窮鼠
おかしい。
腹が、痛い。
かれこれ二時間近く森を散策しているが、既に4回も排便を行っている。
ただでさえ血を大量に流しているのに、ここで下痢は脱水症状まっしぐらだ。
早急に水源を確保する必要がある。
さきほどの池に戻る、という選択肢はない。
この下痢は間違いなく食中毒。
だとすれば、この世界で目覚めてから口にしたのはあの池の水だけ。
見た目の汚さから期待を裏切ることなく、しっかり汚染された池だったのだろう。
やはり止水域の水を飲むべきじゃなかった。
下手したらこのゴブリンの身体、人間より食中毒に弱いかもしれない。
と、足早に森を歩き続けていると、やっと水の流れる音が俺の耳に届いた。
あぁ、神よ。
この際、このクソみたいな転生は目を瞑る。
今は安全な水をくれ!
「フギィ!」
俺は駆けこむように走り出し、木々の間隙を縫い漏れ出る光へ飛び込んだ。
そこには、美しい小川が流れていた。
「ァァ…」
俺は、その景色に見惚れていた。
川って、こんなにも綺麗だっただろうか?
太陽の光を反射してキラキラと輝く様は、まるで宝石をちりばめたよう。
小魚が元気に泳ぎ、渓流の優しい音色が心地いい。
これを見てしまうと、あの池のなんと汚かったことか。
コバエや蜂が飛び交い、浮草に覆われて腐ったような臭いが鼻についた。
よくあれを飲もうと思ったな、俺。
まぁ、それくらい限界だったという事だ。
どこか心に余裕が生まれて、俺はゆっくりとした足取りで池に近づく。
その時だった。
「ガァァァァァッ!!」
同じく、水を飲みに来たのであろう狼が、俺の後ろにいた。
「ヒギィ!?」
それは大型犬なんぞ比にならない大きさ。
いや、俺自身が小さくなったが故にそう見えたのかもしれないが、とにかく、俺を一飲みできそうな大口が振り向いた先に迫っていたのだ。
きっと、ゴブリンに転生していなくても俺は情けない声を上げていただろう。
咄嗟に左手を翳し、大口から身を守ろうとした。
すると当然、俺の左手は強靭な牙に挟まれて、血が噴き出す。
「プギィ!?」
狼の牙はあまりにもあっさり、俺の骨に到達し、溢れ出る血がその大口に飲み込まれていく。
激痛なんぞもはや感じなくて、ただ死にたくない、という本能だけが身体を支配した。
俺は狼の口から左手を引き抜こうと全力で藻掻き、狼の顔や口を必死に抑えて腕を引く。
「グルルル…!」
しかしゴブリンの小さな身体では獣の力に勝てるはずもなく、微動だにしない。
狼は一瞬口を開いては噛み直し、再び左腕から血が飛び散った。
「ギィァ!?」
骨が砕けるような音が聞こえた。
このままでは、左腕を噛みちぎられる。
そうすれば、次は首か、腹か、足か?
いやだ、死にたくない。
その想いだけで、俺は右腕を地面に這わせ、そこにあった石を掴む。
「ギィ!!」
掴んだ石を振りかぶり、狼の左目に石を思い切りぶつけた。
「キャンッ!」
狼は子犬のような声を上げて口を離し、わずかに後退する。
その隙を逃すことなく、全速力で川を横断し、俺は逃げ出した。
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Race:ロー・ゴブリン
Name:無し
Level:1
Status:
HP(1/10) MP(1/1) SP(2/2)
Attack(1) Defense(1) Speed(3)
Critical(10) Luck(2) Skill(1)
《種族スキル》
──
《通常スキル》
〈悪食Lv.1〉〈痛み耐性Lv.1〉
《固有スキル》
──
《Extraスキル》
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《称号》
──
〈痛み耐性〉
取得スキル概要
一定以上のストレスを伴う痛みを受ける事によって獲得できる。以降、受けるストレスは記録し蓄積され、経験値に変換される。痛みに少しだけ鈍感になる。
通常スキルのため、あらゆる種族が獲得可能。