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ゼロから始まる単身赴任の食卓

俺は52歳。身長180センチ、体重110キロ。

転勤前の特定健診の紙に、無言で刻まれた数字だ。


社会インフラを支える電気設備工事業。


点検に工事、昼夜問わず呼び出される仕事で、気づけば中間管理職になっていた。

だが管理職といっても、実態は「現場の延長」。

残業は人に言えないほど、夜勤は会社に知られたら面倒なほど。


そんな生活を何年も続けてきた。

家では、嫁も普通に働いていた。

しかも俺より稼ぐ。


だから我が家の食卓は、外食か中食が基本だった。

家庭料理は、たまに気まぐれで登場する“逃げないは〇れメタル”みたいなものだった。


そこへ世界的感染症。

外食は昼だけ、夜はほぼ中食。


街の灯りが早く消えるようになり、俺たちの食卓もさらに簡素になった。

そんな中で、会社から言われたのが「研修所の常駐講師」。


あれほど不規則だった生活が、急にスタンプを押すように規則正しくなった。


朝起きて、決まった時間に講義して、決まった時間に帰る。

まるで別の人生に乗り換えたようだった。


そして単身赴任。

嫁の作る料理も、外食の選択肢も、もうない。

気づけば、夜の食卓だけがぽっかり空白になっていた。


もともと「何かを作る」ことは嫌いじゃない。

むしろ、現場仕事で培った“手を動かす感覚”は、料理にも向いている気がした。


――だから俺は決めた。


せめて晩ご飯くらいは、自分で作ろう。


その姿を想像してみる…


――包丁の重さ、まな板の音、湯気の立ちのぼる鍋。

――ぎこちない包丁使い、鍋の扱い

――時間ばかりかかってろくなものができない

――材料費ばかりかかって、コスパ悪いったらありゃしない


でも、次第にその時間が悪くない、そんな決断が正解だった、と思える日が来るかもしれない

誰のためでもなく、自分のために作る晩ご飯。


それは、忙しさに押し流されてきた俺が、ようやく自分の生活に手を伸ばした瞬間…それが「スタンプを押したような規則正しい勤務に裏打ちされた単身赴任生活の食卓」なのかもしれない、


誰が言ったかは知らないし、それが的を射ているのかもわからないが…「食卓は、暮らしの中心」だという…らしい…ホントカ、オイ

ならば、単身赴任のこの部屋で、いろいろしてみよう…そう思った俺は「世界的な通販会社」で、道具類を買い込んだ。

まずはガスコンロ。

この部屋、まさかの“未設置”。

仕方なく自分で買うことにしたのだが、選んだのはなぜか プロユースに近い5万円の代物。

52歳、単身赴任、料理初心者。

どう考えてもオーバースペックだ。

しかも、買ったあとで気づいた。

魚焼きグリルがついていない。

「魚なんて焼くのめんどくさいし、別にいらんだろ」

そう強がってみたものの、ネットの記事を読んで大後悔。

“魚焼きグリルは、実は万能調理器具。

トースト、野菜、肉、なんでもいける。”


……おい。


それ、先に言ってくれ。

俺は画面の前でしばらく固まった。

5万円のコンロを前に、料理初心者のくせに“プロっぽさ”に釣られた自分を静かに反省した。

でも、もう買ってしまったものは仕方ない。

このコンロと一緒に、俺の単身赴任生活もスタートするのだ。

さて、5万円のコンロよ。

お前と俺の付き合いは、今日から始まる。


「ここから始まる単身赴任の食卓」


なんだか深夜アニメのタイトルみたいだな…と苦笑しながら、ガスコンロを設置した。

火をつけると、小さく青い炎が揺れた。

その光を見ていたら、なんだか少しだけ胸の奥が温かくなった。

この部屋で、俺はまた一から暮らしを作っていく。

不器用でも、時間がかかっても、コスパが悪くても。

青い火の向こうに、そんな未来がぼんやりと見えた気がした。

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