Human Error ①
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「…ねぇ、ゴブリンは殺せたの?」
赤髪の少女は、帰ってきた兵に胡乱な眼差しを向けながら問うていた。
「いや、逃げられちまった。アレはどうも、普通のゴブリンじゃないな。射線を掻い潜りながら、痛みにも怯まずに崖に飛び込んじまった。もしかしたら、上位ゴブリン特有の、高い知性の片鱗かもな」
呑気に呟きながら弓をしまい、少女に背を向けてしまう男たちに怒鳴る。
「ちょっと!だったら尚更絶対殺さないといけないんじゃないの!?何で追わないのよ!」
「いつまでも門前警備から離れるわけにはいかない。それに、崖の下は魔境だ。魔族との国境沿いに広がる森林に入れば、生きては帰ってこれない。お前が一番知っているだろ」
「でも!あのゴブリンは人里まで降りてきたのよ!?次は誰かが襲われるかも!」
「そんなに言うなら自分でやれ。お前だって魔術師だろ、オリビア」
オリビアと呼ばれた少女は、その一顧だにしない様子になお噛みつく。
「これが他の魔獣だったら自分でやるわ!でも、ゴブリンは無理なの!お願い!」
「俺達に死ねってか?どうしてもってんなら、冒険者にでも依頼を出すんだな。そんな死にたがりの奴がいればの話だが」
「ッ…!」
過ぎ去っていく背中を、もうオリビアは引き止める事は出来なかった。ただ悔しさに唇を噛みしめて、覚悟を胸に森を見る。
「いいわよ。そんなに言うなら…私が直接、ぶっ殺してやる!」
オリビアは村の門に戻っていく警備兵の背を追わず、村のはずれにポツンと立っている小屋に向かった。
農具や使わなくなった柵なんかが仕舞われている小屋の奥には、埃を被った重厚なアタッシュケースがある。
それを取り出し、パチン錠を外して開け放つと、中には一本の杖が格納されていた。
「お姉ちゃん…」
かつて町の子供たちがゴブリンに攫われた時、冒険者だったオリビアの姉は子供達を取り返すため、一人で魔境へ向かった。
オリビアが住む、このアクト村は人族と魔族の国境沿いに広がる「魔境」と呼ばれる森林に沿うように存在している。
魔境の危険度は、例え人族と魔族が戦争になっても、どちらの軍もこの森を進軍しようとは思わない程の危険度。
誰も立ち入られず、そして戻ってこれない。
そんな場所に向かった姉は、当然のように戻っては来なかった。
そして、オリビアに残ったのは姉から譲り受けた、この一本の杖だけ。
「どちらにしろ、いつかお姉ちゃんを探しに行こうと思っていたわ。私が必ず討伐してみせる…ゴブリンめ…!」
オリビアにとって、ゴブリンとは恐怖の象徴だった。
村の子供達を攫い、姉を森に誘った、醜穢の具現。
故にこそ門兵に頼ってしまったが、これを自ら討伐できたなら、それは過去を清算し、オリビアの人生を好転させるだろう。
覚悟を決めて、オリビアは装備を整え始めた。
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