第12章:肉の向こうに見えた、満腹の景色
それから、長い年月が流れた。
『ステーキハウス・レティーナ』は、我が国だけでなく、海を越えた隣国、さらには大陸の果ての国々にまで広がっていった。レティ式フランチャイズシステムは、異世界におけるビジネスモデルのスタンダードとなり、多くの人々に富と、そして満腹をもたらした。
私の名前は、様々な形で語り継がれるようになった。
ある者は私を、一代で巨大な食の帝国を築き上げた、天才経営者と呼んだ。
ある者は私を、ミディアムレアやソフトクリームを世に広めた、偉大な料理人と呼んだ。
そして、多くの人々は私を、食という最も根源的な欲求を通じて、人々の間にあった垣根を取り払い、平和の礎を築いた「食の革命家」と呼んだ。
かつて私を追放したアルフォンス殿下は、自らの過ちを認め、弟のセオドア殿下に王位を譲った。賢王となったセオドアの治世の下、王国はかつてないほどの繁栄を謳歌した。そして彼は、生涯私の良き友人であり、良き協力者であり続けてくれた。たまに店にやってきては、「君のステーキがないと、どうも政務に力が入らなくてな」と笑うのが常だった。
私自身はどうなったかというと――。
ジュウウウッ!
今日も、熱い鉄板の前で、完璧な一枚を焼いていた。
最初の店、エルベルグの『ステーキハウス・レティーナ』本店。ここだけは、誰にも譲らず、私の厨房であり続けた。
「レティシア様、1番テーブル、サーロインのミディアムレア、入ります!」
「はいよ!」
白髪が増え、顔には皺が刻まれたけれど、私の腕は少しも衰えていない。むしろ、熟練の技はさらに磨きがかかっている。
何万枚、何十万枚と焼いてきたステーキ。その一枚一枚に、客の笑顔があった。その肉の向こうに、私はいつも見ていた。満腹になって、幸せそうに笑う人々の景色を。
王都の栄華も、貴族の称号も、私にはもう必要ない。
私の幸せは、ここにある。この音と、匂いと、そして客の「美味かった!」という一言の中に。
悪役令嬢と呼ばれたあの日から始まった、私の長い旅。
辿り着いたのは、権力の頂点ではなかった。
ただ、香ばしい肉の匂いが満ちる、温かい厨房。
それこそが、私が世界を平らげて手に入れた、最高の宝物だったのだ。




