ただ、それだけで
俺は横をゆっくりと歩く、乗馬しているアウラの方をわずかに伺い見た。
彼女は前を見ているばかりで、その横顔からは感情を悟る事は出来ない。
アレックスとの死闘を経て、残ったものなぞ何もない。
確かに幻獣を倒すことには成功したが、そんな大きな出来事が霞んでしまうほど状況は芳しくない。
アウラから聞いた話では、近く、人間がセントクエラに戦争を仕掛けるつもりらしい。
アレックスの強さを鑑みると、どうにも俺にはエルフ側に勝ち目があるようには思えない。
なにせ、セントクエラが発展できたのは単に、魔境という軍が進駐できない独特の地形にあるから、というだけに他ならない。
恐らく、あのオリィとかいう化物じみた強さの勇者のユニークスキルによって、軍を魔境に送り出す事に成功したのだろう。
そうなってしまえば、地の利がなくなる。
セントクエラの周りはエルフの村がポツポツとあるだけで、救援や避難できるような場所もない。
一度攻められてしまえば最後、背水の陣となる。
多くのエルフが殺されるだろう。どれほどの戦火になるか想像もできない。
一応、アウラが命懸けで逃がしたことによってワングが一足先に、セントクエラに戻っているはず。
戦争への備えが出来ていればいいのだが…
俺は新たに手に入れた力を確認しながら、ぼんやりと歩く。
すると、アウラが沈黙を破り、口を開いた。
「ゴブリンさん、一つ聞いてもいい?」
いつにも増して、落ち着いた声色だった。
俺がアレックスと戦っている間、アウラがどういった戦いをしていたのかはわからない。
けれど、それだって決して簡単な戦いではなく、死と隣り合わせの厳しいものだったはずだ。
そんな激戦を経た後にしては、やけに落ち着いている。
「なんだ?」
「…どうして、私をここに連れてきたの?」
ここに、というのは無論、この依頼に冒険者を半ば止めていた彼女を、俺が呼んだことについてだろう。
どんな想いを込めての質問なのか、俺にはよくわからなかった。
だから、正直に話す事にする。
「…俺が、嫌だったんだ。アウラの事を、その優しさを…誰かに共有したかった。わがままで、エゴだ。その結果、危険な目に合わせた。すまない」
俺はいつも、選択を間違える。
前世から何も変わっていないな、と自分に呆れながら、謝罪を口にした。
けれど。
アウラは、少し笑っていた。
「やっぱり、そうなんだね」
「アウラ…?」
彼女の視線が動いて、馬上から俺を見つめる。
「優し過ぎるよ、ゴブリンさんは」
「…そうか?」
「でもね、ありがとう」
朗らかに笑って、夕日の中で彼女は感謝を伝えた。
「礼なんて、俺はただ君を連れ回しただけで…」
「私のこと、そこまで考えてくれていたっていうのがわかって、嬉しい。だからこそ、もう大丈夫だよ」
「…え?」
「もう、いいんだ。理不尽への憤りとか、生まれた意味とか。誰かにわかってほしいとか、居場所が欲しいとか。見返してやりたい世界も、取り戻したい過去も。そういうのはね、纏めて全部、もういいんだ」
「いい、って…だって、それじゃあ君はいつまでたっても…」
この世界で『魔女』として弾き出されたまま。
そう言おうと思ったけれど、俺には魔女って単語は口にする事も憚られて、口ごもる。
そんな俺の沈黙を、アウラは優しく受け入れて、微笑んだ。
「わかってくれた人がいる」
「…っ!」
「この世界で一人、わかってくれた人が、ここにいる。だからね、もういいんだ。そういうのは全部、もう報われたんだよ」
他者からの評価なぞ、もうアウラ・ザントーレにとってはどうでもいいんだと。
清算された過去と、報われた夕暮れに、彼女は楽しそうにそういった。




