第5章:水がただだと思った? いえ、これは価値ある自由なの
ステーキとサラダバーの成功で、『レティーナ』はエルベルグに無くてはならない存在となった。客は引きも切らず、店の経営は順調そのもの。だが、私は次なる一手を見据えていた。それは、食事の満足度を決定づける重要な要素――“飲み物”だ。
これまでの飲食店では、水は無料で提供されるか、高価なエールやワインを注文するしかなかった。子供や酒が飲めない者は、選択肢がほとんどない。これは、大きな機会損失だ。
「よし、次はドリンクバーを作りましょう!」
私の宣言に、手伝いのアンナは首を傾げた。
「ドリンクバー? 飲み物も、サラダみたいに自分で?」
「ええ、そうよ。飲み放題で、好きなものを好きなだけ。子供からお年寄りまで、誰もが楽しめるようにするの」
私は早速、厨房の片隅で開発に取り掛かった。ただ飲み物を並べるだけでは面白くない。ここでも、魔法とスキルを応用する。
まず、大きな魔石を動力源にした冷却魔法陣を設計。これで、いつでもキンキンに冷えたドリンクを提供できる。さらに、水の魔石に圧力をかけて炭酸ガスを発生させる「炭酸化魔法陣」も組み込んだ。
数日後、店のサラダバーの隣に、新たな機械が設置された。いくつかのレバーが付いた、不思議な装置だ。
【新登場! 魔法のドリンクバー!】
・ステーキご注文のお客様:銀貨1枚で飲み放題!
・(メニュー:炭酸水、オレンジジュース、ベリーソーダ、アイスコーヒー etc.)
「うおっ、なんだこれ!」「レバーを倒すと飲み物が出てくるのか!」
子供たちが目を輝かせて装置に群がる。彼らがレバーを倒すと、コポコポと音を立ててグラスに炭酸の泡が弾けるベリーソーダが注がれる。
「わー! しゅわしゅわする!」「おいしい!」
もちろん、ジュースの果物も【食材進化】で糖度と香りを最大限に引き出したもの。アイスコーヒーは、私が独自に焙煎方法を研究し、【味覚解析】で雑味と酸味のバランスを整えた逸品だ。
大人たちも、最初は「飲み物にまで金を払うのか」と渋っていたが、一度試すとその価値を理解した。
ステーキの脂を爽やかな炭酸水で流し込む快感。食後に、香り高いアイスコーヒーで一息つく贅沢。これまで味わったことのない食体験が、そこにはあった。
ある日、一人の老紳士が私に話しかけてきた。
「嬢ちゃん、あんたは商売がうまい。水がただだと思っていた我々から、銀貨1枚を取る仕組みを考え出したんだからな」
「あら、違いますわ」と私は微笑んで返した。
「私は、ただの水に値段を付けたのではありません。何を飲むか、どれだけ飲むか、それを自由に“選べる価値”に値段を付けたのです。水がただだと思った? いえ、これは価値ある自由なの」
私の言葉に、老紳士は目を丸くし、やがて愉快そうに笑った。
「はっはっは! 一本取られたな! 確かに、この自由は銀貨1枚以上の価値がある!」
ドリンクバーの導入により、客の滞在時間は延び、客単価も上昇した。だがそれ以上に、食事の時間がより豊かで、楽しいものになった。子供たちはジュースを、父親はステーキと炭酸水を、母親は食後のコーヒーを。家族全員が、それぞれの楽しみ方で満たされる空間。
『レティーナ』は、ただ腹を満たす場所から、人々の心を満たす場所へと、また一歩進化したのだった。




