表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/184

人間は、皆殺しだ




「…アウラ?」



 返事の返らないその身体へ、俺はそれでも名前を呼ぶ。


「アウラ」


 頼むよ。もう一度。たった一度でいい。声を聞きたい。目を開けてほしい。


 でも、それはわがままだってわかっていた。


「…ぅぅ」


 強く、強く目を瞑る。

 止めどなく溢れる涙を切るように、神に願うように。

 抱き抱えたままの彼女の身体へ身を寄せて、額と額を合わせた。

 こんなにも近くにいるのに、こんなにも触れ合っているのに。もう、これでお別れなんて受け入れられなくて、眠ったように瞼を閉じている彼女の唇へ、一度だけ唇を重ねた。

 まだ残っているその温もりへ、さよならなんて言えない。


「…ぅぅ…ぁぁぁ」


 嗚咽を押し殺して、力のないその手を握り直す。


 それでもまだ、戦いは終わっていないから。

 どんなに心が折れてしまっても、その痛みに挫けても。

 まだ、憎しみが俺を許してくれない。

 戦えと。仇を取れと。進み続けろと。

 立ち止まる術を、俺は持ち合わせていないから。


「アウラ…愛してる。もう少しだけ、一緒に戦おう」


 この戦場を選んだのは俺だ。

 アウラを巻き込んだのも俺だ。

 戦う生き方を選び続けた俺が、まだ生きている。

 例え、守るべきものを全て失ったとしても。選んだからには、進み続けろ。

 失ったものは数え切れなくとも、最後まで。


 俺は握ったアウラの右手、その手首を葉脈で優しく包み、そっと取り込んでいく。

 確信があった。今の俺の幸運ならば、彼女からあのスキルを確実に受け取れると。

 託されたものを受け取って、手首を失ったアウラの腕が地面に落ちる。


 同時に、小うるさい効果音とともに頭上にテキストが流れた。


《開闢を解放。最終進化を超越。進化条件を満たしました。選択肢が二つ未満のため、選択肢は省略。進化を行いますか?》


 頭上にはただ『鬼神』とだけ書かれていた。

 あまり呑気に説明を理解できる状態ではなく、テキストの文面は目から滑り落ちた。

 故に、何を考えることもなくアウラをそっと地面に置き、選択肢をタップした。


 身体が変わっていく。

 けれど、俺の中に感情は何も湧かない。


 一つ明確に自覚できるのは、虚しさだけ。

 あぁ、でも、多分大丈夫だ。


 勇者や、この戦いにきた人間を思うと、自然と体が震える。

 もうとっくに毒なんて効かなくなったのに、まだ震えるのはきっと…


「来い、〈災禍の鎧〉」


 稲妻が天から落ちる。

 俺の体に全て吸収されて、鎧を針金のような呪いがパキパキと包んで、覆っていく。



「……行こう、みんな」



 俺はゆっくりと立ち上がり、晴れてきた粉塵の先を睨む。


 そんな俺に呼応して、辺りに散乱していたエルフの死体が不自然な挙動で立ち上がった。


 もちろん、アウラの身体も。


 あまりに非道徳的で、冒涜的な行為。けれど、俺はこの世界に生まれついてからずっと、それしか許されていない。


 だから、これでいい。


 奴らを、人間を、勇者を、殺せるのなら、何だって構わない。

 まだそこに、敵がいるのなら。

 この身体はあらゆる手段を用いて、動き続けるだろう。


 その最後の一匹を、根絶やしにするまでは。




「行くぞ──人間は、皆殺しだ」




 そんな俺の言葉に賛同するように、ゾンビたちは一斉に歩き出す。

 俺もまた、彼らと共に廃墟となったセントクエラを跋扈した。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ