初めての会話 ②
「んぅ…」
少女は目を擦り、ゆっくりと自身の体を持ち上げる。
あたりを半開きの目で見渡して、やっと焚き火の向こうに座る俺に気づき、声を出した。
「ここは…えっと、あなたは…一体…」
やはり、聞き取れる。
俺には日本語にしか聞こえないが、一体これはどいうことだ?
俺はさぞ難しい顔をしていたであろうが、兜のおかげで相手には伝わっていないようだった。
「……まずは君の名前を、教えてくれ」
いつも通り豚の鳴き声のような言葉に、意味を込めて発してみる。
すると、少女はその言葉を理解し、首肯した。
「私は、アウラ・ザントーレ。さっきは助けてくれて、ありがとう…ございます」
座ったままではあったが、少女、アウラは深々と頭を下げてお礼を口にする。
「…礼はいい。それより、君は…どうして俺の言葉がわかる?」
「え?」
問うと、アウラは心底不思議そうに首を傾げた。
どういうことだ?
俺が人語を介していない事に、気づいていない?
なら、この子は無意識に俺の言葉を理解し、それを勝手にこの世界の言葉に訳していると?
では俺に理解できるのは何故だ?
…ますますわからない。
しかし、アウラにこれ以上踏み込んで聞くのは無理だ。
なぜなら、これ以上詰問するという事は必然的に「どうしてゴブリンである俺の言葉を君がわかるのか?」と聞かねばならないからだ。
正体を気付かれれば、またかつて殺されかけた女魔法使いの二の舞になるかもしれない。
あんな思いは、もう嫌だ。
そんな俺の逡巡の間もアウラの困惑は続いており、不思議そうに口を開く。
「えっと…それってどういう意味で…?」
「いや、わからないのなら、いいんだ。質問を変える。君は、どうしてこんな危険な場所に?」
「…すぐ近くに、迷宮があって。私は、そこを攻略するためにきたの」
「迷宮…?」
「私が戦っていたあのジャイアント・オークロードは迷宮の門番。奴を倒せば、迷宮に入ることができる…まぁ、あなたに助けてもらわなければ、私は門番さえも倒せずに終わっていたのだけど…」
へぇ。
そんなものもあるのか。
「迷宮を攻略すれば、何か手に入るのか?」
「うん。〈迷宮の至宝〉っていう、専用の凄く強いアイテムが獲得できる。世界でもそれを持っている人はほんの数人しかいないんだよ?凄いよね」
人懐っこい子なのか、コロコロと表情を変えて楽しそうに話す。
「けど、君はその凄いアイテムを手に入れようとしていたんだろう?」
「…私は…ただ、自分の一人の力で、前に進みたかっただけで…」
口籠る姿は何か、重たい理由があるのだろうと察することができた。
さっかく会話ができるのであれば、この世界についての事や、この森について、色々聞いておきたいところではある。
しかし。
生憎それどころではなくなった。
「起きて早々に申し訳ないが、立ってくれ。移動だ」
「え?どうして?」
突然立ち上がった俺に、彼女は目を丸くする。
そんな瞳を見下ろして、俺は緊張感を声に乗せた。
「どうやら、敵襲みたいだ」




