一人の夜に
この世界に来てから、随分と日が経った。
未だに何故俺がこの世界に来たのか、何故ゴブリンになったのか、そもそもこの世界は何なのか。
何もわかっていない。
サバイバルにも慣れて、狼という脅威も遠ざけた今、改めて自分の状況を振り返ってみると、わからない事だらけだ。
文字や言葉がわからないというのが致命的で、せっかくステータスを表示できても理解が出来ない。
と、俺は空中に展開されたステータスのような文字列をぼんやりと眺める。
その画面にはいくつもセクションがあり、しかしどのページを見ても俺にわかる言葉はない。
けれど、言葉なのだから規則性があるはずだ。
何とか言語を紐解いて、理解できるようになれないものか。
などと考えながら、最近は寝る前にぼんやりとこの画面を見るのが日課になっていた。
そうやって観察していたからこそわかったのだが、やはり俺が進化する度に知らない文字が追加されている。
恐らく、これが新たに獲得したスキルとか能力なのだろう。
そこをタップすれば、多分スキルの説明なのであろう文字列が表示される。
これがわかれば、もう少し生きやすくなるんだが…
「アプゥ…」
気持ち悪いため息を吐いて画面を閉じると、皮を鞣して作った毛布の中に非常食が潜り込んできた。
非常食は潜り込んでくるなり俺の顔を舐め、大きくなってきたその身体で俺に覆いかぶさる。
重たいので横にずれ、焚火の音を聞きながら無心で非常食を撫でた。
暖かい。
俺よりも少し体温が高い非常食は、抱き枕に最高だ。
毎日のように川で水浴びをさせているからある程度清潔だし、手櫛で梳いているから毛並みも綺麗だ。
この冷たく非常な異世界で、俺はいつの間にか温もりというものに飢えていた。
そのせいだろう。
もう非常食を食べようとか、殺そうとかいう気持ちはどこにもなくなった。
むしろ、こいつを家族のように想い、守りたいとさえ感じている。
今日のような冷え込む一人の夜に、寄り添うものがウジ虫ではなく、無償の愛をくれる動物だったなら、誰だってそう感じるはずだ。
過酷に過ぎる転生だったが、一つ、救いを得たような気がする。
明日もまずは川へ行き、存分に非常食を遊ばせてやろう。
自分一人のために生きるよりも、何かのために生きる方がずっと生きる事に価値を感じる気がする。
そんな風に思いながら、俺は非常食を抱きしめて眠った。




