食品を加工しよう ②
かれこれ三時間、ひたすらこすり続け、計四回もの発火と失敗を繰り返し、ついに五回目。
煙燻る火の粉を枯草に移し、優しく空気を吹きかけると、ぼうっと火がついた。
急いで予め用意していた細い枝と松ぼっくりもどきが積み重なった場所に移し、そこに追加で枯草を投入。
火が移るまで根気よく火の手を持続させ、やっとの思いで火起こしを成功させた。
「ギィ!」
思わずガッツポーズを取りつつ、俺は焚火の中に川辺で拾った空の貝殻を放り込む。
これで万が一火が消えても、貝殻を次の火種として簡単に焚火を起こす事が出来る。
安心して死体の加工に戻り、俺はまず皮を剥がす工程を行うことにした。
人の皮の剥がし方なんぞわからなかったので、とりあえず肛門を起点にじっくりと時間をかけて皮を剥がす。
内臓を取り出し、部位ごとに分けていく。
この内、右の太腿部分を今日の食事にする事に決め、大きな葉っぱで包んで焚火の側に放置した。
火が通るまでの間に保存食を作る。
保存食を作る時に知っておきたい概念として、水分活性というものがある。
食物に含まれる水分には二種類あり、自由水と結合水が存在する。
このうち結合水というものはその他の物質と結合しているため、通常の加工ではどんなに干そうが焼こうが分離させることが出来ない。
それは同時に、細菌も利用できない水、という事だ。
食品中の細菌が利用できるのは自由水であり、これが豊富にある環境でなければ細菌は繁殖できない。
その水の量を示すのが、水分活性だ。
水分活性が低ければ食品は長く持つ。
どうすれば水分活性を低下させられるか?
例えば、砂糖や塩を加えて、細菌に使われる前に自由水を結合させてしまうという手法がある。ジャムや漬物が長く持つ原理だ。
しかし、この場にそんな上等なものはない。
ならばもう一つの手段、自由水を乾燥させて減らす、という方法が妥当だろう。
そもそも食品が劣化する原因は三つある。
細菌による汚染、空気中の酸素に触れる事による酸化、揮発による乾燥。
これらを一度に防ぐ最強の手段が、燻製だ。
食材を塩水に漬け込んで乾燥させ、煙で燻るこの加工を施せば例え肉であろうと数年は持つ。
煙に含まれる有毒物質が肉の表面にいる細菌を殺菌し、その後タンパク質と反応して無毒化するので、燻製の肉はほぼ無菌状態になる。
まぁ、今は塩水を用意する事は出来ないのだが、それでもやる価値はあるだろう。
部位ごとに切り分けた肉を天井に吊るし、焚火の熱でじっくりと乾燥させていく。
その作業を一通り終えると、俺は一旦洞窟を出て木に向かった。
しっかりとしたナイフが手に入ったので、これを使って木の皮を剥ぐ。
木の皮を加工すれば箱を作ることができ、箱があれば水を持ち帰る事が出来る。
そうすれば肉を茹でてスープを作れるし、動物を狩るための罠作成も現実的になる。
この魔境での生活に少しずつ適応し始めながら、俺は黙々と木の皮を剥いだ。




