第1章:お飾り王妃の座より、焼きたてステーキの方が価値がありますわ
【登場人物紹介】
◆レティシア・グランチェスター
本作の主人公。公爵令嬢。王立学院きっての才女だが、その優秀さと物事をはっきり言う性格から“悪役令嬢”とあらぬ噂を立てられる。王太子に婚約破棄と王都追放を言い渡されるが、持ち前のポジティブさと【味覚解析】【食材進化】などのチートスキルを武器に、辺境の町でステーキハウスを開業する。経営の才にも長けており、美食で世界に革命を起こすことを夢見る。
◆アルフォンス・フォン・エルマイヤー
この国の王太子。レティシアの元婚約者。側近たちの讒言と、自分の側にいる健気な男爵令嬢に心を奪われ、レティシアを「庶民を見下す悪女」と断罪し追放する。プライドが高いが、根は単純。後にレティシアの店の噂を聞き、己の過ちに気づくことになる。
◆セオドア・フォン・エルマイヤー
アルフォンス王太子の弟で、第二王子。兄とは対照的に冷静沈着で、物事の本質を見抜く慧眼を持つ。当初は兄の命令でレティシアの動向を探りに辺境を訪れるが、彼女の料理と人柄に触れ、最大の協力者となっていく。
◆マルティナ
王太子に付き従う男爵令嬢。可憐で守りたくなるような雰囲気を装っているが、裏ではグランチェスター公爵家を妬み、レティシアを陥れるために様々な策を弄した。
「レティシア・グランチェスター! 貴様との婚約を、これにて破棄する!」
王城の謁見の間。きらびやかなシャンデリアの下、金切り声に近い糾弾が響き渡った。声の主は、私の婚約者であるアルフォンス・フォン・エルマイヤー王太子殿下。その隣には、潤んだ瞳で王太子殿下の腕にしがみつく男爵令嬢マルティナの姿がある。ああ、またこの茶番ですか。
「貴様という女は、己が公爵令嬢であることを笠に着て、か弱きマルティナを虐げ、あまつさえ庶民を見下す悪女だ! よって貴様を王都から追放処分とする!」
周囲の貴族たちは、蜘蛛の子を散らすように私から距離を取り、ヒソヒソと囁き合っている。誰も私の無実を信じようとはしない。マルティナが階段で勝手に転んだのを私のせいにしたり、彼女が課題に失敗したのを私の妨害だと言いふらしたり。そんな幼稚な嘘を、この国の王太子は真に受けているのだ。まったく、見る目がないにも程がある。
「……それだけですの?」
私は静かに問い返した。予想外の反応だったのか、アルフォンス殿下は一瞬、言葉に詰まる。
「な、なんだその態度は! 反省の色も見えんとは!」
「反省? 身に覚えのない罪で反省など、どうしてできましょうか。ですが、もう結構ですわ」
私は優雅にカーテシーを一つしてみせた。背筋を伸ばし、顔を上げ、ここにいる誰よりも気高い表情で。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします。追放処分も、ありがたく。正直なところ、この王都は……私には少々、狭すぎましたので」
「なっ……!?」
「それでは皆様、ごきげんよう。私はこれから、“世界”に挑みますので」
捨て台詞を残し、私は誰の助けも借りずに一人、謁見の間を後にした。父であるグランチェスター公爵は、この政治的な茶番に巻き込まれないよう、あえて静観の構えを取ってくれている。全ては事前に打ち合わせ通りだ。私を陥れた者たちへの復讐? そんな小さなことに興味はない。私の野望は、もっと大きくて、もっと“美味しい”のだから。
数日後、私は最低限の荷物を積んだ荷馬車に揺られ、王都を離れた。目指すは、辺境の町エルベルグ。鉱山と冒険者ギルドがあるだけの、活気はあるが文化的には寂れた町。でも、だからこそいい。私の計画を実行するには、最高の場所だ。
「さあ、始めましょうか」
私は一人、荷馬車の上で笑った。王都を捨てたのではない。しがらみを捨てて、自由を手に入れたのだ。アルフォンス殿下、マルティナ、そして私を嘲笑った貴族たち。あなた方がこれから口にするのは、味気ない見栄と欺瞞の味でしょう。でも私は、本物の味で、この世界中の人々の胃袋と心を掴んでみせる。
悪役令嬢と呼ばれた私、レティシア・グランチェスターの本当の物語は、ここから始まるのだから。




