狩りきる
アックスを完全に支配した俺に、疾駆する狼が接近していた。
オークの突進を目で見えるようになった俺にとって、それは随分ゆっくりに感じられる。
だからこそ、時間をたっぷり使って狼の様子を見ると、どうにも放っておいても死んでしまいそうな状態だった。
やはり、如何に強靭な狼といえども首に矢が貫通している状態は致命傷足りえていたようで、走りながらも首が揺れ動く様はまさに死に体。
今、楽にしてやる。
俺と狼の間にあった因縁、そして俺自身を駆り立てた妄執。
この世界に来てから散々味わった辛酸の全てを一刀に乗せ、俺は飛び掛かってくる狼にすれ違いざま、アックスを横一線に薙ぐ。
アックスの刃は狼の口を裂き、そのまま胴体をスライスして二つに分けた。
まるで蓋を開けたように臓物を空中にまき散らしながら、二つになった狼は俺の背後に転がる。
「ハァ…ハァ…」
肩で息をしながら、俺は残った最後の一匹を見遣った。
「グゥゥ…」
そこには、失った右手を押さえて冷汗を流す、大きなオークがいる。
苦虫を嚙み潰したように顔をくしゃくしゃにしている様子は、もう狂気を感じない。
どうやら、正気に戻ったらしい。
ならば、このオークに俺を襲う理由はなくなった。
事実、オークは俺を警戒しながらも様子を伺い、青く真摯な目で俺が握るアックスを見ている。
オークが何を考えているのかがわかった。
俺はアックスを見せびらかし、肩を竦めて見せる。
俺は、狂気に呑まれてなどいない、と。
このアックスを支配してみせたぞ、と。
それを理解したのだろう。
安心したように一度目を閉じると、オークは背後にある木を残った左手で掴み、そのまま引き抜いた。
それを眼前に構え、俺を強く見つめた。
どこまでも、このオークは優しく、気高い。
先程はアックスを握った俺の身を、案じていたのだ。
そして俺が支配できたと悟ると、今度はこの戦いに、自らの愚行と弱さによって引き起こされた数多の悲劇に、ケジメをつけるために俺に決闘を挑もうとしている。
多くの罪なき命を狂気によって刈り取り、こうして他者の領域を荒らしてきたその行いに、責任を感じている。
自らが吹っ掛けたこの戦いに、負けるとわかっても最後まで。
その気高さに、俺は胸打たれていた。
俺とこのオークは、同じ記憶と感情を共有している。
この世界への強い憎しみを抱いて、あんなものを見てなお汚されない真摯な姿に、どうしても応えたい。
涙が出そうになるほどの強い決意が湧き起こり、俺はアックスへ力を籠める。
すると、まるで弓を絞った時のような感覚と、旱魃の魔法を使った時のような感覚が同時に押し寄せ、アックスに闇のオーラのようなものが集約していく。
オークが走り出し、大きな木で俺を押しつぶそうと丸太のような腕を振り下ろした。
俺は、その攻撃を正々堂々と、正面から一撃の元切り伏せた。
アックスから解き放たれた闇のオーラが背後の木々までも両断し、木が倒れる轟音が響き渡る。
斜めに両断されたオークが、二つになって崩れ落ちた。
「……ギィ」
勝った。
今日も、生き残った。
達成感と、安堵。そして少しばかりの喪失感。
それを胸に空を見上げると、そこに脈絡のないテキストが浮かんできた。
《㊐ᙓ慧鈰聮弰地縰地弰Ȱ㊐ᙓ䡑鈰碐錰朰估怰唰䐰》
やはり、それを読むことは出来ない。
だが、以前見た事のある文字化けだ。
それに、状況も似ている。要するに、また進化できるようになったという事だろう。
何となく察し、次から次へと流れるテキストを眺めていると、またも三つの選択肢で止まった。
《ꨰﰰ꼰0혰뤰젰אּꨰﰰ꼰0퀰ꐰꨰ켰똰ﰰ줰אּ됰혰》
さて、これ絶対大事な選択肢だよなぁ。
まぁ、考えてもわからないんだから仕方ない。
結局俺は、前回と同じ右端の選択肢を選ぶことにした。
すると、やはり急激に眠気が襲い、俺は慣れた様子で木にもたれかかって眠りについた。
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《進化条件を満たしました。進化先を選んでください》
《オーク ブレスト・オーク バイオハザード・ゴブリン》
《バイオハザード・ゴブリンが選択されました。進化を開始します》




