だったんだよ!」


「そうなのか? 俺が向こうに飛ばされたばかりの時は『百鬼夜行の変態ムノー』って呼ばれて、煙たがられて大変だったんだがな…」


妖怪扱いかよ! あのクソゴミ…俺と入れ替わってた三カ月の間に一体何してやがったんだ…


「しかし今更名前で呼ぶのも小っ恥ずかしいぜ。俺はこれからもお前のことは同僚と呼んでやる!」


「ふふ…それで良い。俺は同僚で、お前は無能(ムノー)。俺達が会社のツートップだ」


「へっ…だな。宜しく頼むぜ、相棒!」


俺達はコーヒーで乾杯し、そして固く握手を交わした。



その後同僚とデスワ令嬢の縁談がトントン拍子に進み結婚する運びとなった。

こんな早く結ばれるなんてやっぱお前ら付き合ってただろ! こんちくしょう! 永久に幸せになりやがれよ!


そして二人の結婚式に参列し、ブーケトスとなる。

俺の後ろにおっさん(課長)、隣には重爾詩さんが立ち同僚とデスワ令嬢に拍手を贈っている。


そしてデスワ令嬢がブーケを投げ、それを見事に俺がキャッチ! これで俺が次の花嫁よ!…ってなんでだよ!

デスワ令嬢! 狙って投げんなら重爾詩さんの方だろ!


俺が二人の方に視線をやると奴らはにやつきながら目配せしてきやがった。

ちっ…そう言う事かよ!


俺は重爾詩さんに向かい、ブーケを差し出す。俺の口よ、どうか動揺しないでくれよ!


「重爾詩さん、あの時の返事させてもらいます。そして、俺の方から改めて言わせてもらいます」


重爾詩さんは胸に両手を当て頬を染め俺の言葉を待っているようだ。


「俺と、お付き合いして下さい!」


重爾詩さんはブーケを受け取り短く、だが澱みなくはっきりと答えてくれた。


「はい!」


俺の告白と同僚達の結婚式に拍手が巻き起こる。ったく! 照れくさいったらないぜ。


そして俺はクールにカッコよく彼女の名前を呼んだ。


「よよ…よろっしくおねがいしっます! 綾ちゃん乃さん!」


おい俺の口! 大事なとことで無能になってんじゃねえ!

だが綾乃さんは笑顔で返事をしてくれた。


「はい! こちらこそ宜しくお願いします。 これからずっとずっと! ね、無能さん!」


後ろからおっさん(課長)がすっげえ笑顔でバシバシと俺の背中を叩いてきやがる。痛えっつーの!


そして俺と綾乃さんは自然と手を繋ぎ、同僚達の結婚式を祝福した。


へっ! 無能に転生するのもまあ悪かねえもんだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ