反対物の一致
「はぁ……はぁ……」
俺は荒い息を整えながら地面に両膝とつき、震える左手を蹲りながら抑えていた。
眼前の粉塵を睨む。
手ごたえはあった。
アレックスの攪拌を打ち破り、その奥のアレックス本人の胴体を粉々に吹き飛ばした、確かな手ごたえが。
そうして殴り飛ばしたアレックスはセントクエラの街中に転がり、民家を倒壊させながらぶつかって大きな粉塵があがった。
辺りには奴の甲冑や体の一部と思われる肉片が転がっており、それは討伐せしめた証と言えるだろう。
しかし、俺自身もまた、〈反対の諸相〉を連続使用した事による反動に苦しんでいた。
〈反対の諸相〉は、タナトスが辿り着いた二つ目の無限への可能性。
その根底にあるのは『反対物の一致』という、哲学の考え方だ。
神とはしばしば、円であるとされる。最も調和のとれた完全なる円こそ、神の無限性を表すのだと。循環、再生、無限、この世の理その象徴。
しかし同時に、神は三位一体であるとも言われる。三角形こそが三位一体を表し、三位一体こそが神と子、聖霊という神の現身その全てであると。
また、直線こそが無限であると説くものもいれば、球体こそが神であるとも言う。
神とは何であるか。神こそが無限であるならば、その秘密を解き明かす事で、無限を知れるのではないか。
タナトスはそう考えて、神と無限についてを考えた。
そうして出た結論が、相反する全ての論理はしかし、全て正解である、というものだった。
どれか一つが正しいのではなく、全てが正しいのではないか。
そのように考えてみると、道が開けた。
神とはそも、無限である。
ならば全ては無限の世界で考えなければならない。
無限の領域に神の現身を持ち込めば、あぁ、簡単な事だった。
円や三角形を無限に引き延ばしたならば、それは直線といえる。球体であろうとも、無限という神の世界から見れば全ては直線であり、無限という神そのものを表せる。
無限においては全て同じ。この世に顕現する全ては、神にとって同一のもの。
そう、無限の世界において、“反対物は一致”する。
元々、俺の世界にもあった哲学であったが、タナトスはその考えに自力で辿り着き、権能によってそれを再現した。
それが、〈反対の諸相〉。
自らを無限に引き延ばし、あらゆる自身と異なる反対物を一致させる。
この瞬間、俺は無限の領域に踏み込み、『無敵』となる。
この世の全てと同一になる事で、干渉する事が不可能となり、俺に触れたものは一瞬だけ無限に引き延ばされて自ら瓦解する。
強く当たれば当たるほど、干渉を与えようとすればするほど、無限に多く触れてしまう。
そうなると、俺に攻撃をしようとした側が俺に巻き込まれ、莫大なダメージを負う。
神という名の理不尽そのものを体現した権能が、この力だ。
無敵という防御と、無限という攻撃を合わせ持った、原初の魔王に相応しい力と言える。
しかし、この強力に過ぎる力はその強さ故、一日に一度までしか使えない。
俺は既に、あの太陽のような隕石に一度使っている。
二度目を使えば凄まじい反動が襲い来る。そして、三度はどんなに代償を払っても使えない。
「ぐっ…!」
左手がまるで他人の腕になったような、虚脱感。震えて冷え上がり、腕があまり制御できない。
今日一日はもう、使い物にならないだろう。
だが、一番の難敵を倒せたのだから、その価値はあった。
俺はそう思う事にし、立ち上がろうとした。
けれど、瓦礫が崩れる音に急いで顔を上げた。
「……うそ、だよな…?」
そこには、鎧が完全に破壊されたものの、瓦礫の山から立ち上がった、アレックス・パントーハの姿があった。




