夢喰いのムグ
ムグ、夢喰いの獣よ。
お前はその長き鼻で人の夢を嗅ぎ、甘ければ嘲笑い、辛ければ愚弄する。
されども、お前はどの夢も偏りなく喰いつくしてくれる。
中には美味なる夢もある。
その喜びの夢は蜜のごとく。
ムグの舌を転がり、ひとときの微笑を生む。
だが、時に苦しみの夢は夜露のように冷たく。
ゆるりと飲み干せば、尾の先が淡く翳る。
額には三日月の形をした紋様が浮かび上がり、夢を喰らうたびに微かに輝く。
ムグは問う、人の持つ夢の味の意味を――。
それは蜜か、それとも毒か、はたまた虚無か。
されど人は答えられぬ。
なぜなら夢とは喰われれば、その甘さも、苦さも、二度と戻らぬものだから。
夢は<希望>であり<呪い>と人はいう。
二律背反した矛盾的な存在、だけどもムグには関係ない。
夢は喰うもの、どの夢にも味があるのだと。
ムグはその大きな体躯を、淡き青白の毛並みを揺らし人の夢を喰い歩く。
一つわかることは、どの夢も、どの夢も、無垢なるものの中に欲があった。
満たしたい、褒められたい、認められたい。
どの夢も、どの夢も、叶えたい、叶えたいと願っていた。
その夢が形作られる現実は甘くも、辛くも、苦くもある。
ムグはそんな夢を分け隔てなく喰い、ただ歩む。
夢を奪われたものは絶望するものも多かったが、中には喜ぶものもいた。
諦めと決別。
それは時に人を苦悩から解放するものであった。
そんな人々はムグを魔獣ではなく、霊獣として崇めてくれる。
ムグは思った。
夢は人に必要なものであり、不必要なものであり、また勝手なものだと。
喰われた夢の行方など知る者はいない。
夢なき者の心は奇妙に静かであった。
苦しみも、悲しみも、焦がれる想いも、何もかもが霧散したかのように――。
ある日、ムグの前に人間の男が現れた。
男は役者の夢を諦めた。
脚本家の夢を諦めた。
恋人を作り結婚する夢を諦めた。
様々な夢を諦めたという。
夢を喰われすぎたと主張する人間は、ムグに憎しみを持つという。
男は言った。
お前は何故、私から夢を奪い続けるのだと。
ムグは答えた。
何と傲慢な人間だ、私は夢を食べただけで己の夢を潰したのは己が原因だと。
ムグの額の紋様は三日月から満月へと変貌した。
それも赤い満月。
この赤い満月が浮かび上がるとき、ムグが怒ったときだ。
二度と夢見るな。
ムグは容赦なく男に残る夢を全て喰らった。
もう甘い夢は見ないだろう。
もう辛い夢は見ないだろう。
残るのは虚無、生きる夢でさえ男からなくなった。