人間は、皆殺しだ
「…アウラ?」
返事の返らないその身体へ、俺はそれでも名前を呼ぶ。
「アウラ」
頼むよ。もう一度。たった一度でいい。声を聞きたい。目を開けてほしい。
でも、それはわがままだってわかっていた。
「…ぅぅ」
強く、強く目を瞑る。
止めどなく溢れる涙を切るように、神に願うように。
抱き抱えたままの彼女の身体へ身を寄せて、額と額を合わせた。
こんなにも近くにいるのに、こんなにも触れ合っているのに。もう、これでお別れなんて受け入れられなくて、眠ったように瞼を閉じている彼女の唇へ、一度だけ唇を重ねた。
まだ残っているその温もりへ、さよならなんて言えない。
「…ぅぅ…ぁぁぁ」
嗚咽を押し殺して、力のないその手を握り直す。
それでもまだ、戦いは終わっていないから。
どんなに心が折れてしまっても、その痛みに挫けても。
まだ、憎しみが俺を許してくれない。
戦えと。仇を取れと。進み続けろと。
立ち止まる術を、俺は持ち合わせていないから。
「アウラ…愛してる。もう少しだけ、一緒に戦おう」
この戦場を選んだのは俺だ。
アウラを巻き込んだのも俺だ。
戦う生き方を選び続けた俺が、まだ生きている。
例え、守るべきものを全て失ったとしても。選んだからには、進み続けろ。
失ったものは数え切れなくとも、最後まで。
俺は握ったアウラの右手、その手首を葉脈で優しく包み、そっと取り込んでいく。
確信があった。今の俺の幸運ならば、彼女からあのスキルを確実に受け取れると。
託されたものを受け取って、手首を失ったアウラの腕が地面に落ちる。
同時に、小うるさい効果音とともに頭上にテキストが流れた。
《開闢を解放。最終進化を超越。進化条件を満たしました。選択肢が二つ未満のため、選択肢は省略。進化を行いますか?》
頭上にはただ『鬼神』とだけ書かれていた。
あまり呑気に説明を理解できる状態ではなく、テキストの文面は目から滑り落ちた。
故に、何を考えることもなくアウラをそっと地面に置き、選択肢をタップした。
身体が変わっていく。
けれど、俺の中に感情は何も湧かない。
一つ明確に自覚できるのは、虚しさだけ。
あぁ、でも、多分大丈夫だ。
勇者や、この戦いにきた人間を思うと、自然と体が震える。
もうとっくに毒なんて効かなくなったのに、まだ震えるのはきっと…
「来い、〈災禍の鎧〉」
稲妻が天から落ちる。
俺の体に全て吸収されて、鎧を針金のような呪いがパキパキと包んで、覆っていく。
「……行こう、みんな」
俺はゆっくりと立ち上がり、晴れてきた粉塵の先を睨む。
そんな俺に呼応して、辺りに散乱していたエルフの死体が不自然な挙動で立ち上がった。
もちろん、アウラの身体も。
あまりに非道徳的で、冒涜的な行為。けれど、俺はこの世界に生まれついてからずっと、それしか許されていない。
だから、これでいい。
奴らを、人間を、勇者を、殺せるのなら、何だって構わない。
まだそこに、敵がいるのなら。
この身体はあらゆる手段を用いて、動き続けるだろう。
その最後の一匹を、根絶やしにするまでは。
「行くぞ──人間は、皆殺しだ」
そんな俺の言葉に賛同するように、ゾンビたちは一斉に歩き出す。
俺もまた、彼らと共に廃墟となったセントクエラを跋扈した。
 




