至宝に挑む
非常食とアウラを含めた二匹と一人で迷宮に入ると、そこには薄暗い広場が広がっていた。
恐らくはエントランス的な場所であり、奥には下りの階段がどこまでも続いている。
石造りの広場には無人にも関わらず勝手に蠟燭に火が灯り、不気味に俺たちを出迎えた。
入ってすぐ、俺は振り返って両扉の取っ手を握り、内側から開けられないかを試す。
「本当に開かないんだな」
ガチャガチャと引いたり押したり、横にも動かしてみたが扉は不動であった。
「大丈夫だよ。このネックレスがあれば、いつでも出られるから」
そう言ってアウラが大切そうに、両手でネックレスを見せる。
「……アウラ、君はどうする?迷宮を攻略するために、ここに来たんだろ?」
俺を置いて奥に進むという選択肢もある、そんな意味を込めて聞いてみたが、彼女は目を閉じて首を振った。
「ううん、このネックレスの効果はとても狭い。ゴブリンさんと私、二人で脱出するには近くにいる必要がある。だから、私はここにいるよ」
「いいのか?一度きりなんだろう、そのネックレスを使えるのは。次君が迷宮に挑む時には、命懸けになるんだぞ」
「元々、迷宮はそういう場所だから。借金で首が回らなくなったり、仲間を失って死に場所を求めたり、人生一発逆転を狙った死にぞこないの亡者が、最後に行きつく場所。そこに、命綱をつけて降りようとした私が、甘かっただけのこと」
そんな、簡単に割り切れるはずはない。
母の形見であるネックレスは、いわば彼女にとって母から託された人生最後のチャンスだったはずだ。
それを、わけもわからない騎士共に追われて使うなど。
「聞かせてくれ。アウラ、君はどうして、迷宮に挑みたいと思ったんだ?」
俺の質問に、アウラはネックレスを握ったまま胸に手を当て、視線を地に伏せた。
「…今、言ったとおりだよ。迷宮は、死にぞこないの亡者が行き着く場所。私も、ただの亡者ってだけ」
「…死にたかったのか?」
「…どうだろう。私は、生まれちゃいけない『魔女』だったから。私を生んだお母さんは、針の筵のまま殺されて死んだんだ。残った私を育てた祖父は、ずっと私が死ぬことを願ってた」
時間なら、いくらでもある。
俺は彼女の述懐を、暇つぶしにゆっくりと聞く事にした。
「『また、お前だけ生き残ったのか』って、祖父に言われた言葉がずっと胸に残ってた。私は不幸を呼ぶ魔女だから、私が参加した戦争やクエストは沢山の人が死ぬ。でも、その度に私は死にぞこなって、生き残って。祖父から一人立ちした今も、結局世界中から死を望まれてる」
「……」
「悔しかった。私はお母さんに望まれて、愛されて生まれたんだ。私が否定されるのはいい。でも、私を生んだお母さんを否定されるのが、どうしても許せない。どうして、この世界でただ息をしているだけで、悪者扱いされなきゃいけないの?生まれた事が悪だって言うの?私達はただ、世界の端でひっそりと生きていたかっただけなのに」
次第に言葉の中に溢れていくのは、憤りだった。
優しい彼女からは想像もできないほど、積もり積もった理不尽への怒りは、ネックレスを握り込んだ手掌に血を滲ませるほど。
「私達を否定した世界を、否定してやりたかった。理不尽に屈するのだけは、どうしても嫌だったから。例え最後まで『魔女』だったとしても、それでも…それでも最後まで、戦って死にたい。だから…ここに来たんだと、思う」
故にこそ。
例え命綱が切れようとも、私は必ずまたここに来る。
彼女は、そう締め括った。
その言葉を聞き届けて、俺は迷宮の奥へと歩き出した。
「…ゴブリンさん?」
慌てたようにアウラは俺を呼び止めたが、構わずに進む。
「困るんだ」
「え?」
「俺は、君を助けた。死なれちゃ、困る。だから、どうせまた来るのなら、今日ここで攻略してしまおう」
「え?え…?」
「危なくなったらすぐに逃げるし、ネックレスを使ってもらう。だが、まぁ、行けるとこまで行ってみよう」
俺は振り返りもせずにそう言って、迷宮の階段を下り始めた。




