第1話:世界(システム)の実行権限エラー
「努力は、才能に勝てない。――では、システム(神)はどうだ?」
英雄の息子として生まれ、無能として捨てられた少年・カイ。
彼は知っていた。この世界が、祈りや血筋ではなく、欠陥だらけの「魔導プログラム」で動いていることを。
選ばれし者にしか許されない魔法。
聖女に押し付けられた「自己犠牲」という呪い。
全てはバグだ。
これは、管理者権限を手に入れた少年が、神の書いたクソゲー(世界)を根本からデバッグ(解体)し、再構築していく物語。
空は、不自然なほどに青かった。
この「聖都」を覆う空が、高度な天候維持魔術によって描画された偽物であることを、市民の誰一人として疑わない。
「カイ・フォン・ブラウフェルス。貴様をブラウフェルス公爵家から追放し、全魔導資格を剥奪する」
大聖堂に冷徹な声が響く。声の主はカイの実父であり、帝国最強の魔導師の一人だ。
カイの足元には、砕かれた「適性水晶」の破片が散らばっている。
この世界では、水晶に触れた際に発現する「ギフト」の出力がすべてだ。火、水、風、あるいは希少な光。しかし、カイが水晶に触れた時、そこには属性の色すら浮かばなかった。
「無能が。英雄の血筋を汚した罰だ、死なぬだけ慈悲と思え」
義理の兄たちが嘲笑う。彼らの背後には、神から与えられた強大な魔力のオーラが、物理的な圧力となってカイを押し潰そうとしていた。
カイは一言も発さず、ただ床を見つめていた。
悲しんでいるのではない。笑いを堪えていたのだ。
(……見えていないのか? このデタラメな世界が)
カイの視界には、父や兄たちが纏う「神のオーラ」など映っていない。
代わりに、彼らの周囲を浮遊する、無数の半透明な『文字列』が見えていた。
Status: Active
Output_Limit: 8000
Class: Fire_Mage (Authorized)
Warning: Source code is messy.
父の放つ威圧感も、兄の炎も、カイにとっては「実行権限を許可されたプログラム」の挙動に過ぎなかった。そして、そのプログラムは驚くほどに穴だらけだった。
追放を言い渡され、聖都の最下層、ゴミ溜めのようなスラム街に放り出されたカイは、夜の闇の中で独り、空中に指を滑らせた。
「さて……『ギフト』がないんじゃない。お前たちのOSが、俺を認識できないだけだ」
カイは虚空に浮かぶ不可視のコマンドラインを叩く。
彼には幼い頃からわかっていた。この世界の理は、祈りや才能ではなく、記述された「法」で回っている。
「管理者ログイン。ユーザー:KAI。パスワード――『神なんていない(No_God_Exists)』」
【Access Granted. System Admin Mode: ON】
脳内に無機質な音が響く。その瞬間、カイの視界から「偽物の空」が消え、世界を構成する剥き出しの文字列――ソースコードが奔流となって流れ込んできた。
その時だ。
路地裏の奥、廃棄された魔導人形の残骸の影で、何かが動いた。
「……殺して。お願い、もう……無理……」
弱々しい、鈴の鳴るような声。
そこにいたのは、ボロボロの修道服を纏った少女だった。
彼女の背中には、真っ白な翼のような紋章が刻まれている。
帝国が誇る聖女の証――『至高の治癒』。
しかし、その紋章は黒ずみ、彼女の肌を焼いていた。
彼女が誰かを治癒するたびに、その「痛み」と「汚れ」が彼女自身の肉体に蓄積される呪いのシステム。
「君が、今代の『聖女』か。ひどいな、バッファオーバーフローを起こしてる。このままじゃ君の魂が壊れるぞ」
カイが歩み寄ると、少女――リアは絶望に濁った瞳を向けた。
「触らないで……汚れが、あなたに……。私は、みんなの泥を捨てるための、ただの『器』なの……」
「器、ね。誰がそんな仕様に決めたんだ?」
カイはリアの背中の紋章に指を触れた。
本来、聖女の紋章に触れられるのは神に選ばれた者のみ。不浄な者が触れれば、即座に浄化の炎で焼き尽くされるはずだ。
だが。
「『聖属性:治癒』……ふん、非効率なコードだ。他人の負債を自分に書き込むなんて、バグ以外の何物でもない」
カイの指先が青白く光る。
「書き換え(オーバーライト)を開始する。属性定義、変更。――『聖』を削除。新たに『虚』を定義」
「え……? なに、を……」
リアの瞳が大きく見開かれた。
熱く、苦しく、彼女を苛んでいた背中の紋章が、一瞬にして冷徹な「力」へと変質していく。
「他人の傷を引き受けるのは終わりだ。これからは、受けた攻撃を無に還せ。……いや、そのエネルギーを『変換』して、君を傷つけた奴に叩き返してやれ」
【Update Complete. Class: Ruin_Bringer】
その直後。
スラムを捜索していた公爵家の騎士たちが、カイを見つけ出した。
「見つけたぞ、無能のカイ! 聖女様を離せ! その汚い手で触れるなど死罪に値する!」
騎士が、強化魔術を施した剣を振り下ろす。
かつてのカイなら、その風圧だけで命を落としていた。
だが、カイは動かない。
指を一鳴らし、一言だけ呟いた。
「――権限拒否。その攻撃の実行を、俺が許可しない」
キン、という軽い音と共に。
騎士の剣が、まるで最初から存在しなかったかのように、カイの目の前で「粒子」となって霧散した。
「な……!? 何をした!?」
「何もしないよ。ただ、この世界のバグを一つ、修正しただけだ」
カイの隣で、リアがゆっくりと立ち上がる。
彼女の瞳からは絶望が消え、底冷えするような黒い輝きが宿っていた。
世界を管理する「神」が定めた運命。
血統という名の認証システム。
そのすべてを、泥の中から現れた二人の「バグ」が塗り替え始めた瞬間だった。
少年漫画を読んだ時、誰もが「努力で運命を覆す」ことに熱狂したはずです。
しかし、現代を生きる僕たちは知っています。世の中には、努力だけではどうにもならない「構造的な壁」があることを。
だったら、その構造自体をハッキングしてしまえばいい。
そんな想いを込めて、この「泥の王」を書き始めました。カイとリアの反逆を、最後まで見届けていただければ幸いです。




