vs 元勇者 ①
アレックスが突き刺した切っ先が俺の首に触れる直前、〈風除けの加護〉が強制的に発動し、物理的な速度を無視した理不尽な速度と反射が働く。
突きは首を横にずらして回避すると、地面に左手をついて片足を上げ、アレックスの短剣を蹴り上げて吹き飛ばした。
この反撃まで含めて、〈風除けの加護〉の効果だ。
「マジかっ!?」
驚くアレックスをさらに蹴って距離をとり、俺は一旦様子を見る。
「何のつまりだ、あんた…!」
今のは、冗談などでは済まされない。
確実に俺を殺そうとする意志が、そこにあった。
その奇襲を俺に防がれたというのに、当のアレックスは普段と変わらずヘラヘラと笑って残ったもう一つの短剣をクルクルと回して遊ぶ。
「いやぁ、まさか今のを防がれるとはねぇ。〈危機感知〉じゃあ無理だな。自動的な、反射行動に近かった。何かしら特殊なスキルを持っているのかな。今ので終わってたら楽だったんだけど」
「質問に答えろ…!」
「まぁまぁまぁ、落ち着けよゴブリン君。ちょっと死にかけただけだろ?」
本当に、なんて事無いように笑うその姿を見て、俺は背中に冷汗をかく。
本気だ。
この男は、本当にそう思っているんだ。
「なぁ、君ぃ、知らないようだから教えてあげるけどさ。この世界に異世界人が来る方法って、たった二つしかないんだぜ?」
「…なんだと?」
「既に異世界で伝承を残した者を呼ぶ英雄召喚、そして勇者足りえる素質を持つ者を呼ぶ勇者召喚。どちらにしろ、呼ばれた者は『勇者』として魔王と戦う使命を背負う。つまりさ……俺ってば勇者なんだわ」
「勇…者…?」
こいつが?
この、俺の目の前に立った、このアレックス・パントーハが勇者?
でも……
「勇者は、人間なんじゃ…」
「あー!そうだったそうだった。《《これ》》があると紛らわしいよな?」
アレックスは自身の耳に触れて、そこにあるエルフ耳を消し去った。
すると、人間の耳をした、間違いなく人間の男がそこにいる。
「な…ぁ…」
俺が口をあんぐりとあけ、目を見開いていると、男はゆっくりと歩き出す。
「つまりさぁ、君みたいに《《転生》》する奴なんていないのよ、普通。君に異世界人だって伝えた時、間接的に勇者である事も伝えたつもりだったんだけどさ、君ってば何にもわかってないから笑わないようにするの大変だったんだぜ?」
「……」
「ほんと、ゴブリン君は何にもわかってない。かわいそうになってくるぜ。けどごめんな?これも仕事なんだわ。死んでくれ」
そうして、勇者アレックスは左手に持った短剣を落とす。
その左手を開いたまま、何かを呟いた。
「来い、〈血が枯れ果てるまで〉」
「ッ!!?」
左手に莫大な呪いが凝縮されていき、その呪いが短剣の形を象っていく。
呼び出されたのはアレックスが先程まで持っていた短剣とそう変わらない、小ぶりなものだった。
けれど、そこに込められた呪いは俺が持つ剣と全く同等。
「さて……行くぜ、ゴブリン君。リキ入れろよ、死ぬぞ」
声に圧を乗せて呟いた直後、男はこちらへと走り出した。




