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聖騎士の蛇足 Ⅰ



 ※



「あーあ、引き受けるんじゃなかったなぁ」



 荘厳な騎士の鎧に身を包む、聖騎士パントーハはいつもの癖で後ろ髪を掻こうとして、自らが被る鎧の兜に手がぶつかった。



「あぁ、もう…顔も掻けねぇじゃんかよー。めんどいなぁ。脱ぎたいなぁ。ねぇゾーイちゃん、もう脱いでもいいかなぁ?」



 パントーハはとなりで歩く女性、ゾーイに幾度なく聞いた文言を再び問うた。

 ゾーイは女司祭であり、教会から派遣されたパントーハのいわばお目付け役である。


「脱ぎたがりの変態ですかあなたは。いいですか、パントーハ様。あなたは今、仮にもあの『剣星』直属部隊である『灰の十字軍(アシェン・クルセイド)』の隊長なんですよ。もっと自覚をですね…」


「だって俺、別に今の剣星好きじゃないしなぁ…いてっ!」


 ゾーイに横から脛を蹴られ、パントーハは飛び上がる。


「剣星様を侮辱するなど、言語両断です」


「ひぇぇ…おっかないなぁ。どこがいいんだ?あんなクソガキの。まだ前の剣星の方が可愛かったぜ」


 まだ言うか、と言わんばかりに睨まれて、パントーハは肩を落とす。

 そんな緊張感のやりとりをしながら歩いていると、迷宮の入り口へとたどり着いた。


「ここです、パントーハ様。迷宮を見張るよう命じていた騎士10名が、全員行方不明となりました」


「ふむ…こりゃあ一大事だなぁ」


 言いながら、パントーハは呑気に辺りを見回し、鎧のつなぎ目を縫って首を掻く。


「結局、焚火の正体はわかったんだっけ?」


「私の報告何も聞いてなかったんですかあなた。そもそも、煙が見えるからエルフがいる、殺してこいと命じたのはパントーハ様で…」


「はいはいはい、そこはいいから」


 一切聞く耳を持たれず、ゾーイは眉間に皺を寄せながら手元の資料を読み上げた。


「『灰の十字軍(アシェン・クルセイド)』のレンジャー部隊の報告によると、焚火は30分以内まで使用されていた形跡があり、二人組である可能性が高いようです。すぐ近くには戦闘跡があり、しかしそちらでも死体が見つかりませんでした」


「あらら、それはまずいねぇ」


「と、言いますと?」


 パントーハは迷宮の入り口へ歩き始める。


「わかんない?この辺りで大規模な戦闘ってことは、間違いなく守護者との戦いだよ。そいつらの目的は迷宮に挑むこと。んでもって、守護者の死体も騎士の死体もないとなりゃあ、ここは同一人物でしょ」


「そう、ですね」


「焚火近くの戦闘跡はそのままなのに、こっちは魔法で証拠隠滅してるところを見ると、連中は俺らの接近に気づいた上で、騎士を暗殺したわけよ。こりゃあ、結構強いぜぇ?」


「…如何いたしますか?」


 その質問に悩みながら、パントーハは再び後ろ髪を掻こうとして兜に手を弾かれる。


「あぁ、くそ、鎧嫌いだわぁ」


「パントーハ様、呑気すぎます」


「つってもねぇ…どうしようもないのよ。迷宮に入られちゃった以上、もう追えないし。ここで待ち伏せても、迷宮攻略者が脱出する時は別の出口から、っていうのはよくある事だし」


「追ったところで、こちらがクリアする義務を負う、というのも面倒ですね」


「そうそう。そもそも、迷宮を攻略するような実力者なら、俺しか対処できねぇしなぁ」


「では、戻りましょうか?」


 パントーハは入り口の岩山を眺めて、くるりと引き返す。


「そうしよ。これ以上は時間の無駄。ハンター〇ンターの連載再開までかじりついて待ってるくらい無駄だぜ」


「…なんですか、それ?」


「いいのいいの。こっちの話。あぁー、暗黒大陸編、完結まで見たかったなぁ」


 心底悔しそうに呟いて歩き出したパントーハ達の前に、炎が上がる。

 それは言ってしまえば人魂のように、空中で突然火が上がり、そのまま空間が延焼して燃え広がった。

 燃えた空間の奥にはブラックホールのような渦巻く闇が広がり、その帳を潜って一人の人物が地面を踏みしめる。

 しかし、そんな異常事態に動じるものは一人もいない。

 パントーハ達にとっては、見慣れた光景だったからだ。


 現れた人物へ、パントーハは当たり前のように話しかける


「ありゃ?そっちの方からとは珍しい」


 パントーハが気負う事無く話しかけたその人物は、もはやほとんどが裸である。

 燃えるような赤いツインテールに、局部のみを隠す薄い服と炎。

 ある種、天上の女神が如き神聖さを持った人間だった。

 そんな女性が、皮肉をたっぷりに答える。


「やっほー、聖騎士様」


「オリィ、どうかしたん?」


 旧知の中である事が瞬時に伝わるやり取りをし、オリィと呼ばれた赤い女はニヒルに笑う。


「それがさぁ、またあたしをパシリに使いやがったんだよ、あの馬鹿神父が」


「神父って、教皇代理のこと?」


「そ。なんでも、あんたに頼みたい事があるんだと。今時間ある?パっと王国まで送れるけど?」


 気軽に誘われて、パントーハはそのノリの軽さに笑ってしまう。

 この異世界で、数百キロの移動をこれほど身軽に出来るのは、異世界広しと言えど彼女だけである。


「天下の勇者様をパシリとは、あの教皇代理も罰当たりだねぇ。ま、せっかくのお誘いだし行ってこようかな。良い 、ゾーイちゃん?」


「良いも何も、大司教様とのご用事であれば、それは最優先事項です。迅速に対応してください」


「へいへい。ほな、行ってきまーす」


 手を雑に振って、パントーハはオリィと共に炎で生み出された虚構へと進んでいった。




 ※





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