呪い
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まだ、駄目だ。
「逃げてください!ザントーレさん!」
『誰か』が私の肩を担ぎ、走る。
鎧が追い立てる音がして、『誰か』が離れる。背中を押す。
「あなただけでも、逃がしてみせる!みんな!時間を稼ぐぞッ!!」
私の横を通り過ぎて、数人の見知らぬエルフが駆け抜けていく。
鈍い剣戟と、血が飛ぶ音が聞こえる。誰かが倒れて、また、誰かが死ぬ。
「ザントーレを死なせるなッ!戦うぞ!」
背後で、叫ぶ声が聞こえる。
剣が横を掠めて、誰かが私の背中を押す。
踏みしめる地面は血で汚れていて、転がる死体をいくつも見送った。
上がる炎と、壊れた町を歩く。
目的地などない。今さら死に場所など選べない。わかってる。
身体の感覚が無い。けど、この身体はどんどん軽くなっていく。羽が生えたように、血を失うように。
半分になった視界は影が濃くなっていき、戦火に包まれた町は煙ったくてよく見えない。
城塞なんてとっくに崩壊していて、いつの間にやら戦場は街に変わった。
もう、誰も生きては帰れないかもしれない。
それでも、私を逃がそうと多くのエルフが戦う。
私なんかのために、どうしてだろうか。
「命懸けでゾーイを倒した英雄を、せめて守れずして何のための戦いだッ!行くぞォ!」
死んでいく。死んでいく。死んでいく。
私も、もうすぐ死ぬ。
でも、まだ駄目だ。
今死んでしまったら、きっと呪いになる。
この戦場で私を失えば、彼はきっと自分を責めてしまうから。
だから、まだ、死ねない。
朦朧とした意識の中、ふらふらと彼を探して歩き続ける。
つい先程まで吹き荒れていた嵐、その中心を目指す。
嵐が過ぎ去って、荒れ地と化したその場所を歩き続けて、幾許か。
「……ぁ」
遠くで、ゴブリンさんが見えた。
倒れ込んだ彼は、まったく動いていない。
けれど、ひと際呪いが強く噴き出ると、びくっと震えて動き出す。見覚えのあるその挙動は、戦闘続行で復活した時のもの。
これで幾度目なのかはわからないが、震えながら起き上がる様子は、彼も私と同じく限界であるとわかる。
起き上がった彼は、私を見つけて走り出した。
「アウラ……ッ!」
遠くから必死に私の名前を叫んで走ってくる様子は、何だか少し、愛らしい。
何度も躓いて、それでも私だけを見つめて、彼は走っていた。
あぁ、駄目だよ。
そんなに名前を呼ばないで。
伝えないようにって頑張っていたのに、言いたくなってしまう。
呪いになるって、わかっているのに。言っちゃ駄目だって、わかっているのに。
私はこの目に焼き付けるように、彼を見つめ続けた。
「アウラッ!!」
しかし、どうにも様子がおかしかった。
私の名前を何度も呼ぶ、その様子はあまりに鬼気迫るもので。
その視線の先にいるのは、よく見ると私ではなかった。
私の、背後を。
恐れるように、厭わしく、睨みつけている。
あぁ、そうか。
私は、何となく理解しながら。
後ろを、振り向いた。
同時に、背骨を砕いて貫通する、腕の感触を知る。
「逃げろォッ!!アウラァァァッ!!」
心臓を貫く、その腕は燃ゆる。
空間を焼いて現れたその人物は、優美に口を開いた。
「〈焦土の熾天使〉」
私を貫通したその腕で、女勇者、オリィは終焉の炎を解き放つ。
それは必死にこちらに走っていたゴブリンさん諸共、周囲一帯を吹き飛ばした。
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